第64話 潜伏と爆ぜる音

「待て!」


 駆け出すマインをユランは必死に抑えた。集落に辿り着き、覗いた瞬間飛び込んで来たのは目に余る惨状。暗闇でも分かる。そこにあるべき物が、そっくり無くなっているのだから暗くとも理解するには充分だった。

 どうやったら、こんな綺麗に無くなってしまうのだろう?

 ここにいた人達は、どうなってしまったのだろう?

 

 どうして、こんな事をするのだろう?


 僕の心に疑問符が並ぶ。

 マインの憤りは痛いほど分かった。なまじ付き合いのなかったユランとアンは、冷静に判断している。カルガもマインほどではないが、相当に怒っているのが分かる。その証拠にカルガは、ジッと黙り一点を見つめていた。


「ひどい⋯⋯。ひど過ぎる」

「離せ! こんな物、許してくれるものか!」

「いいから、落ち着け」


 僕が言葉を漏らす横では、マインは怒りを爆発させる。アンとユランが必死に抑さえ、何とか集落のすぐ外に隠れた。闇雲に突っこむのは愚策と、何度もマインに言いきかせる。

 しばらくもがいていたマインも幾ばくかの落ち着きを見せ、カルガも自身を落ち着かせた。


「マイン、落ち着いたか。アン、ここまでの所業が簡単に出来るヤツは誰だ」

「十中八九、ミン・フィアマだ。ヤツの一撃で間違いない」

魔術師マジシャンか⋯⋯。そいつを頭にした軍勢と考えればいいのか? 練度は分かるか?」

「ダル!」


 ユランとアンが現場に落ち着きを取り戻す。精査し、情報の整理をしていく。

 ユランの言葉を受けて、アンは後ろに控える細身の犬人シアンスロープへ顔を向けた。犬人シアンスロープの男は、鼻をひと啜りするとぐいっと前に出て来た。

 アンのパーティーに所属する犬人シアンスロープ。いつもは飄々と軽口ばかり叩いているが、今は暗闇に映る惨状を睨む。カルガとはある意味正反対の男だが、その実力は誰もが認めていた。


「急遽、招集を掛けて集まった連中だ、練度は低いと思うぞ。反撃を食らう想定をしていないんかな、【魔族】達を単純に舐めて掛かっていると思う」


 ダルはアンとユランの肩に手を掛けると、ユランはその手を睨んだ。ダルは慌てて手を外し、笑顔でごまかして見せた。


「人数は?」

「よくわかんねえ。20から50の間って所だ。最近入ったヤツとか多くてな、誰が編成に組み込まれたか把握しきれなかったよ」


 ダルはユランに肩をすくめて見せた。ユランは軽く頷いて逡巡する。


魔術師マジシャンを頭にした20から50の軍勢。こっちの人数でいけるか?」

「詠唱させなきゃいいんだ、あとは烏合の衆だ。行くさ」


 カルガも冷静さを取り戻し、目に力が戻った。


「慎重に行こう。まずは相手方をしっかりと見極めてから手を考える。夜はヤツらも動くまい」

 

 アンの言葉に全員が頷いた。

 僕達は静かに夜に紛れる。暗闇を味方につけ、深く闇に潜った。


「カルガ、アベール大丈夫かな⋯⋯」

「さぁな。何とも言えねえな。アーウィン、相手と接触したらアベールの所に行ってくれ。頼むぞ」


 僕は大きく頷いた。どうか無事でありますように。

 生活感の抜け落ちた集落を闇に紛れ進む。

 土台だけを残し消し飛んだ家屋に、不快な感覚が想起する。ここにあった全ての物がきっと一瞬で消し飛んだのだ。ざらつく既視感に奥歯をギリっと噛んだ。ボコっと心に熱い物が湧き出す。


「止まれ」


 先頭を行くアンが、静かにサインを出した。ガヤガヤと人の気配がこちらにも伝わってきた。僕はゴクっとひとつ唾を飲み込み、緊張を押し込む。


「アーウィン、おまえは向こう側から廻って奥のアベールの家へ向かえ」

「分かった」

「私も行こう」


 ユランが僕とカルガに割って入ると、カルガは一瞬考えたがすぐに頷いた。


「行け。おまえら頼むぞ」


 僕達は力強く頷き、さらに深い闇へと身を隠して行った。





 パチパチと松明の爆ぜる音が小さく響く。ミンとユリカは椅子に体を預け、うつらうつら舟をこいでいる。緊張感に欠ける退屈な時間を、怠慢な態度でやり過ごしていた。


「しっかし、どこに消えたのかしらねぇ。あれで全員? って事はないか」

「逃げ出す人も見てないし、どこかに隠れているのかしら?」

「かねぇ? それにしたって、隠れるって、どこに、どうやってって話よ。人の動きは、感じなかったもの」


 ミンはテーブルに肘をつき、ユリカは両手でカップを握りお茶を飲んだ。

 陣を張ってすでに数刻経っている。広くない集落をこれだけ探して何もないというのも解せない。


「子供をひとり見つけました!」


 ひとりの兵士が、嫌がる子供の腕を引いてふたりの前へ現れると、ふたりはようやく、少しばかりやる気を見せた。

 ミンの緑の瞳が、冷ややかに子供を見つめる。


「どこにいたの?」

「家の地下です。たまたま、下から物音が聞こえたので発見出来ました」

「へぇー。いいわ、下がって」

「あ、しかし⋯⋯、拘束しなくて良いのですか?」

「何言っているのよ、ちょっと話を聞くだけなのに縛り上げたりしないわよ。ねえ、ちょっと話聞かせてよ」


 ミンは自分の横にある椅子を、叩き座るよう少年を促す。“ほら、座れ”と兵士に小突かれ、少年は渋々と腰を下ろした。10歳くらいか、幼さは残るがしっかりとした印象を受ける。目を合わす事なく俯きながら左右に視線を振っていた。


「そんなに緊張しなくてもいいわよ。聞きたい事はひとつだけ。ここの人達はどこに行ったの?」


 少年はチラっとミンの顔を覗き、薄い笑みを浮かべた。口を開くわけでもなく、また視線を落とす。

 その不可解な笑みにミンの表情が険しくなった。


「あのう⋯⋯」


 横から現れた兵士が、声を掛けると不機嫌を隠さずミンは振り向いた。


「何よ」

「お取り込み中、すいません。奥の家で【魔法陣】らしき物を見かけたので、お知らせをと思いまして⋯⋯」

「そういうのは、早く言いなさいよ! ユリカ、ちょっと見て来てよ」

「仕方ありませんね。どちらの家ですか?」

「奥の家です。ご案内します」


 ユリカは、兵士を連れ立って集落の奥へと消えて行った。


「さて、少年。甘く言い寄る時間は終わったみたい。可哀想に、サッサと話そうか。私、子供ってそんなに好きじゃないのよね」


 ミンは、俯く少年を下からギロリと覗き込む。淡々と発せられた言葉に、少年は恐怖しか感じなかった。





「アベール、アベール、大丈夫? アベール」


 アーウィン達はアベールの家に静かに忍び込み、小さな声で呼びかけ続ける。月明かりが照らす部屋に人の気配は感じない。最悪の事態⋯⋯そんな思いが心を重くする。

 壁に掛かる、幾つかの小さな【魔法陣】のタペストリー。普通の人が見たら、ただの模様に見えるのかな。


「アベー!?⋯⋯!!#&“#‘⋯⋯」


 ユランが僕の口を塞ぐと、物影に身を潜めた。


「ユラ⋯⋯?」

「しっ!」


 ユランの緊張がこちらに伝わってくると、僕もゆっくりと静かに息を吐きだす。その刹那、僕達の緊張はさらに上がった。


「ここ?」

「はい。そうです」


 家の外から、女と男の声が聞こえる。

 鍵を掛けていない扉は簡単に開き、女と男はいとも簡単に侵入をしてみせた。ギシっと床板を踏む音、僕達は息を殺し足音へ集中していく。


「どこ? 暗くて良く分からないわね」

「これです」


 男の持つランプの揺らめきが、壁に掛かる幾つかのタペストリーを照らす。女は淡い光に浮び上がる紋様を見つめ、良く見ようとその中のひとつに手を伸ばした。


 ゴウッ!


「あっついー」


 小さな炎が上がり、タペストリーは消えた。


「何これー、もう、最悪」

「大丈夫ですか?」


 男は慌てた様子で、女に駆け寄り、女は“もう”と膨れながら詠う。


「《キュアオーブ》。火傷しちゃったじゃない。でも、確かにこれ【魔法陣】ぽいわね」

「はい。他の家にはありませんでしたので、この家は怪しいかと」

「そうね。何かありそう⋯⋯」


 マズイ。

 アベールがいないのは幸いかも知れない。ユランはジッと行く末を、気配を消して伺う。

 この人達は一体誰? ヒールを詠っていた所を見ると治療師ヒーラーなのかな。

 ユランは腰のナイフを抜き静かに構え、その時を待った。

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