エピローグ
第95話 おかえり
「あらま、アーウィンお帰りよ! いつ帰ったんだい?!」
「ニアンさん、ただいま。ちょっと前にね、今日から店開けるよ」
アーウィンの返事に満足したのか、ふくよかな体を揺らし笑顔で店の準備へと戻って行った。
あれからひと月。ジョン達の尽力もあり体は癒えた。
空っぽになっている心を誤魔化そうと店を開ける事にしたのはいいけど、正直まだ気乗りしないのが本当の所。
クランスブルグ王国には新しい摂政が誕生し、今度国を挙げてのパレードを久々にするらしい。
摂政誕生の裏にはジョンの動きがあったと聞いた。王に据えようと尽力したけど、本人が頑なに拒否をしたとか。ただ、政治の実権は握るらしく、もう【召喚の術】が行われる事なないという事だ。まぁ、僕も【結界】という鍵を掛けているし、早々手出しは出来ないはず。
びっくりしたのはラムザ帝国の女王にマインがなった事だ。ここでもジョンが裏で糸を引いていた。アンも後始末と即位の件で大変だったらしい。
マインは就任と同時にクランスブルグとの友好条約を結び、ラムザとクランスブルグの境界地域に
この世界からきな臭い話が一気に無くなり、いい方向に向いたのだと政治に弱い僕でも分かる。
ひとまず世界は平和になったのかな。課題は山積みだけど、あの人達ならきっと大丈夫。
そうそう、コウタは
「これは掃除から始めないとやっぱりダメか」
店内を見渡して、薄っすらと被った埃に嘆息した。
窓という窓を開け放ち、埃を外に追いやって行く。窓から飛び込む人々の喧騒を聞きながら、日常が帰って来たという実感が湧いた。窓から射し込む陽光に目を細め、埃の舞い上がる店内に嘆息する。
ドーン、ドーンと祝砲が鳴ると、住人達が一斉に外へと出て行く。
久々のパレードに住人達は熱を帯びていた。キラキラと輝く瞳で街路を見つめていると喧騒と共にざわめきが届く。ざわめきがざわめきを呼び、住人達は顔見合わせ、何が起こっているのか首を傾げていた。
「アーウィン、大丈夫か?」
衛兵のサイモンさんが僕を気遣い、声を掛けてくれた。僕は大丈夫と笑顔を返す。
もう大丈夫。
パレードで憂鬱になる事はないと確信している。元凶は消え去った、いや、帰したかな?
パレードが進むにつれ、僕達もざわめきの理由を知った。
住人達が想像していた派手なパレードは鳴りを潜め、粛々とパレードは進んでいた。豪華な馬車や、派手な物見台付きの馬車など散見出来ず、比較的質素な馬車から王がにこやかに手を振り、その隣には退屈そうに座る壮年の男性。
あの人が摂政かな? 向かいにはデニスが静かに座っていた。
僕がデニスに笑顔で手を振ると、気が付いたのかこちらを伺い、口端を上げてくれた。
デニスが壮年の男性に耳打ちすると、男性は視線をこちらに向け僕と視線が交わる。二、三度頷き何か納得したのか、また退屈そうに前を向いた。怒られる事はしてないから、大丈夫だよね。
王族を乗せた馬車が通り過ぎると、兵士達の行進が続いた。一糸乱れぬ歩みに拍手が沸き起こる。最後尾に馬に跨るジョンが、沿道の歓声に応えているのが遠巻きに見えて来た。
僕が笑顔を向けると、気が付いたジョンは馬から飛び降りこちらに駆け寄る。沿道の住人達もいったい何が起きたのか分からず、硬直していた。今までこんな事は起きた事はないし、パレード中の勇者が列を飛び出すなんて無茶をする人はいなかった。
「アーウィン! 水くさいじゃないか。元気か?」
「おかげ様で。その節はお世話になりました」
「何言っているんだよ」
ジョンは僕の両肩を掴み、満面の笑みを見せるとそっと耳元に口を持って行った。
「リックル達も会いたがっている。あっち(ログハウス)でいいからたまには顔を出してくれ」
そう言ってウインクして見せた。
「じゃあな! アーウィン!」
まわりのざわめきを余所に、ジョンは言う事だけ言って早足でパレードに戻って行った。
みんなの視線が痛い。隣で見ていたニアンさんの顔がびっくりしたまま固まっている。
「アーウィン⋯⋯あんた、勇者様とお知り合いなのかい!?」
「いやぁ、お知り合いというか⋯⋯その⋯⋯ちょっとお世話になったって感じ? ハハハ⋯⋯」
歯切れの悪い返答だけして、そそくさと店に戻った。まさかパレードから飛び出してくるなんて、らしいと言えばらしいけど⋯⋯。
でも、何も変わってなかったな。
立場はきっと変わったに違いない、それでもジョンはジョンだった。その姿に自然と頬が緩む。
「さて、店を開けようか」
僕は扉の木札を開店にしていった。
勇者に話しかけられた男を人目見ようと、その日は冷やかしも含めて、たくさんの来客があった。こういう目立つ事は苦手なんだけど。
夜の帳が落ち始めると、店も一気に落ち着きを取り戻す。
カランと扉の鐘の音に僕はカウンターから顔を上げた。
こんな時間に?
視線の先にはフードを深く被り、マスクをする女性の姿があった。
「いらっしゃいませ。いかがいたしました?」
僕の掛け声にその女性は固まる。僕を見つめるその紅い瞳に見覚えがあった。
その瞳は⋯⋯。
「ララン?」
僕の命の恩人でもある少女の名を呼ぶ。その女性はゆっくりとフードを取り、マスクをずらした。現れたのはララン・ミルシーラ。僕の恩人だ。
「やっぱり、ラランだ! どうしたの? 奥入りなよ、今、店も終わるからさ」
コロコロと良く笑ういつもの姿はそこにはなく、その紅い瞳は困惑と憂いを映し出していた。
僕はその姿に首を傾げると、ラランはゆっくりと首を横に振る。
その姿に僕は困惑した、何に首を横に振っているのかが分からない、まさか⋯⋯。
「アウフに何かあったの?!」
飛び出さんばかりの勢いで僕が尋ねると、首を横に振るだけだった。
僕の頭は増々混乱していく。
「どうしたのさ、ララン?」
「⋯⋯ラランではない⋯⋯」
「へ??」
「ラランではない⋯⋯ミヒャ・ラグーだ」
「何を言っているのさ、ララン。冗談ならもっと違うのにしてよ」
「冗談などではないのだ⋯⋯」
「え? だって⋯⋯、ちょっと⋯⋯、え?」
その言葉に僕は激しく動揺してしまう。
え?! どういう事? 何を言っているの? ポッカリと空いていた心の穴がシクシクと痛む。胸を押さえ必死に平常を保とうとした。
「⋯⋯ゴメン。やはり顔を出すべきでは無かった」
「ちょっと待って! 待って⋯⋯」
踵を返そうとするララン? ミヒャ? を僕は止めた。何度も大きく呼吸をして落ち着かせていく。
「ごめん、ちょっと待って。落ち着かせるから。奥で詳しい話を聞かせてよ」
僕の言葉に頷くとふたりで奥の居間へと移動した。
「それじゃあ、教えて貰える?」
紅い瞳は困惑を湛えたまま、重い口を開いていく。語られたのは、アウフとラランの出会いからだった。
———— 【結界】の研究をしていたアウフの元に、国が【魔法陣】を悪用して【召喚の術】を行っているのはすぐに耳に届いた。僕達と同じ様に【召喚の術】を止めようと城に潜り込んだ所、ちょうど行われていた【召喚の術】。そこで【
アウフ達は神官達を眠らせ、すぐに【召喚の術】を止めに入る。ほぼほぼ剥がれていたラランの魂を即興で【魔法陣】を書き換え、無理矢理に戻そうと試みたそうだ。
前例のない試みに賭け、それは半分だけ成功した。何とか繋ぎ留めた魂の定着は脆弱で、いつ離れてしまうか分からない状態だったという事だ。
子を【憑代】として奪われた親達からは、なんでラランだけがと、白い目で見られ。本当の親からは一回魂の離れた我が子を信じられず疎んじられた。
アウフは責任を感じ、ラランを我が子とすると一日でも長く生きられるよう研究を続けていった。だけど、ヒールも薬も限界を越えてしまい打つ手は最早なかったという。
『ここまで、生きられたのは奇跡に近い。一度剥がれた魂は脆い。分かったのはそれだけだ』
そうアウフは言うと、悔しさを滲ませた。
友人や一緒に遊ぶ友などおらず、ひとりで遊んでいるラランの姿を見る度に寂しい思いをさせているとアウフは悔やんだそうだ。
命の灯は消えかかり、残り火だけがラランを支えていた。そこに現れた僕とミヒャ、短い時間ながらラランにとっては見る物、触れる物、すべてが新鮮で濃密な体験となった。
消えかかる命の間際にラランは切望する。
『絶対にミヒャ姉ちゃんを連れてくるから、【召喚の術】をして⋯⋯。じいちゃん⋯⋯お願い⋯⋯』
我儘など言う事のなかった最初で最後の懇願にアウフは折れた。
数日の準備を経て、最後の灯を燃やすラランを【魔法陣】の中央へと寝かす。
『シシシシ、絶対にミヒャ姉ちゃんを連れてくるよ⋯⋯。爺ちゃんありがとう⋯⋯』
————
「⋯⋯私が目覚めた時には、アウフが震えながらナイフを構えていた。私以外の魂だった場合、ラランの胸を一突きする腹積もりだったようだ」
「凄いや。ラランにまた助けられちゃった。アウフも良く決断出来たね」
「本当にそう思う。私が名乗ると、安堵して腰を抜かしていた。相当な覚悟だったに違いない」
「そうだね。アウフは何て言っていたの?」
「涙を零しながら『良かった』と、何度も⋯⋯。私はどう受け止めていいのか混乱していると、急いでアーウィンの元に行けと強く背中を押した」
「そっか」
ラランの魂が消えてしまったのは悲しい。あの陽気な笑い声がもう聞けないと思うと寂しさがこみ上げる。それと同時にラランの思いが嬉しかった、ミヒャを戻してくれた事に感謝しかない。
まだ、ちょっとびっくりしているけど、時間と共にラランの思いに報いる事が出来ればいいな。
不安気なミヒャをここに急がせたのは、僕がミヒャの不安を取り除けとアウフは言っているんだ。
僕はあの日と同じ、テーブルの上のミヒャの手に自分の手を重ねる。びっくりしたのか、その手はピクリと動いた。ただ、拒絶せず受け入れてくれる。僕はその紅い瞳を見つめ、言えばいいだけだ。
「おかえり、ミヒャ」
僕の満面の笑みに、ミヒャは堰を切ったように涙を零す。
混乱や不安も一緒に流れ落としてしまおう。
僕はテーブルに置いた手に少し力を入れた。
気になる事と言えばあの男の行方。
誰も彼の行方は知らないが、誰も心配はしていなかった。
どうせまたふらりと現れる。だけど、厄介事は勘弁して欲しいよね。
「おい! いるんだろう」
その野太い声が、店を閉めると同時に裏口から届く。
裏口の戸が開くと、髭面のおっさんが口端を上げて隙間から覗いていた。
「よう! アーウィン、元気か?」
ほらね。やっぱり突然現れた。
「おかげ様でね。カルガは何をしていたの? みんな心配⋯⋯はしてないけど、気にはしているよ」
「まぁ、なんだ、のんびりしていたさ⋯⋯それより何だ⋯⋯その⋯⋯後ろの姉ちゃん⋯⋯」
カルガは言い淀み、耳元に口を寄せた。
「ミヒャがあんな事になったのに、もう他に手を出したのか?」
カルガは怪訝な顔をして耳元で呟いた。
「あ! ミヒャだよ」
「あん? え? あんな顔だったか??」
僕の言葉に表情はさらに険しくなる。カルガはすぐにひとつの可能性が浮び、一瞬顔を曇らせた。だが、すぐに嘆息し、肩をすくめて見せる。彼の中で何か納得したようだった。
「ミヒャ? か。あんたもこっち来い! 飲むぞ」
そう言って酒瓶を二本、テーブルの上にドンと置いた。
「私は⋯⋯」
「いいから、来いよ」
「ミヒャ。せっかくだ、おいでよ」
「そういう事だ」
言い淀むミヒャに構う事無く、強引に進める。ミヒャも席に着くと、カルガは用意したカップになみなみと注いでいった。
「ほれ、乾杯だ」
カルガのしまらない掛け声にカップをぶつけ合う。カルガは満面の笑みを浮かべ、一気に飲み干した。
「ぷはぁ! 久々は効くなぁ」
「夜は長いんだ、ゆっくりやろうよ」
「最初の一杯くらいはいいじゃねえか。ミヒャ、お前も呑んでいるか? なんだ、なんだ、しみったれてんなぁ、景気良くいこうぜ」
「上機嫌だね。とりあえず何していたのか話してよ」
「アーウィンちゃんは、オレの事が気になるのか?! そうか⋯⋯いや、お前らのほうが先だ。ミヒャ、あんたの話をきかせろ」
「アーウィン⋯⋯」
「いいんじゃない。正直に話せば」
僕が笑顔を見せると、諦めて口を開いた。
訥々と話し始めたミヒャの言葉は、カルガの酒で火照った体に染み込んで行く。
語らいは夜通し続いた。笑顔で、時に真剣な表情で、酒が口を滑らかにしているせいもあったのかも知れない。
言葉が気持ち良く染み込んで行く。こんな夜は久しぶりだ。
気が付けば、僕を憂鬱にさせていた心に空いた穴がゆっくりと閉じて行く。
僕の憂鬱が闇夜に溶けていった。
~fin~
鍵屋の憂鬱 坂門 @SAKAMON
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