第29話 元勇者 夜の街へ飛び込む

(想像どおりね──)


 額に手を当て、呆れた表情をするルシフェル。だが俺もルシフェルと同じだ。


 さっきの宮殿があった場所はもちろん、俺達が今まで見てきた街とは全く雰囲気が違う。

 古びた家屋、すれ違う人々の服はボロボロ、顔つきも痩せこけていたりしている。


 道端には、座り込んだり寝込んだりしている人を時折見かける。


「パトラさんの言ったとおりね。ちょっと浮浪者のおじさんにちょっと話しかけてみるわ」


 ルシフェルがキョロキョロと周囲に視線を傾けると、道端にいた浮浪者のおじさんに話しかける。


「ちょっと聞きたいことがあるのだけど、いいのかしら」


「王都の人だろ、何でこんなところに来たんだ?」


 ルシフェルは膝に手を突き、男性に視線を合わせながらさらに聞く。


「ちょっとやることがあってね」


「治安だって悪い。それに最近じゃ人さらいが出ている噂だってある」


「おじさん、その情報について教えてほしいのだけれどいいかしら」


 ルシフェルが作り笑いをしながらさらに質問。おじさん、その言葉を聞いたとたんうつむき、黙りこくってしまう。1分程時間が経った後、おじさんが重い口を開け始める。


「今は出ない、日が沈んだ後。夜になると出てくるって聞いた」


「夜になると人気のいない道から、突然断末魔見てぇな悲鳴が聞こえてくるんだ。んでその場に行くとそいつが跡形もなく消えちまっているんだ」


「強盗がいて金銭とかをはぎ取られたってことですか?」


 セフィラがそう囁くとルシフェルの顔つきが険しくなる。


「そんなもんじゃないわ。どこを探してもいなくなっちゃうってこと。そうよね?」


「ああ、そんなところだ──」


「まさかとは思いけど。あの術式──」


 ルシフェルが深刻な表情をし始める。そうか、あの術式の事を言っているのか──。


「とりあえず、教えてくれてありがとうね」


 ルシフェルがおじさんに微笑を浮かべ、頭を下げる。そしてこの場を去る。

 スラム街を歩きながら俺は、ローザとセフィラに話しかける。


「ローザ、セフィラ。1つ頼みがあるんだけどいいか?」


「え、陽君。何?」


 正直こんなこと言いたくはない、しかし2人のため。言うしかない。

 自然と口が重くなる、真剣な目つきで2人を見つめながら話す。



「作戦は夜に行いたいんだけど。その時は俺とルシフェルでやらせて欲しい。すまないけど2人はホテルで待機していてくれないか?」


 その質問に2人は困惑。俺に詰め寄ってくる。そうなるだろうな。予想はしていた。


「そ、そんな……、私たちも力になりたいです!!」


「そうですよ、絶対に迷惑なんか返させません。ローザ様もお守りします」


 その気持ちは本当にうれしい。ただ──。


「俺とルシフェルは見たことがあるんだ、あのおじさんが言っていた人さらいの光景を。だろ、ルシフェル」


「ええ、だから私も賛成するわ」




 ルシフェルも俺の意見には賛成のようだ。まあ、そうだろうな……。俺とルシフェルはあの術式の恐ろしさを知っているからな──。


「ちょっと特殊な術式なの。使う相手によってはあなたたちも巻き込まれるかもしれない。それに冒険者でも相当な強さの人物である可能性が高いの」


「そうだ、お願いだ──。ここは俺とルシフェルに任せてくれ」


 巻き込まれたら救えない可能性すらある。二人の好意は本当にありがたいし受け取っておくが、ここは引いてもらうしかない。



 真剣な表情でのお願い、ローザとセフィラは互いに顔を見つめ合う。そして理解したようで、不満な顔つきをしながらも了承してくれた。


「──承知しました。」


「私も、分かりました。それほど危険だという事ですね」


 良かった、確かに2人の役に立ちたいという熱意は痛いほどわかる。でもあの術式は本当に恐ろしい。正直何かあった時、2人を助けられる保証がない。


 俺はしっかりと二人にお礼。わかってくれてありがとうと。

 そしてそんな会話をしながら、俺達はいったんホテルに戻った。







 夜になり、俺とルシフェルがスラム街へ。



「じゃあ、いってくるよ。ローザ、セフィラ」


「陽君、ルシフェルさん。無事でいてくださいね」


 部屋の扉の前。俺はローザとセフィラに話しかける、しばしの別れのあいさつ。

 ローザが祈るようなポーズをしながら心配そうに話しかけてくる。安心しろ。絶対帰ってくるから。


「安心して。絶対に帰ってくるわ」


「ああ、じゃあ行ってくるね」


 そして俺とルシフェルはホテルを出て、スラム街へ再び向かった。





 人通りは全くない。今は例の事件が続いているのは住民たちも知っている。その影響もあるのだろう。


 古びた家屋が連なる通り、俺とルシフェルが歩く。


 道を歩いて30分程。


「なかなか現れないな……」


「襲われるとわかってて立ち歩く人なんてまずいないもの。今日いなかったら明日も粘らなきゃいけないわね」


「そうだな──」


 そんな会話をしていると突然事件は起こった。


 うわあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!


 突然後ろから大声が聞こえだす。俺は慌ててその方向を振り向く。

 ルシフェルも同じ反応をしたようで互いに顔を見つめあう。やることなどもちろん決まっている。

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