第92話

 今年の桜は気が早いわねー。

 実家の庭が見どころだったから、日曜はNOAHのみんなを誘って、お花見することにしたの。メンバーは結依と、杏と、奏と……。

 みんなには先に縁側に出てもらって、アタシはお母さんのもとへ。

 寮生活のことを報告しなさいって、言われちゃったわけ。

「リカさん、ちゃんと栄養あるものは食べてるの?」

「そのへんは大丈夫だってば。聡子さん、嫁スキルがすっごい高いんだから」

「またおかしな横文字を使って……」

 アタシもお母さんも、今日は着物を着てた。

 玄武家ではよくある光景なのよ、これ。由緒ある日本舞踊の家元だから、お花見だって格式の高いものになる。

 お屋敷の一角は練習場で、昔から女人禁制が厳守されてた。お母さんも嫁入りしてからというもの、一度たりとも入ったことがないんだって。

 弟は跡取りとして育てられてる。

 でも女の子は古めかしい伝統から解放してあげたいってことで、アタシには『リカ』と名付けられたの。だから、アタシが横文字を使う分には正しい。

 逆にお母さんは横文字やアルファベットが大の苦手。

「のあのお仕事はどう?」

 平仮名に聞こえるから、不思議よねー。

「次はゴールデンウィークのコンサートに向けて動いてるの。順調よ」

「そう……。無理をしてないようなら、それでいいわ」

 このお母さんがお父さんと一緒になって、よくアタシの芸能活動を認めてくれたもんだわ。娘は日舞の舞台に立てないから、その代わりにってことだったらしーけど。

 それが運よくブレイクして、アタシは引っ張りだこになった。

 実家も何度か取材されたっけ。玄武リカの家は歴史ある日本文化の家元だ、ってね。

 だからって、別に門下生が増えたりはしなかったけど。

 アタシはお芝居するのが楽しくて、次から次へとドラマに出演したっけ。

 アタシ自身は別に『天才だ』なんて思わなかったのよ? 思うままに演ったら、みんな絶賛してくれちゃって。あの頃は難しいとも感じなかったわね。

 それは今も変わらない。

 演技力において、アタシは『壁』ってやつを経験したことがないの。

 だけど、それ以外の壁にはぶつかった。

 子役は大成しない――昔ながらのジンクスがアタシの行く手に立ちはだかったのよ。

 実際、子役が売れ続ける前例はなかった。

 業界では『十二でアガリを迎える』なんてふうにも言うかな。

 子役でいられるのは小学生まで。中学生になったら、途端にお仕事が減った。

 本当に減ったのよ。マーベラスプロが浮足立つくらいにね。去年まではあれほど大きかった玄武リカのネームバリューが、急に通用しなくなったの。

 ほかに人気の子役が出てきたわけじゃなくって。

 アタシの演技の質が落ちたわけでもない。

 いつしかアタシは活動の場をなくし、芸能学校の教室で居眠りするのが、当たり前の毎日になっていった。

 学校の先生はね、あれこれ指導してはくれるのよ。

 玄武リカなら一応の結果は出せる、だから教師も実績にできる、ってね。

 そういう下心、こっちはわかっちゃうの。俺のためにオーディションを受けてくれ、私の顔を立ててくれ――そんな話ばっかりで、もうウンザリ。

 映画に出演したいっていうアタシの希望は、誰にも聞いてもらえなかった。

 だからVCプロに移籍して、『アイドルやれ』って言われた時も、呆れたわ。あー、この社長も今までの連中と同じこと言うんだって。

 歌って踊って、人気が出たら、女優に転向すればいいって? 別にアイドル活動が嫌ってわけじゃないけど、それはさすがに浅はかってもんでしょ。

 しかもメンバーのひとりは明松屋杏……アタシと似たような境遇だった。

 何も果たせず、一年後には解散するやつだわ、これ。

 巻き込まれた新人の子はサイアクよねー。

 ……だけど、その子が一生懸命でさ。

 ひとつも実績のない子が頑張ってんのに、こっちは腐ってるのって、カッコ悪いじゃない? 杏もオペラ歌手になるって、熱いこと言い出すし?

 アタシも勢いに乗ってみようって思ったワケ。

 単純でしょ?

 その程度なのよ、アタシなんて。

 周りにやる気がなかったら、一緒に腐る。でも仲間が頑張ってたら、一緒に立つ。

 結依に『リカちゃん』って気軽に呼ばれるのも、嬉しくってさあ。

 杏のことはムカついたりもしたけど、ロマンチストだってのがわかってからは、弄りやすくなった。杏の頭は半分くらいが少女漫画でできてんのよ。

 帯の中でケータイが震えた。

「お母さん、そろそろ……」

「ええ。お友達を待たせてもいけないものね」

 アタシは正座から苦もなく立ちあがり、お母さんと一緒に縁側へ急いだ。

「あっ、リカちゃん!」

 結依たちはお屋敷の着物を借りて、戸惑ってる。お手伝いのお妙さんは全員分の着付けを終えると、愉快そうに下がっていった。

 杏は肩越しに振り向き、帯の結び具合を確かめたがる。見えるわけないのに。

「これでいいのかしら? 奏。着物って滅多に着ないから……」

「あたしに聞かないでよ。大和撫子はそっちの茶髪」

 生意気な奏も奥ゆかしいお嬢様に見えて、ちょっと面白かった。

 とーぜん、結依の着こなしはバッチリ!

「似合ってる、似合ってる! 牡丹のかんざしもいい感じ」

「そお? えへへ」

 結依は照れ笑いを浮かべ、アタシの心をくすぐった。つぶらな瞳がぱちっと瞬くところが、猫みたいで愛らしいのよねー。

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