第87話 潜入と侵入

 三人の転生勇者達が、テーブルを囲い押し黙る。誰かが口火を切るのを待っているかのようだった。静かな熱を後ろで見守っている妖艶な猫人キャットピープルは感じ取る。大きな戦力を削いだという事実は、テーブルを囲む者達にとって慢心させるに充分足る事実。あとは詰めの作業に入るだけだと誰しもが考えていた。


「もう、夜も遅い。今日はもういいんじゃねえか」

「賛成。もう寝るわ、ルク行くわよ」


 アラタの言葉を聞くと、ミランダは待っていましたとばかりに席を立った。従者を引き連れ、すぐに扉の外へと消えて行った。


「静かだね」

「ああ? 何言ってんだ?」

「これは、嵐の前の静けさってやつなのかな」

「さあな。まぁ、どデカイ花火が打ち上がるのはもうすぐだ。せっかくだ、派手に行こうぜ」

「ああ。その辺は任すよ」

「退屈しのぎに面白くしてやるよ」


 アラタは冷笑を浮かべ、部屋をあとにした。誰もいなくなった部屋でひとり、テーブルに肘を置く。

 喧騒が続いたから、静かに感じるのか? それだけか? 

 漠然とした不安が心の片隅で燻る。背もたれに体を預けると、ギシっと椅子が軋んだ。ユウは宙を仰ぎ、目を閉じる。

 向こうがどう出るのかが読めない。それが漠然とした不安か。

 次の一手。向こうが仕掛けて来る可能性は?  こっちの動きが読まれている可能性は?

 答えが出ても出なくとも、漠然とした不安が拭える事はきっと無いのであろう。





 街へと潜り込む。降りしきる雨が、フードを深く被れと打ち付ける。叩きつける雨は童顔の青年と老騎士の顔を隠し、人の視界を遮っていた。

 潜り込むには打って付けの天気だ。

 叩きつける雨に感謝をしながら、ふたりは夜道を進む。泥となった路面がブーツを汚し、粘り気のある路面に足を取られる。軽くはならない足取りで、街の中心にそびえ立つ王城を目指した。

 街の中心部に辿り着くと、人々は俯き、歩く。その姿が雨のせいなのか、コウタには計れない。

 王城へと繋がる正門の橋は、跳ね上がったまま。ふたりはそれを一瞥し、裏へと回り込む。

 雨足は強くなり、外套の隙間から雨が入り込んだ。コウタは少し顔をしかめて、フードを深く被り直す。

 王城の裏手に広がる小さな森。そこに隠れるように扉は存在した。

 下水路の修繕用に作られた扉。王城へと繋がる下水路。それと同時に王の避難通路も兼ねているとの事。マインとアンが、【召喚の間】に通じる扉を探している時に、マインがたまたま見つけたのを思い出し、教えてくれた。

 

 口と鼻を布でしっかりと覆い、扉を覆う草木を払っていく。地面に現れた鉄の扉をこじ開ける。さび付いた扉がイヤな音を鳴らすが、雨音がそれをかき消してくれた。下へと繋がる梯子が現れるとふたりは素直に降りて行く。強烈な悪臭にコウタは思わず顔をしかめた。デニスが小さな携行ランプに火を灯すと下水路の様子がぼんやりと浮かび上がっていく。川から水を引き、小さな小川の流れを作り、土を削り出しただけの簡素な洞窟が真っ直ぐに続いていた。人ひとりがやっとの細い通路と、汚れた小川の流れしかない。人の気配はまったく感じず、王城の中までは簡単に潜入出来る事は容易に想像が出来た。


「マインに感謝だね。臭くて堪らないけど」

「侵入が容易いという事は、辿り着いてからが厄介だという事をお忘れなく」

「はいはい。確かにデニスの言う通りかもね」


 突き当りに小さな扉。デニスがランプの灯りを消すとふたりは外套を脱ぎ捨てた。


「行きましょう」

「うん」


 デニスがゆっくりと音を立てぬように気を使い、少しだけ扉を開く。出来た隙間からデニスは中を覗くと、一気に扉を開いていった。





 川の流れは、闇夜を吸い込み雨粒の波紋が水面に幾つもの紋様を作り出していた。

 川の流れる音と水面を叩く雨音。闇夜を仰ぐと雨粒が顔を叩く。


「何をしているんだ、アーウィン?」

「一度、頭を冷やそうかと思って」

「冷えたか?」

「いや。濡れただけだった。やらなきゃ良かったよ」


 ユランは呆れて見せると、また先を急いだ。

 川音と心音。吐息の漏れる音とぬかるみを踏む足音。

 雨音が全てを吸い込んでいく。【憑代よりしろ】を運んでいた悲しい水路を伝い、王城を目指すふたりは、闇と雨音に紛れ静かに進んで行った。

 水路が王城の中へと吸い込まれている。ユランはアーウィンに待てと合図を出し、水路の先を覗く。チラっと何度か覗き込むと、堂々と中を覗き込んでいった。


「誰もおらん。どういう事だ?」

「さぁ? でも、いいんじゃない。進もうよ」

「ああ」


 僕はユランより先に水路へ飛び込んだ。気持ちが逸る。

 冷たい水でさえ、僕を冷やしてくれない。鼓動は早くなり、全身に血が無駄に駆けまわっているのが分かる。

 小さな停泊地に辿り着くと、水を含んで重くなった外套を脱ぎ捨てた。少しばかり体が軽くなった錯覚を覚え、軽く跳ねながら体に付いたた水を払っていく。ユランもすぐに外套を脱ぎ捨て、王城の中へと進む。


「誰もいないね」

「出払っているのか、元々手薄なのか分からんな」

「元々手薄って事はないんじゃない?」

「では、出払っているのか? まぁ、いないならそれでいい」

「そうだね。急ごう」

「まぁ、焦るな。一度落ち着け、らしくないぞ。それに、アーウィンは目的の場所を知らんだろう?」

「くっ」


 ユランの言う通り、僕は知らない。行けば何とかなると、思いだけで進んでいた。ユランが勝ち誇ったように笑みを向けると、顎で先を指して見せる。


「こっちだ」


 僕は素直にユランの後をついて行く。静まり返る王城が少しばかり不気味だった。





「言われた通りでしょう。やれば出来るんだから」


 リーファは、城門に掛かる跳ね橋を下ろしきると、ひとり胸を張って見せた。足元に転がる門番は沈黙し、異変に感づいた兵士達が続々と城門に集まり出す。

 その様子を横目にリーファは気配を消し、物陰へと息を潜めていった。

 下ろされた跳ね橋の前に現れた三人の男達が悠然と橋を渡って行く。あまりの堂々とした態度に、兵士達は困惑を深める一方だった。


「どうだ、裏をかいたろう」


 混乱している兵士を睨み、カルガは微笑んで見せる。


「正面から突っ込むバカはいないってだけだ」

「オレもダルに一票」


 悠然と橋を渡って行く三人の気圧され、兵士達はじりじりと後退をしていった。次々に現れる兵士。アンは一歩前に出て切っ先を前に向ける。


「逃げるヤツは追わん! 向かってくるなら斬る!」


 高らかに声を上げると、兵士の間に疑心と思惑が生まれる。

 絶対的な勇者の力を前にして、逃げ出したい心と、使命は果たさなければならないという使命感がせめぎ合っていた。

 アンの後ろでカルガとダルも剣を抜く。カルガは辺りに目を配りながら、冷静に判断していった。


「行くぞ」


 カルガが小声で呟く。クソ勇者が合流する前にこの有利な状況を利用する。

 突っ込んで来る三人におよび腰になる兵士達。


「い、行けー! 怯むな! 大人数で囲んでしまえ!」


 後ろから口泡を飛ばす隊長の声に、迷いを持った兵士達が剣先を向ける。


「すまんね」


 アンの鋭い振り。横一閃に振り抜く刃が兵士達を吹き飛ばす。カルガとダルもそれに続き、囲む事を許さない。叫びを上げ倒れて行く者を散見すると、怖じ気づき逃げ出す者も現れた。


「ひ、怯むぁ⋯⋯ン%&ッ?⋯⋯&ォ#⋯⋯!?」


 リーファが後ろから忍び寄り、隊長の口を塞ぐと胸にナイフを突き立てた。リーファが手を放すと膝から崩れ落ちる。指揮系統を失った兵士達は困惑と混乱をさらに来し、統制はないも同然。闇雲に突っ込む者、逃げ出す者、倒れていく者。

 返り血を浴び赤く染まる獣人の勇者が、囲む者達に向けて、ぐるりと剣先を向けて行った。剣先を向けられる度に固まる兵士にアンは冷ややかな瞳を向ける。


「最後通告だ。この場を立ち去るか、向かって来るか選べ」


 抑揚のない言葉が恐怖を煽る。残っていたほとんどの兵士がこの場をあとにした。

 残ったわずかな兵士にアンは寂しげな溜め息を漏らす。

 それを合図にカルガとダル、後ろからリーファが切っ先を向けた。


「恨まないでくれよ」


 倒れた兵士を見下ろしながら、カルガは呟く。

 激しい雨がうるさい程打ち付け、戦いの痕跡を吸い込んだ。

 正面の玄関に辿り着くと、カルガは外套を脱ぎ捨て、勢い良く大きな扉を開け放っていく。

 その大きさとは裏腹に、軽い動きを見せる扉。四人はその扉の奥、伏魔殿へやすやすと侵入をして見せた。

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