第42話 元勇者 ルシフェルの覚悟を理解する

 俺達が病院から去った3日後。ハイドはノルアの隣にいた。

 再び魂を手土産に病院へ行った後。


 真っ白に光るベッド、そこにすやすやと眠っている小さな子供、ノルア。

 優しい目つきをしてそっと彼の頭をなでる。


 そして──。


「キャンディーだよ、元気が出る魔法の食べ物だよ」


 ポケットからステッキがついたペロペロキャンディーを出す。

 封を開けノルアの手元に渡す。当然ノルアは反応しない。


 彼も心の底では理解している。そんなことをしてもノルアの意識が戻ることはない。しかし長年の内戦で家族を失った彼にとって唯一の家族。



「おい医者。具合は回復しそうなのか?」


「しつこいのう──。昔と変わらんよ」


 分かっている。今のはちょっとした自分の願望が出てしまっただけだ。

 理解している。簡単にはいかない事を──。


 それでもハイドにとって彼は、たった一人の家族。


 ノルアの病気が治るのを、あきらめるわけにはいかなかった。









 夜、ベッドの中でローザ達が寝静まった頃。


「ルシフェル、起きてるか?」


「当り前じゃない。寝れるわけないわ、あんなことがあったんだもの」


 俺はローザ達が起きないよう静かな声で話しかけた。天井をじっと見つめ、思いつめたような複雑な表情をしながらルシフェルが言葉を返す。



「完璧に誤算だったわ。彼の闇がここまで深いものだったなんて」


「お前にも誤算があるんだな」


「そりゃそうよ、あんたにだってあるんだから私にだってあってもおかしくないでしょ」


 完全無欠の神様ではないんだ、そうなるよな……。

 そしてベッドの中で俺の方を向いて、枕を抱きかかえながら話し始める。


「しかたない、私が何とかするしかないわ」


「おいおいちょっと待てよ、それは言いすぎだって」


 俺はおどおどしながらルシフェルをなだめる。確かに無いわけじゃないけど、どんな理由があったって<ソウルドレイン>で人々を苦しめる選択を取ったのはハイド自身だ。

 当然責任はあいつにある。


 俺がそうなだめてもルシフェルはうつむいて右手を強く握る。その右手をじっと見ながら囁く。


「彼を魔王軍に引き込み力を与えたのも私。もちろん彼の過去も、この世界への深い憎しみだって知っていてやったわ」


「確かにそうですが……、わたくしもそれは感じました」


「セフィラ、起きていたのか──」


「はい。寝ようとしていたのですがなかなか寝付けなくて、」


 目をこすりながらセフィラが話す。セフィラもハイドの姿を見て何か感じたのだろう。


「けど、一人で背負いすぎるのはやめてください。見ていてとても痛々しいです」


 セフィラもそう感じていたらしく、ルシフェルを説得しようとする。しかしそんな言葉程度で心を変えるルシフェルではない。


「以前も言ったでしょう。これは私がまいた種。だから刈り取るのは私の義務なの」


 そしてルシフェルは俺の顔をじっと見る、相当強い覚悟を決めているのが分かる。

 これでは何をいっても無駄だろう。


「──そこまで言うならわかった。好きにしてくれ」


 とりあえず今はルシフェルの意見を尊重。あそこまで本気になっているん、あいつはここぞという時にムキになって頑固さを発揮する。邪魔をせずピンチになったら助けよう。


 セフィラもそれは理解したのかそれ以上の追及はやめる。そして再び眠りにつこうとした。

 すると──。


「どういうこと? 教えてよ──。」


「ローザ様、起きていたんですか?」


 するとローザはゴシゴシと目をこすりながらゆっくりと起き上がる。半ば寝ぼけたような表情をしながらルシフェルに向って話しかけた。


「ねえ教えて、何があったの? 知りたいよ──」


 寝ぼけた表情ではあったが、どこか真剣な眼差し、とてもごまかせるような雰囲気ではない。


 戸惑うルシフェル、しばしの間沈黙がこの場を支配する。そして──。


「わかったわ。すべて話すわ。でも、約束してほしいの──」


「何?」


「私の正体、知っても仲間外れにしたりしないで──」


 切実な表情でルシフェルが頼みこむ。しかしローザは表情を全く変えない。


「仲間外れ、しないよ?」


 その言葉にルシフェルが微笑を浮かべ、覚悟を決める。


「わかった。その言葉、信じてるわ」




 そしてルシフェルがそっと口を開く。2人の今までのこと、ハイドの事を詳しく伝えた。

 彼のこと、自分を慕ってくれた人達のために立ちあがったこと。

 もちろん自分の正体、魔王であること、その事実も──。


「そ、そうだったんですか……」


 あまりの突然の言葉に2人は黙ってしまう。

 しばしの間、沈黙がこの場を支配する。


「ルシフェル……ちゃん──」


 その中でローザが重い口をようやく開く。ルシフェルは皮肉気味に言葉を返す。


「何? もう私と関わりたくないって?」


「ううん、そんなことないよ。逆だもん、言ったよね。放っておけないからその人達のために、立ちあがったって──」

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