第76話 元勇者 エミールとの死闘を制する

 さっきまでの駆け引きとは違う、力任せ、パワーがこもった一撃。俺は正面からその攻撃を受ける。

 今までの様にうまく受け流せるような代物ではないからだ。

 ガードしたものの、その衝撃で数メートル下がってしまう。


 そしてそのスキをついて、エミールも数メートル後方に下がる。まずい──。


 エミールは魔法攻撃かなり高い。遠距離戦は厳しい。エミールはすぐに、自身の槍を天に向かって上げる。


 圧倒的な力。赤き雷撃となり、はばかる壁を粉砕せよ!

 レッドサンダー・ボルテックス・コート


 天から雷がエミールに向かって落ちる。雷は彼女の槍に落下し、その雷が彼女を包み込む。


 俺はあの技を知っている。彼女の最強技。あの1撃で、魔王軍の幹部を何十人も葬ってきた強力な技。

 それをさせないため、俺はエミールに高速で接近。一気に切りかかるが──。


 時すでに遅し。目にも留まらぬ速さで、槍をぶん回す。そこから、今まで見たこともないくらいの強さの衝撃波が、周囲に襲い掛かる。


 当然俺にも──。


 仕方なく魔力を使い障壁を張る。障壁は一瞬で砕け散ったものの、その分威力を弱めることができた。受身をとり、着地。何とか軽症で抑える。その攻撃は周囲にも波及。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「逃げろ! 巻き込まれるぞ!」


 明らかに人一人を倒す技ではない。魔王軍の大群を殲滅させるときとか、幹部クラスに何人も囲まれた時に逆転するための技。


 周囲の冒険者たちは、悲鳴を上げてこの場から逃げだしていく。


 強い正義感、前向きな性格。

 自信にあふれたその態度、無謀ともいえる攻撃特化のパワー重視、ノーガード戦術。何も変わっちゃいない。


 けど、負けられないのは俺だって同じ。一瞬目をつぶり、神経を集中させる。そして──。


「お前の全力。俺は越えて見せる!」


 俺は剣の切っ先を持ち上げ、エミールに向ける。その瞬間、俺の全身が白く光りだす。

 青い炎のような、淡い輝き。


 体の隅々から、すべての魔力をかき集めた。いわば全力ダッシュのような存在。ゆえに数分もすれば俺の魔力はエネルギー切れを起こしてしまう。


 そんな諸刃の剣だから、あまり使いたくなかったが。こうでもしないと、エミールについていくことすらできないだろう。

 つまり、俺は魔力を強く放出この数分間で決着をつけなければいけないということだ。


 だから、リスクを負ってでも殴りに行く。無謀ともいえるこの選択。下手したらこのせいで敗北することだってあり得る。


 攻め込む! 前へ!


 俺は一気に前に踏み込む。

 そして、俺は剣の間合いまでわずかになる位置まで攻め込む。


 確かにお前に負けられないことがあるのははかった。

 けれど、俺のも同じだけの想いがある。負けられないのは、俺だって同じなんだ。


 それに、あの時とは違い理解したことだってある。


 感情的になり、ただ戦っていくこと。それだけが強さじゃないってことだ。時には引くことがあっても、屈辱だと思うことがあっても、耐えなければいけない時があるということ。


 エミールは再び俺に飛び込み、上から切りかかる。さっきとは比べ物にならないくらいの威力、速さ。

 彼女の想いが、これもかというくらい詰まっているのが理解できる。


 それを俺は、真正面から攻撃を受ける。俺も同じくらい剣に魔力を込める。

 俺だって、ただここにきているわけじゃない。負けられないのは、俺だって同じなんだ。そんなメッセージを込めて。


 そして俺はその攻撃を受けきる。

 受けた攻撃、それはもう重いの一言に尽きる。この状態じゃなかったら、他の冒険者だったら、この重みに耐えきれず、後ろに吹き飛ばされて勝負が決まっていただろう。

 手がしびれて感覚がない。


 エミールも、俺が正面から攻撃を受けきったのは予想外という感じだった。不意を打たれたというような表情をしている。

 確実に動揺しているのがわかる。


 そして俺をにらみつける。その眼つきから俺は感じ取る。やはり、深い事情があるようだ。


 何か思い詰めている表情。そこまでして彼女に戦わなければいけない理由があるのか。


 けど、負けられないのは俺だって一緒だ。戦わなきゃいけないことに変わりはないん。

 彼女の戦う理由は、戦いが終わったらゆっくりと聞くことにしよう。


 エミールは、俺が攻撃をこらえている間に数メートルほどジャンプして後退。そして一気に加速をつけて再び上から切りかかってくる。


 気迫の表情。この一撃で勝負つけるという覚悟をしているのがよくわかる。

 俺だって、そろそろ勝負をつけないと魔力がガス欠しそうだ。


 ということで俺も距離を詰める。

 再び俺とエミールが接近。彼女が、思いっきり槍を振り上げ、俺に向かって打ち下ろしてくる。


 当然策もなしに突進したというわけではない。そして、これが俺の策だ。


 スッ──。


 俺のその行動に、エミールは驚く。



 俺は、ほとんどかがんだような姿勢になった。予想もしなかったようで、エミールは言葉を失い、ただ驚愕していた。


 そして、切っ先をエミールが振り下ろした槍の切っ先に当てる。力みすぎず、ほど良くリラックスし、円を描くようにして回避しながらエミールに接近。


 薄氷を履むが如しの技だ。少しでもタイミングがずれれば、強力な攻撃をいなしきれず、俺の体に直撃。そこで勝負はついてしまうだろう。


 エミールはその行動に驚愕し、言葉を失っている。

 そりゃそうだ、敵が全力で向かってくる攻撃に、身体の力をうまい具合に抜いて攻撃を受け流す。


 口で言うのは簡単だが、実際に失敗したら負けという状況でやるのは生半可なことではない。


 少しでも力の入れ具合を間違えれば、攻撃が直撃というプレッシャーの中で、行うのだ。相当プレッシャーに強くなければできない。


 何度も視線を繰り広げ、死闘を繰り返した俺だからこそのなせる技だ。


 そして力を受け流し、俺はエミールの目の前まで急接近。前のめりになっている彼女、槍は俺の後ろ。

 俺の攻撃を防ぐ手立てはない。


 全力で彼女の肉体を切り裂いていく。


 ズバァァァァァァァァァァァァァァァ!!



 エミールの体が吹き飛び、後方にある壁にたたきつけられる。そしてそのまま力なく彼女の肉体が地面に落下。

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