第80話
そんな鳳さんの活躍もあって、撮影は概ねスムーズに進んだ。お昼は私もお弁当を運んだりして、少しはお手伝い。
それを追って、奏ちゃんもドリンクの調達に奔走する。
「見学だからって、ぼやぼやしてられないわね」
「でしょ?」
いつぞや玲美子さんに散々こき使われた経験が、役に立ったわ。
お弁当を差し出すと、監督さんは気さくに笑った。
「気が利くねえ。えぇと……NOAHの結依ちゃん、だっけ」
「はい!」
こういう時こそ、元気に返事。
「リカちゃんもいることだし、うちの映画もNOAHにあやかりたいよ。ハハハ」
当のリカちゃんはお昼休みも役者同士で打ち合わせしてる。
「やっぱりリカちゃん、すごいんですか?」
「そりゃあもう。なんだって、ずっと引っ込んでたんだろうね?」
実力のうえでは、玄武リカは引く手数多のはずだった。
だけど『子役は大成しない』という例に漏れず、リカちゃんもだんだんと活躍の場を狭められていったの。
最大の原因は成長することで、子役時代のイメージを維持できないから。
売りのキャラクター性が変わっちゃうわけ。NOAHのメンバーではもっとも『夢』に近いリカちゃんでさえ、道のりは険しい。
「まあ実力はあるんだし、今後次第で化ける可能性はあるとも。NOAHの活動も、リカちゃんにとっては有意義なものだと、僕は思うなあ」
「だと、いいんですけど……」
もちろん、リカちゃんの将来は私の頑張りにも掛かってる。
「結依~! 奏~!」
当のリカちゃんが私たちのもとへ駆け寄ってきた。
「こっちで一緒に食べない? ふたりのことも紹介しときたいしさあ」
「うん! すぐ行くね」
私と奏ちゃんは自分のお弁当を抱え、役者さんの輪に混ざる。
「……あれ? 鳳さんは?」
「お昼から一旦、抜けるって。インタビューがブッキングしたらしーよ」
「それを言うならバッティングでしょ、リカ」
「へ? なんで急に野球なわけ?」
ええと……わかりやすいのはダブルブッキング、か。
あの鳳蓮華さんを相手にダブルブッキングだなんて……。悪女ならではの剣幕で怒られたりするのかも? ぞぞぞっ。
緊張気味の奏ちゃんをリカちゃんが宥める。
「奏も芸能学校で実習やったんじゃないの? 撮影とかの」
「音楽コースだったから、ちょっとかじっただけよ」
ふと疑問に思ったことが、口をついて出た。
「芸能学校って、どんなところなの?」
私の素人じみた質問には、俳優さんが答えてくれる。
「あんまり大きな声では言えないけど……正直、つまらない学校だよ」
リカちゃんと奏ちゃんも『その通り』って顔で肩を竦めた。
「子役ん時にやったことの復習ばっかだし?」
「あたしは特待生で入ったから、学費は免除されたけど。そうでもないと、親が許可しなかったのは間違いないでしょうね」
在学生の言葉だけに、私は目を点にする。
「どうして……?」
「ほかの専門学校と同じことだよ。特にサブカルチャー系は、ね」
俳優さんたちは互いに相槌を打った。
「入学さえできれば、あとは就職まで面倒見てもらえると思ってる生徒が、本当に多いんだ。ほら進学校でも、入りさえすれば大学に受かる、っていう子はいるだろ?」
「あ……それならわかります」
「しかし現実はそうじゃない。卒業する頃には歳だけ取って、なんてこともザラさ」
奏ちゃんの声が苦々しくなる。
「あたしのクラスなんてもう、出る杭は打たれるって雰囲気だったわ。在学中に仕事がもらえるのなんて、ひと握りの生徒だけ……」
「その一部の才能ある若手を育てるために、お金がたくさん要るのは、わかるね? だから就職率100パーセントなんて宣伝して、大勢の生徒を集めるんだ」
「でもそんなこと、普通の生徒は知らないんじゃ……」
「だから、さっきの奏の話ってわけ」
芸能学校は育てるべき生徒を、あらかじめ選り分けていた。
ほかの生徒は学費を回収するためのもので、よほど輝くものを持ってない限り、相手にされない。当然、それは教師の『態度』に表れて――。
「リカも最初は芸能コースにいたはずなのに、あちこち移りまくって、あたしと同じクラスになったんでしょ?」
「まーね。先生もアタシにばっか、教えたがるんだもん」
リカちゃんみたいに将来有望な生徒は、教師に好まれる一方で、クラスメートには嫌われる。……嫌だな、そういうの。
二月のコンサートを危機に陥れた、あのトラブルを思い出す。
私だけ特別扱いされた――それはあるかもしれない。けど、だからって邪魔をして、あの子たちはコンサートを台無しにしようとした。
玲美子さんの『あの事件』だって、ゲームクリエイターが勝手に暴走した挙句、みんなが大好きだったゲームを滅茶苦茶にして、玲美子さんを傷つけてしまったの。
「結局は学校がどうこうじゃなくて、本人の努力次第なんだよ。付け焼刃の技術と思い出だけで満足するか。どんな結果であれ真剣にやりきるか」
今の私はまさに『付け焼刃で満足』しかねないところにいた。
前に聡子さんが言ってた通りね。いつかNOAHを卒業する時、自分にはどれだけのものが残ってるか。ただNOAHに所属してるだけじゃ、何も実らない。
「当然、芸能学校でも頑張ってる生徒はいるよ。それは勘違いしないで欲しいな」
「あ、はい。そうですよね」
今日は撮影云々より、この心構えが勉強になったかも。
「……まあ、リカの場合は、もう少し音楽も勉強しといたほうがいいと思うけど。楽譜は読めるのに、どうしてあんなに音痴なのよ? 不思議でしょうがないわ」
「そこそこ歌えるようになったんだってば。杏も褒めてたもん」
やがてお昼の休憩も終わり、午後の撮影が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。