第84話

 玲美子さん御用達のお店なのか、店員さんは芸能人の顔ぶれに動じなかった。

「先にお飲み物を伺います」

「みんなはお茶でいいかしら。お茶が四つと、生をふたつね」

 蓮華さんって映画とかだと、ウイスキー飲んでるイメージだけど。

 どこぞの清純派アイドルは今夜もビールで大笑い。

「ぷっはあ~! これがなくっちゃ、やってらんないわ」

 これが初対面となる奏ちゃんは、唖然とした。

「み、観音玲美子さんって……その、ビールがお好きなんですか?」

「ビールが嫌いな人間なんて、いないでしょー? あっはっは」

 しばらくの間、奏ちゃんに絡んでてもらおうっと。

 赤々と染まった七輪の上でお肉が焼ける。

「ほら結依ちゃんも食べて、食べて」

「じ、じゃあ……いただきます」

 カルビは美味しいし、ロースもジューシー。玲美子さんに抵抗はあれ、私は焼き肉パーティーに無限の喜びを感じ始めてた。

 奏ちゃんとリカちゃんも盛りあがってる。

「ちょっと、リカ? それ、あたしが食べようと思ってたのに」

「ごめん、ごめん」

 中央の杏さんは左右の攻防に着いていけず、戸惑ってた。

「そ、そんなに慌てて食べなくっても……」

「うふふ。杏ちゃんも遠慮しないで」

 相席が観音玲美子と鳳蓮華じゃ、ガツガツってわけにもいかないよね。

 近況報告を交えつつ、私たちは七輪の上で攻防戦を繰り広げる。

「クレハ・コレクション? 今年はどうしようかしらねー。蓮華は話、来てる?」

「わたしは演技一本だもの。今年も断るつもりよ」

 雲の上の会話も多かった。

「結依ちゃんが出るなら、私も一緒に出場しようかしら」

「ええっ? 無理ですよ、そんな……」

「やってみなきゃ、わからないじゃないの。そのためのNOAHでしょ」

 玲美子さんはビールのジョッキ片手にほくそ笑む。

「挑戦する前から『無理』って弱音吐くの、私の前では禁止ね」

「うぐぅ……」

 天下の観音玲美子だから言えること。でも、それは正しくもあった。

 やる前から諦めてたら、芸能学校で卒業まで何もしないのと同じ。私たちには活躍の場があって、大いに機会が与えられてるんだもん。

 蓮華さんも応援してくれた。

「いつかNOAHが大きくなって、わたしたちにご馳走してくれたら、それで充分よ。今夜はそのための先行投資なの。ねえ? 玲美子ちゃん」

「ええ。楽しみにしてるわ」

 玲美子さんにご馳走か……考えたことなかったなあ。後輩は先輩に教えてもらって、ご飯を奢ってもらったりして、でも時には苛められたりもして……。

まさに獲物を狙う目で、怜美子さんは奏ちゃんを見据えた。

「新入りちゃんは何かないの? 業界の大先輩に聞きたいことのひとつやふたつ」

「気兼ねしないで。そうだわ、おかわりを注文しましょうか」

 業界の大先輩どころじゃない。片や超のつくカリスマアイドル、片や超のつくベテラン女優だもの。さしもの奏ちゃんも困惑の色を浮かべて、口ごもる。

「え、えぇと……おふたりは彼氏って、いるんですか?」

 その割にストレートな質問が出てきちゃった。

 リカちゃんは呆気に取られる。

「なかなか度胸が据わってんのね、奏って。それ、いきなり聞く?」

「ほ、ほかに思いつかなかったのよ。急に『質問は』って言われても、その……」

 今になって聞いたことを後悔してる、奏ちゃん。

 それに便乗するように杏さんも口を開いた。

「実はわたしも気になってたんです。観音さんはとても綺麗なかたですし。鳳さんも本当はこんなに穏やかなかたなんだって、わかりましたから」

「嬉しいこと言ってくれるじゃないの~」

 怜美子さんは上機嫌に笑う。

「みんな、私に彼氏がいるかいないか、どっちだと思うわけ?」

 これには杏さんと奏ちゃんが頷いた。

「多分……いらっしゃるかと」

「彼氏がいてもおかしくないとは思います」

 でも私とリカちゃんは目配せして、一緒に首を横に振る。

「鳳さんにはいいひとがいそうですけど、怜美子さんにはいませんよ、多分」

「うんうん。思いっきり芸能活動の妨げになりそうだし?」

 リカちゃんのドライな意見には、杏さんが反論。

「わからないわよ? わたしたちみたいな高校生なら、まだしも……」

「そーやって彼氏ありってことにして、コイバナしたいだけでしょー? 杏は」

「うぐ」

 杏さんって意外に夢見がちなんだよね。

 でもって、リカちゃんにはリアリストな面がある。

 で、今回は私もリカちゃんと同じ立場だった。

「怜美子さんに彼氏がいたら、こんなふうに私たちを誘ったりしませんよ。それに怜美子さんの本性を知ってたら、いくら美人でも、男のひとは……」

 確信を込めてまくし立てると、怜美子さんがこめかみに青筋を立てる。

「ほんっと、いい度胸してるわねえ……結依ちゃ~ん?」

「ひいいっ!」

 口は災いのもと。私は青ざめ、女王様のグラスにビールを注ぎ足す羽目に。

「残念だけど本当にいないのよ」

「わたしはノーコメントでお願いね」

「はあ……」

 結局は素っ気ない回答で終わり、肩透かしを食ってしまった。

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