第25話

 台詞の多い錬金屋の役は結局、私が演じることになった。

 怜美子さんからの介入ないし指導は特になく、収録は順調。だけど収録が終わると、怜美子さんが待ってましたとばかりに私を捕まえる。

「さーて、結依ちゃん。本番はこれからよ」

「え? あの、私はもう……」

 嫌な予感がした。

 女王様の手前、杏さんとリカちゃんが愛想笑いではぐらかす。

「あはは……結依、事務所のほうには、わたしたちで報告しておくから」

「頑張ってね~。杏、社長が肉まん買ってきてってさぁ」

 私の右手が空気を掴んだ。

「に、にくまん! 私も一緒に行くから~!」

「それくらい、あとでお姉さんが奢ってあげるわよ」

 そんな叫びも虚しく、怜美子さんに無理やり引っ張られていく。

 こうなってはしょうがないか。私は観念し、怜美子さんの後ろについて歩いた。エレベーターで下に降り、途中でほかのひととすれ違ったら、私だけ頭をさげる。

「さっきの結依ちゃんの演技、悪くなかったわよ。ブレスもちゃんと意識できてたし」

「あ……ありがとうございます」

 怜美子さんに褒められたのが、俄かには信じられなかった。だって、私を散々素人扱いしてきた怜美子さんなんだもの。言葉の裏を勘繰りたくもなってしまう。

「しっかし杏ちゃんのは酷い棒読みだったわね。あの子も一度絞ってあげないと」

 仲間ができた、なんてふうに思ってしまった。私も薄情みたい。

 しばらく歩いて、私たちはダンスの練習場に辿り着いた。私と同世代くらいの女の子が等間隔に並んで、コーチの指導のもと、練習に励んでる。

「二列目、遅れてる! もっと曲を聴く!」

 後方の壁には鏡が張られているため、レッスン場は二倍の広さに感じられた。コーチも練習生らも怜美子さんには構わず、気合十分にダンスを続行する。

 バスケの練習なんかよりハードかも……。

「そこまで! 少し待ってなさい」

 間もなく曲が止まり、練習生たちが姿勢を楽にした。怜美子さんが来ちゃったから、きりのいいところで中断したのね。コーチの女性が振り向き、声を和らげる。

「来ないから先に始めてたわよ。……そっちの子が、例の?」

「ええ。ついででいいから、少し見てあげて」

 コーチはじろっと私の顔と、身体つきを一瞥し、腕組みを深めた。

「……しょうがないわね。あなた、そっちに更衣室と、予備のジャージもあるから。早く着替えてきなさい」

 練習に混ざれ、ってことよね。新参者のうえ部外者の私に拒否権はないらしい。

 私は一旦更衣室に映って、練習着を借り、動きやすいように髪をまとめなおした。不安に駆られるのを深呼吸で誤魔化したら、レッスン場へと戻る。

 私が前列の一番端に加わったところで、コーチがぱんっと手を鳴らした。

「さあ、もう一回最初から!」

 手取り足取り指導してもらえる雰囲気じゃない。見様見真似でダンスに混ざる。

 夏のコンサートで乱入した時も、こんな調子だったかな……。

 もちろん私だけリズムに乗れないし、テンポも掴めなかった。コーチも私のことは無視して、ほかの練習生たちの指導に熱を入れてる。

「声が小さい! もっとお腹の底から!」

 怜美子さんは隅のベンチに腰掛け、悠々と寛いでいた。練習生が怜美子さんに気を取られそうになると、コーチの喝が飛ぶ。

「集中しなさい! 二列目、また半テンポ遅れてるわよ!」

 みんな、私の乱入を疑問に思ってるに違いなかった。ダンスの合間に目が合うと、無機物を見るような顔をされる。

 あの怜美子さんが連れてきた、部外者として……これはやりにくい。

 しかし同じダンスを二巡、三巡とこなすうち、勝手がわかってきた。

 歌と同じくダンスにもテーマみたいなものがあって、それを軸にすれば、腕の振り方やステップの取り方を、ある程度は直感できるの。

 でも下手なことには変わりなくって。

「だから隣に合わせるんじゃないの! 曲を聴いて!」

 私のことはそっちのけで、スパルタ気質のレッスンは続いた。にもかかわらず、怜美子さんは平然と練習場を出入りして、紙袋いっぱいの肉まんを買ってくる始末。

「観音さん! みんなの気が散るでしょう?」

「ハイハイ、ごめんなさい。結依ちゃ~ん、あとで分けたげるからねー」

 はっきりと名前を呼ばれたせいで、余計に居たたまれなくなった。


 一時間はぶっ通しで踊って、ようやく練習が終わる。

「今日はここまで! 各自、クールダウンを忘れないようにね。あなたもお疲れ様」

 私はその場で大の字になって、ぜえぜえと息を切らせていた。体力には自信あるつもりだったけど、知らないダンスをノンストップで踊るのはきつい。

 練習生のみんなは、やっぱり私の存在が気になるようで、ひそひそと囁きあってた。

「他所の所属の子が、なんで? ユイ、だっけ」

「うちの新入りってわけじゃないよねえ」

 怜美子さんが近づいてきて、仰向けになってる私の顔を覗き込む。

「お疲れ、結依ちゃん。肉まんとあんまん、どっち食べる?」

「そ、それより……飲み物、くださいってば」

「あ~、そういえばなかったわね。結依ちゃん、ちょっと買ってきてくれる?」

「無理ですぅ~」

 鬼のような仕打ちをかわしつつ、私はおもむろに起きあがった。お腹も減ってたから、怜美子さんの肉まんに素直にかじりつく。

「どう? 感想は」

「ピザまんですよね、これ」

「そっちじゃなくて。マーベラスプロのレッスン、楽しかったでしょう?」

 楽しいとか楽しくないとか、考える余裕もなかった。

「……ハードでした。VCプロより、ずっと」

 NOAHで体力トレーニングをすることはあっても、ここまでハードじゃない。もし杏さんやリカちゃんだったら、数日もしないうちに身体を壊しちゃうわ。

 それに練習の雰囲気にも凄みがあった。

 遠巻きの練習生らを、怜美子さんが一瞥する。

「うちではね、駆けだしの子が、こうやって鍛えられてるのよ」

 これほど厳しいレッスンなのに、みんなが耐えているのは、それだけ目標に向かって『真剣』だから。コーチに怒鳴られたからってダンスをやめた子なんて、ひとりもいない。

「脱落する子もいるけどね。テストに落ちたりして」

 ここには最新鋭の設備が揃っていて、ベテランの指導員もいるわ。だけど私は環境やカリキュラムじゃなくて、心構えの違いってやつを思い知らされた。

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