第71話 接触と説得

 騒ぎを聞きつけた、スラムの人間が顔を出し始めた。カルガとダルは目配せすると、その場から静かに離れて行った。


「なぁ、おい、なぁって。ちょっと待てよ!」


 後ろをついて来る灰色髪の男が、少しばかり怒気を含んだ声を掛け続けている。ふたりは聞こえないフリをしてやり過ごしていたが、男は業を煮やし、前に回り込んだ。


「おい、コラ! ちょっと待てって言ってんだろう。助けてやったんだから話くらい聞けよ!」


 ふたりを睨みつけながら吐き捨てる。


「ダル、そうなのか?」

「うん、まぁ、そうとも言えなくはない」

「そうか、そいつは悪かった。ありがとう、あんたは命の恩人だ。助かったよ。これでいいか?」


 カルガは抑揚のない言葉を放ち、男の肩を軽く叩くとふたりは痛む体をおしてそそくさと歩いて行く。


「おいおい、命の恩人にそれだけか? あんたら【魔族】に肩入れしているんだろう?」


 背中越しに男は、声を掛け続ける。

 しつこい男の呼び掛けに、カルガは眉間を揉みながら嘆息した。


「あのなぁ、オレ達はすんげえ体が痛いんだ。今、すぐにでも休みたいんだよ。分かるか? 【魔族】に肩入れしてようが、していまいが関係ない、オレ達は休みたいんだ。分かったか」


 カルガの言葉に、男はマスクの下で微笑んだ。


「だったら、オレの所に来い。どうせ休む場所に困っているのは見え見えだ」

「はい、お願いしますってか? なる訳がねえ」


 男は振り向いたカルガにマスクを下げて見せた。現れたのは浅黒い独特の皮膚の色。


「あんた、ハーフか。珍しいな⋯⋯だから変わった技が使えるのか」


 ダルが目を見張り、驚いた顔を見せる。


「変わった技?」

「布切れで、魔法を吸い取っちまうんだ」


 ダルの言葉に、カルガの目の色が変わった。真剣な眼差しで男を睨む。

 こいつ使えるのか⋯⋯こいつがラムザの【魔法陣】を描いている?


「悪かった。オレ達も休む場所は欲しい。お前の話を聞くだけで休めるなら安いものだ」

「最初からそう言えよ。面倒なおっさんだな」

「口の減らねえやつだな。名前は?」

「アスクタだ」

「アスクタ、オレ達は⋯⋯」

「あ、いい、いい。カルガ・ティフォージとダル・ハッカだろう。あんた達の顔を知らないヤツの方が少ねえよ。ちょっとした有名人だな。こっちだ」


 カルガがアスクタの軽口にひと睨みすると、三人は暗い小路へと消えて行く。


「あ! こいつはおっさんだが、オレはお兄さんだ。何だったらお兄様だ。いいな」


 ダルの心底どうでもいい言葉に、カルガとアスクタは“へいへい”と面倒そうに相槌を打った。





 門番はいつもの通りに、きちんと敬礼をしてジョンに対する。

 特大の門柱の前でいつもの通り笑顔を見せるジョンだが、門番の目にはいつもと違った光景が映る。だが、門番はいつものように奥へと消えて行った。


「お会いになるそうです」

「ようやくだ」


 戻って来た門番の開口一番の言葉にジョンは微笑みを返す。

 門番の後ろにジョンが付き、その後ろからマインが続いた。クランスブルグの勇者とラムザの勇者が同時に面会を申し出るという考えもしなかった事態に、モーゼンリーブ卿も渋々と首を縦に振ったに違いない。もしかしたら、何かを感じ取って貰えたのかも。


 品の良い造りの邸内。過度な調度品は一切なく、若葉色で統一した壁が目に優しく映る。一番奥の部屋だけ両開きの扉があり、その前に辿り着くと門番は扉を軽くノックした。


「失礼します。ジョン様とマイン様をお連れ致しました」

「入って頂け」


 低く良く響く声が扉の向こうから聞こえて来る。ゆっくりと扉を開き中へと通された。

 部屋の中も若葉色で統一されており、広い室内の真ん中に20名程が掛けられる大きな木製のテーブルセットが鎮座し、その上座に初老の男性がゆったりと佇んでいる。

 少し白髪の混じり髪をきっちりと後ろへ流し、真っ白なシャツを一枚羽織っているだけのラフな姿。キレのある細めの目をさらに細め、ふたりの勇者を値踏みするかのように見つめていた。少しこけた頬が貧相に見えないようにする為か、顎に少しばかりの髭を蓄え、後ろには卿を守る老騎士が眼光鋭く、自慢の髭を撫でている。モーゼンリーブ卿と同じく、鋭い視線を向け、心を許しているとは到底思えない雰囲気がふたりから伝わった。


「お初にお目に掛かれ至極光栄に存じます」


 ジョンは胸に手を当て一礼すると、マインもそれに倣う。モーゼンリーブ卿は軽く手を挙げて答えるが、大きく嘆息し口を開いた。


「ああー止め止め、そういうの。あなた達が本気出したら私達なんて簡単に消し飛ぶ。さて、こんな田舎貴族に何の用件があるというのだ」


 モーゼンリーブ卿は面倒そうな素振りを隠さずふたりに言い放つ。頬杖をつきふたりに剣呑な視線を向けると席に着くように即した。ふたりは顔を見やり席に着くとジョンは大きく息を吐きだし、口を開いた。


「単刀直入に言わせて貰う。あなたにクランスブルグの王になって貰いたい。と言うか、あなたしかいない」


 あまりの突飛な申し出に、モーゼンリーブ卿は目を剥いた。後ろで困惑している老騎士と視線を交わし怪訝な表情を浮かべていく。勇者からの思いもよらない申し出に、困惑の色は隠せないでいた。


「いやいやいや⋯⋯勇者様、御自分が何を申されているか存知しておりますか? 世情に疎いイチ田舎貴族が王になる訳がないでしょう」


 苦笑いを浮かべるしか出来ないモーゼンリーブ卿に、ジョンとマインのふたりは真剣な眼差しを返すだけだった。その姿にいち早く反応を示したのは老騎士、困惑の色は見せつつも真剣な眼差しを返す。


「卿よ。勇者がふたり、しかもクランスブルグとラムザ帝国という国を別にするふたりの訪問。何か訳ありと考えても宜しいのでは?」

「ふむ」


 卿は長考する。妄言や戯言を言う為に通い詰めるなどという愚かな事はしない⋯⋯か。


「うーん。勇者様には申し訳ないが、王などというものに興味はない。領民と共に静かに暮らせればそれで良い」

「あ、とりあえずその勇者様ってのは、止めて貰ってもいいかな? ジョンとマインで構わない。慣れないせいか尻がむず痒い」


 ジョンが肩をすくめて見せると、卿は初めて口元を緩めた。


「それでは私もモーゼンリーブで構わない。卿なんて言われたのは久しぶりだ。後ろの騎士はデニス・ラリッシュ。子供の頃からの護衛だ。ではジョン、話を戻そう。何故私なんかを王に推す? こじれるのは目に見えている、面倒なだけではないか」


 モーゼンリーブは少しだけ身を乗り出し、問い掛ける。ジョンはその姿に何度も頷き答える。


「あなたしかいない。何故か? それはあなたが勇者という存在を疎んじているから。正直少し前までは何でそんなに? って思っていたが、今は理解出来る。だからオレ達は動いていた。まずは、クランスブルグとラムザで勇者の召喚を出来なくさせた。オレ達で潰したんだ。そして金輪際、勇者の召喚などさせたくない。それにはあなたのように召喚を忌み嫌う人間に国を治めて貰わねばならない⋯⋯と考えている」


 モーゼンリーブは困惑の表情から厳しい表情へと変えた。唐突過ぎる話の内容をどう捉えるべきか、考えあぐねているのが伝わる。ジョンはその様子を伺う事もせず続けた。


「今日は、何故ラムザの勇者も同行させたかと言うと、ラムザの上も勇者の召喚を忌み嫌う者へと挿げ替えるつもりだ。そうしなければ、両国間でのバランスが取れないからな」


 その言葉にモーゼンリーブは厳しい目を向ける。


「今の王はどうなる?」

「ラムザのか? 今のラムザ王は誰だか知っているか?」


 モーゼンリーブは一瞬困惑を見せ、首を横に振る。


「知っているか尋ねるという事は、すでに変わっているという事だな」

「そうです。今の王は、元クランスブルグの勇者ユウ・モトイ。王族もいるにはいるが、力はもうない⋯⋯いや、もしかしたら、すでに根絶やしになっているかも知れません」


 マインの言葉にモーゼンリーブとデニスは、絶句した。

 世情にさして興味は無かったが、これは流石に想像を絶する。


「ジョン・レーベン。あなたが王になればいいではないか? ラムザでは勇者が王なのであろう?」

「いやいや、勘弁してくれ。クランスブルグには勇者が嫌いな王族の血縁者がいるんだ、その人になって貰うのが一番いい」

「私だって、興味ないと言ったはずだ」

「領民が国民になるだけだ、あなたなら大丈夫。今日、話して改めて確認出来た、やはりあなたしかいない」

「王になったら豹変するかも知らんぞ」

「豹変するやつはそんな事は言わない」


 ジョンが笑い飛ばすと、モーゼンリーブはこめかみを揉んで唸って見せた。


「デニス、どう思う? ストレートに頼む」

「彼らの話が本当であるなら、一考する価値はあるかと。筋は通っていると思いますよ。ジョン、何故今日改めて卿が王になるべきと考えたのですか?」

「そらぁ、嫌いな勇者の話にさえ、きちんと耳を傾けてくれた。嫌いなヤツの話なんて、普通のヤツなら耳も貸さない。それだけでも信用足る人物だと改めて思ったのさ」

「なるほど」


 デニスは納得の表情を見せる。


「ああ、クソ!」


 モーゼンリーブは突然頭をガシガシと掻いた。


「卿、地が出ておりますゆえ、お気を付けを」


 モーゼンリーブはジロリとデニスをひと睨みした。ジョンとマインは顔を見合わせ吹き出す。その様子にモーゼンリーブは苦い顔を見せた。


「今すぐ、どうこうしてくれって話ではない。クランスブルグとラムザの状況をオレ達がなんとかして見せる。その暁には、モーゼンリーブ卿、宜しく頼む」


 ジョンとマインが頭を下げて見せると、モーゼンリーブの顔はさらに苦みを見せた。


「分かった、分かった。とりあえずあんたらが何とかするまで考えておくから。デニス、この人達を手伝ってやれ」

「かしこまりました」

「いや、護衛がいなくなってはマズイのでは?!」

「こんな田舎貴族を襲うヤツなんていやしない。年は食っているが、腕は立つので役立ててくれ」


 ジョンとマインは顔を見合わせると、モーゼンリーブに頷いて見せた。


「口悪いやつとかいるけど、あまり気にしないでくれ。根はいいやつらなんで」

「問題ありません。私もどちらかと言えば、そちらよりですから」


 デニスはニヤリと笑って見せる。

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