第76話
杏さんやリカちゃんはまだしも、私にはまだNOAHしか活動の場がないもん。もし活動休止なんてことになったら、私は同時に引退ってことになる。
そうならないため、私も自分の道を見つけないとね。
NOAHに頼るんじゃなくって、私自身が実力をつけて、芸能界に居場所を作らなくっちゃいけないの。
「単にNOAHに在籍してるだけじゃ、実績になりません。特に結依さん、奏さん、おふたりはこのことを肝に銘じておいでくださいね」
「は、はい!」
今度はちゃんと返事できた……かな。
杏さんやリカちゃんは苦笑する。
「わたしにも言えることね。オペラ歌手の娘ってだけじゃ、実績にならないもの」
「売れっ子の子役だったってのも、ね。もう忘れることにしてるけど」
そっか……杏さんとリカちゃんだって、有利ってわけじゃないんだ。私たちは今、同じスタートラインに立ってるの。
「頑張ろうね、みんな!」
「ええ」
「NOAHってこういう暑苦しいノリなの?」
「今だけ、今だけ」
やる気になったところで、聡子さんがホワイトボードに別の一枚を張りつけた。
「それではNOAHの活動についてですが……当面はゴールデンウィークのライブに向けて、準備を進めることになります。そして夏は全国ライブツアー」
私たちの声が綺麗に重なる。
「ライブツアー?」
聡子さんの口角が笑みを含めた。
「はい。夏休みを利用して、各地でコンサートするんです」
奏ちゃんは強気に構える。
「これは面白くなってきたわね……学校との両立は大変そうだけど」
「望むところよ! 結依、リカ、あなたたちもやるんでしょ?」
やるもやらないも、NOAHの一員なんだから、拒否権なんてなかった。でも、それ以上に『やりたい』って気持ちが膨らむ。
「もちろんです! ライブツアーだなんて……たっくさん練習しなくっちゃ」
一方で、大喜びしそうなリカちゃんは眉を曲げた。
「アタシだって賛成よ? でも全国ツアーやるには、曲が足らないんじゃない?」
みんなの視線が落っこちる。
「確かに……この間の『ハヤシタテマツリ』を加えても、三曲だものね」
「あの曲は直さないとだめよ。前回のライブでは、サプライズってことで通しただけ」
NOAHの持ち歌は現在、『RISING・DANCE』と『ハヤシタテマツリ』だけだった。『湖の瑠璃』はドラマの主題歌ってことで、使いづらいらしいの。
奏ちゃん作曲の『ハヤシタテマツリ』にしても、ベテランの作曲家がアレンジを加え、一応の形に仕上げてくれたんだとか。
それでも作曲までこなす奏ちゃんって、すごい。
「奏さんがメインの……例の曲は進捗、どうですか?」
「あれは詰まってるわけじゃないから、来週にもまた渡すわ」
杏さんは肩を竦めた。
「じゃあ、わたしがメインの曲は、新しいのが必要ってことですね」
それをリカちゃんが一蹴するの。
「杏とアタシが同じ音域で歌えるわけないってば」
奏ちゃんも口を揃える。
「それがネックなのよね。高音域に偏った編曲だと、あたしたちはバックコーラスにしかならなくって。……ああ、杏のせいって言ってるんじゃないわよ?」
「わかってるわ。でも、わたしが音域を下げても意味はない……でしょう?」
杏さんの歌声は、それはもう綺麗のなんの。
五オクターブなんていう桁外れの音域を持ってて、ソプラノに至っては追随できる歌手がいなかった。けど私たちと合唱となると、ひとりだけ『外れて』も聴こえちゃう。
この問題を杏さんは自覚してた。
「要は編曲次第なんでしょうけど……」
「焦ることはないわ。奏、あなたはまず自分がメインの曲に集中して」
「それもそうね」
自分を含め、誰のせいにするでもなく、最高の曲を待ってる。
変わったんだなあ、杏さんも……。
「せめて五曲は揃えたいですね。メンバーそれぞれの持ち歌と、全員の分と……」
「歌だけじゃなくって、振り付けにも練習が必要ですよ。お仕事や学校もありますし」
「結依の言う通りね。曲の数に拘って、精度が落ちてもまずいわ」
夏のライブツアーに向け、課題は見えてきた。
聡子さんが手帳を開く。
「夏までの大きな流れとしては、以上です。もちろん、ほかのお仕事もどんどん入ってきますから、頑張ってくださいね」
アイドルのお仕事はコンサートだけじゃないもんね。
近々、アイドルゲームのためのボイス収録なんてのも、あったっけ。
聡子さんの眼鏡がきらりと光った。
「無数のアイドルが群雄割拠する今の時代、供給が滞れば、人気は日に日に落ちていきます。どんどん表に出て、NOAHをアピールしていきますよ!」
第六感が殺気を感じる。
それは私でもなく、リカちゃんでもなく……奏ちゃんを捕まえた。
「奏さんには、さるアニメの劇場版で役をいただいたんです。声優ですよ、声優」
自信家の奏ちゃんも、さすがに真っ青になる。
「……は? コンサート一回やっただけで、なんでもう、そんな話に……」
「先方がぜひ、NOAHの新メンバーを使いたいと言ってまして。青田買いってやつですね。こっちも利用させてもらいましょう」
また井上さんが上手いことお仕事をもぎ取ってきたんだろーなあ。VCプロの社長でありながら、マーベラスプロと持ちつ持たれつって、すごいことかも。
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