第51話


     <Kanade・Tokimiya>


 芸能学校であたしは一番後ろの席に追いやられてる。

 隣で寝ているのは、同じ目に遭ってる運命共同体の玄武リカ。昔は天才子役として名を馳せたけど、今は世間からも忘れられつつあった。

「起きてんの? リカ。もうじき放課後よ」

「ん~? まだ鳴ってないじゃん、チャイムぅ」

 芸能学校の授業が、リカにとっては退屈でしょうがないみたいね。天才子役様には、映像の構成やカメラワークなんて知識、とっくに骨の髄まで染みついてる。

 ちょっと音痴だけどね、こいつ。

「あんた、NOAHってやつのメンバーになったんでしょ。レッスンは出てんの?」

「出てない、出てない。杏ってのがさぁ、出ろ出ろってうるさくって」

「あんたがさぼるから、うるさくもなるんでしょ、それ」

 芸能学校は辞めるって言ってるけど、能天気なこいつのことだもの。余所の転入試験に備えて勉強なんて、してるわけないか。

 あたしはさり気なく呟いた。

「あんたが辞める時は、あたしも一緒に辞めるから」

「……へ? あぁ、うん」

 運命共同体から気のない返事が返ってくる。

 あたしの言った『辞める時』は、芸能活動の終了、かもしれなかった。歌えなくなった以上、作曲や演奏で誤魔化していても、悔しいだけ。

 次にギターの弦が切れた時が――なんてふうに考えてる。

 伊緒のセンスに惚れ込んで、一緒にやろうって誘っておきながら、この体たらくよ。結局、あたしは限界寸前のところで、悪あがきをしていたに過ぎない。

 仮に伊緒とふたりで音楽をやるとしたら、あの子をボーカルにして?

 ……無理よね。路上ライブでも逃げちゃうのに、人前で歌えるわけがないわ。

 たとえ歌えたとしても、ギターとキーボードのデュオでどこまで通用するか……。ベースがなければ、ドラムもないのよ。

 年明けの邦楽オーディションを見据えて、まずは面子を集めないと。それと並行して、十一月には一次審査に楽曲を応募、でしょ?

 その曲にしろ、二次審査の実演にしろ、練習だって必要よね。

 パラディムを抜けた時点で、あたしは発表の場をも失ったのよ。作った曲の評価はそれなりに高かったけど、もう次はない……かしら。

 やがてチャイムも鳴って、クラスメートがばらけ始めた。

 リカが嬉しそうに席を立つ。

「結依からメール来てんじゃん!」

「あー。この前、キーボード運ぶの手伝ってくれた子だわ」

「知ってんの? 面白いでしょ、あの子。ダンスゲーがメチャ上手くてさあー」

 こいつが誰かに入れ込むのって、初めてじゃない?

「じゃーねえ、奏」

「はいはい」

 ご機嫌なリカを見送ってから、あたしも鞄とギターを肩に掛けた。

 やっぱりちゃんと伊緒に話そう。あの子にはバレエだってあるんだもの。腐ってるだけのあたしに、いつまでも付き合わせてちゃいけない。

 しかし学校を出たところで、見知った面子に出くわしてしまったのよ。

「久しぶりだな、奏。もう二ヶ月……いや、三ヶ月になるか」

「……ナオヤ。シンジも?」

 春まで一緒にバンドを組んでいた、ベースのナオヤと、ドラムのシンジだった。

 キーボードのマリは来てないみたいね。

 この数ヶ月はずっと避けてたから、居たたまれなかった。けどナオヤはそんなあたしを頭ごなしに批難せず、穏やかに切りだす。

「マリも心配してるぞ。喉はまだ治らないのか?」

「もう治らないって、言ったでしょ」

 あたしのやたらと低い声に、ナオヤもシンジも驚いた。シンジのほうはナオヤほど落ち着いてはいられない性分のせいか、苛立ちを隠さない。

「辞めるのか戻ってくんのか、はっきりしろよ。こっちは七月のコンクールを棒に振っちまったんだぜ?」

 あたしはシンジともナオヤとも目を合わせず、ぷいっと顔を背けた。

「戻らないわ。VCプロで、もう新しい子とデュオ組んでるから」

「はあっ? んだよ、それ!」

「やめろ、シンジ!」

 前のめりになって声を荒らげるシンジを、ナオヤが制す。

「とにかく今日は、顔だけでも見ておきたかったんだ。また来るからさ」

 今度はこっちが声を張りあげてしまった。

「はあっ? あれから三ヶ月よ、まだあたしに拘ってるわけ?」

「パラディムのボーカルはお前じゃないか、奏」

 ナオヤはそう答えるものの、シンジは苦い顔してる。

 大方、ベースのナオヤだけがあたしの復帰を信じてて、シンジとマリは呆れてるってところでしょうね。それだけ、あたしの『美声』は貴重だったから。

 だけど、その美声がなくなった以上、朱鷺宮奏にマイクを握る資格はなかった。

「作曲だってそうさ。オレやマリじゃ、お前みたいな曲は書けないんだよ」

「だから曲だけ書けって? そんなこと……」

 それでもナオヤは折れようとせず、食いさがってくる。

 一方で、シンジは容赦なしに毒を吐いた。

「もう諦めろって、ナオヤ。おれは反対だぜ。こいつの作る曲にも、いい加減、嫌気が差してたとこだしな」

「お、おい……シンジ?」

「本当のことだろ。ボーカルばっかメインにしやがって、おれたちの演奏はこいつの引き立て役になってたじゃねえか。マリもぼやいてたじゃねえか」

 その通りよ。あたしの作曲は第一に『あたしの歌声』を優先してたもの。

 バンドのことなんか二の次で、自慢の歌声をアピールしなくちゃってふうに思ってたのよ。マーベラスプロに認められて、早く結果を出したかったから。

 そう――マーベラスプロから声が掛かったのは、あたしだけ。ナオヤはシンジ、マリはマーベラスプロからむしろ邪魔者扱いされて、あたしもそれに便乗した。

 あたしの歌と曲に、ナオヤたちのスキルじゃついてこられないんだ、ってね。

 あたしの自惚れを別にしても、それは紛れもない事実だったわ。だから余計にメンバーとの軋轢を生じ、シンジは爆発寸前になってるわけ。

「今はお前の曲をマリでも歌えるように、全体を控えめに調整してんだ。勝手に抜けといて、文句言うんじゃねえぞ?」

「……わかってるわよ、そんなこと」

「もうやめろ、ふたりとも! 帰るぞ、シンジ」

 険悪な雰囲気になり、ナオヤは半ば強引にシンジをあたしから引き離した。

 あたしは声を失っただけじゃない。仲間を切り捨て、シンジの言う通り『勝手』に突っ走ってしまったのよ。

 パラディムとの関係を維持してれば、作曲家兼ギタリストとして、まだまだ出番はあったのに。ナオヤがあたしを引き留めたがる理由は、おそらくそこね。

 だけどここまで拗れたら、そんなの無理でしょ?

 ナオヤたちがいなくなって、あたしは無為に立ち尽くす。芸能学校の連中は、棒立ちのあたしに見て見ぬふりをしながら、和気藹々と下校していた。

 これが孤独……か。

 今はリカも傍にいないから、痛いほどに感じる。

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