第72話 『Rising Dream』 #1

 ステージが滾る。

 爆音みたいなミュージックとみんなの声援がひとつになって、空気を震わせるの。

 前奏の間も私はステップを踏みながら、タイミングを待つ。

 ほら、リカちゃんがVサインを上げたわ。

「ぶっ続けで次の曲、行くわよ! 新曲――『ハヤシタテマツリ』っ!」

 歓声が一段と大きくなった。

 スポットライトがメビウスの輪を描いて、私たちを順番に浮かびあがらせていく。リカちゃんの次は杏さん、杏さんの次は新メンバーの奏ちゃん。

 そして――中央に立つのが私、御前結依。

「レディー・ゴー!」

 全力全開のコンサート!

 いつしか私もファンのみんなと一緒に、夢中になってた。


 ライブコンサートって、魔法なんだと思う。

 当たり前の日常が『当たり前』じゃなくなる、特別な時間。身体中を熱いものが駆け巡って、私をまったく新しい自分に変えてくれるような。

 変身ってやつ?

 ステージに立つことで、御前結依は変身できるの。

 今までにない自分に。


                  ☆


 私たち『NOAH』は先月の十四日……バレンタインデーにお披露目のライブをして、大成功。その一ヶ月後には新メンバーを加え、無事にセカンドライブを達成した。

 期末試験のあとは練習へ直行、だったなあ。

 もちろん、試験の結果は聞かないで欲しいところ。

 コンサートのあとは控え室にて、私たちは心地よい余韻に浸ってた。

 杏さんがほっとしたように息をつく。

「一ヶ月で仕上げなさいって言われた時は、どうなることかと思ったけど……。今日のコンサートは納得の出来だったんじゃないかしら」

 ステージ衣装を緩めつつ、リカちゃんも口を揃えた。

「ほんと、ほんと。前回みたいなトラブルもなかったしねー」

「トラブルなんかあったの?」

 奏ちゃんはタオルで首筋を拭ってる。

「あれ? 奏ちゃんには話したことなかったっけ」

「聞いてないわよ。まあ、今度でいいから」

 そして私――御前結依もNOAHのメンバーもといリーダーとして、同じ達成感と疲労感を共有していた。

 マネージャーの聡子さんが眼鏡に指を添える。

「みなさん、お疲れ様でした! とっても素敵なライブでしたよ」

「えへへ……ありがとうございます」

 以前は杏さんの専属マネージャーだった、矢内さんが面倒を見てくれてたんだけどね。新年度に先駆けて、この月島聡子さんがNOAHの正式なマネージャーになったの。

 なんでも社長の秘密兵器なんだとか……。

「奏さんも初ライブにしては、しっかりパフォーマンスできてましたよ。これで名実ともにNOAHのメンバーですね」

 名指しで褒められちゃって、新入りの奏ちゃんが照れる。

「持ちあげないでったら。あたしはあたしで、色々と反省したい部分もあったし」

「あら、どんなところ?」

「明日でいーじゃない、そんなの。お腹空いたぁ~」

 杏さんは早くも反省会の体勢だけど、堪え性のないリカちゃんは音を上げた。

 どっちかと言えば、私も……リカちゃんに賛成だったりして。

「帰りはみんなでどっか寄ってかない?」

「でしょ? さっすがリーダー、わかってるぅ」

「あれだけ歌って踊ったのに、元気ね……こっちはもうヘトヘトなのに」

「同感。あたしも今夜はさっさと帰って、お風呂に入りたいわ」

 NOAHのメンバーは余裕が半分、疲労が半分。

 そんな私たちにマネージャーの聡子さんは釘を刺す。

「それより荷物、ちゃんとまとめててくださいね。学校が春休みに入ったら、すぐに寮へ直行しますから」

 無意識のうちに声が弾んじゃった。

「はいっ!」

 あと二週間もすれば、新年度が始まるでしょ?

 それに合わせて、NOAHのメンバーは一緒に暮らすことになったの。

 私と、杏さんと、リカちゃんと、奏ちゃんと……それだと未成年だけになっちゃうから、マネージャーの聡子さんもね。

 杏さんは不安そうに零す。

「下見もしないで、大丈夫かしら……」

「ご心配なく。ちょっと古いかもしれませんけど、綺麗ですから」

「新築じゃないわけ?」

「VCプロはそんなにリッチじゃありません」

 私とリカちゃんは楽しみ派で、奏ちゃんはどうでもいい派。

「防音室さえあるなら、文句ないわ」

「期待しててください。あっ、小さい荷物は私の車で運んでも、構いませんよー」

 新生NOAHの活動はいよいよ本格化しつつあった。


 私、御前結依がスカウトされたのは、去年の夏休みのこと。

 後輩(彼女)と一緒に観音玲美子のコンサートに行ったのが、きっかけでね。あれよあれとよ話が進んで、アイドルとして活動を始めることになったの。

 ……そう、アイドル。

 歌ったり、踊ったり、握手したりするやつ。

 男の子がスポーツ選手に憧れるのと同じくらい、女の子が憧れるやつ。

 まさか素人同然の自分が本当にアイドルになって、ステージに立てるとは思わなかったわ。メンバーに恵まれたおかげ、かな。

 杏さんこと明松屋杏は高名なオーケストラ奏者の父と、オペラ歌手の母を持つ、音楽界のサラブレッド。NOAHに加わる前から有名で、私の学校の文化祭に来た時は、ちょっとした騒ぎになっちゃったほど。

 将来の夢はお母さんみたいなオペラ歌手になること。

 私よりひとつ年上のお姉さんで、根っからの優等生タイプだよ。

 そのせいで、初めのうちはリカちゃんと衝突することも多かったけど、今ではすっかりNOAHのまとめ役ってポジションに落ち着いてる。

 でね、リカちゃんこと玄武リカは、十年ほど前に一世を風靡した天才子役なの。実家は由緒ある日本舞踊の家元で、リカちゃん、お茶を点てることだってできるんだから。

 大の映画好きで、将来の夢は映画女優。今年になって初めて、映画の方面でお仕事を獲得して、一生懸命に頑張ってる。

 そんな杏さんとリカちゃん、私の三人でNOAHはスタートを切った。

 ヒーローショーに出たり、ドラマの撮影に参加したり……テレビゲームの声優も経験したよ。そして二月十四日のバレンタインにライブデビュー!

 それから四人目のメンバーとして、朱鷺宮奏ちゃんも加わって。

 今日のライブコンサートは奏ちゃんの紹介と、新曲『ハヤシタテマツリ』のお披露目がメインだった。ちなみに『ハヤシタテマツリ』はリカちゃんのイメージソング。

 私には『RISING・DANCE』がある。

 杏さんは歌唱力で、リカちゃんは演技力、でもって私はダンス力ってことみたい。奏ちゃんは歌と作曲、かな。

 メンバーそれぞれが得意分野で力を出しきって、ひとつになること。

 それが私たちNOAHのスタンスだね。

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