第47話 始まりと完了
天を突き刺すかというほど、鋭く空へと伸びる居城。
その城は堅牢な厚い壁と幾人もの人々によって守られている。赤き鎧を纏う男は臆する事もなくそれを見上げ、武装する兵士の元へと歩み寄って行った。派手な鎧纏う男に、壁を守る男達は最大限の警戒を見せる。
男は何事も無いかのごとく城門の前に立った。中へと通じる橋は跳ね上げられたまま。その様に男はひとつ嘆息して見せた。
門番が槍を持って制止すると、男はいとも簡単にその槍をへし折って見せる。満面の笑みを浮かべる男に茫然とする門番。男は門番の固まった体へ軽く手を掛けると、門番の体はビクっという反応を見せた。
「いきなり怖いね。私は敵ではない。警戒を止めて頂けるかな? アサ⋯⋯違うな。アラタ・シドウを呼んで欲しい。出来るかい? 私はそれまでここで大人しく待つとしよう。何もしないよ。いいね」
ゆっくりと語りかけるその言葉の言葉尻は丁寧だが、強烈な圧を門番は感じ取り、身動きひとつ取れなかった。
「あれ? わからなかったのかい? もう一度言わなきゃダメかな?」
門番は目を剥き、急いでかぶりを振った。
門番は城内に伸びる伝声管に向けて急を叫び、鎧の男は、満足気な笑みを浮かべ、後ろ手に佇ずむ。得体の知れない不気味な圧に門番の硬直は続いた。しばらくすると橋がゆっくりと下り、居城は男を中へと招き入れる。橋を颯爽と歩く姿に門番の視線は釘付けになった。一体誰で、何が起ころうとしているのか⋯⋯。想像すらつかない光景が目の前に繰り広がっている。まるで演劇でも見せられているのか、現実味の無さに、門番も城壁を守る兵士達も、困惑しかなかった。
「ハッハァー、来たな」
くせ毛にブラウンの瞳の少年が大仰に手を広げ、男を招き入れた。男は城内をぐるりと見渡し、くせ毛の少年の前へと出て行く。
「随分と縮んだね。かわいくなったじゃないか」
「うるせえ」
少年は頭をバリバリと掻き、笑って見せた。そのやり取りを兵士達が固唾を飲んで見つめる。何がどうなっているのか、どうなって行くのか⋯⋯。
男はその空気に敏感な反応を見せ、少年の肩を抱き城内へと歩き出した。
「ユウ、何のマネだこれ?」
「兵士達が見ている。私が敵じゃないと知らしめないとね」
「チッ! 気持ち悪い」
「そう言うな。今だけだ。スムーズに事が運ぶ方が、おまえもいいのではないのか?」
「まあな」
少年はそれだけ言い、ふたりはそのまま城内の奥へと消えて行った。
◇◇◇◇
舌足らずな微かな怒号。ミヒャの耳朶を掠めるその声に、紅い瞳が鋭さを増して行く。宙に何かを描くような動きを続けるアーウィンを一瞥し、カルガへ声を掛ける。
「⋯⋯マズイ、王が来るぞ」
「聞こえたのか?」
「⋯⋯何か怒鳴っている」
「何だって?」
「なぜ、勇者を入れたと⋯⋯」
カルガの唇が厳しく結ばれた。
さて、どうする。
ミヒャとカルガが作業続けるアーウィンを横目に逡巡し、ふたりの瞳は厳しさを増して行く。
「おい! アーウィン、まだ終わんねえのか!」
「もうちょい」
「王がこっちに向かっている。5秒で終わらせろ」
アーウィンは返事する事も無く、黙々と手を動かした。
カツカツと螺旋階段を下る音が、カルガにも聞こえて来る。
「アーウィン!」
カルガは小声で叫ぶ。
「おまえ達は、なぁにをしていたぁ!!」
怒りのあまりに口が上手く回っていない王は、術式が上手く行えないイラ立ちもあるのだろう、地下にいる衛兵に当たり散らしていく。【召喚の間】の気配を感じ取ると上辺だけの笑みを垂れ流し、先程の怒声はどこに行ったのか、大仰な猫撫声をミヒャへと向ける。
「これは、これは勇者様! こんなうす汚い所、勇者様が足を運ぶ所ではありませんぞ」
嫌味成分がたっぷりと込められたその声色に、ミヒャの瞳が爆発寸前まで見開く。
「貴様! ここで⋯⋯な%#! おい! 止め⋯⋯%&⋯⋯!」
「いやいやいや、王様お初にお目にかかります」
カルガはミヒャの口を押さえ、胸に手を当てると深々と一礼して見せた。カルガはミヒャの頭を抑え、礼を促すとミヒャは渋々とそれに従う。カルガは礼をしながら、ミヒャに厳しい視線を送り『黙っていろ』と無言の圧を掛けて行く。
間一髪、僕とラランは飛ぶようにミヒャとカルガの後ろに並んだ。【結界】をなんとか間に合わせ、何事もなかったかのように、カルガに
「どうです、王様。見事、開けてみせました。のちほど、こちらの勇者様からたんまりと礼金は頂くとしましょう。それでは、用無しとなりましたので、私共はこれにて失礼させていただきたく存じます」
カルガはもう一度、深々と頭を下げ、僕とラランも再び倣った。ミヒャは王を睨んでいたが、カルガが腕を引きその場から足早に離れて行く。王の一行は呆気に取られていたが、勇者という邪魔者がいなくなった事を歓迎し、こちらを追う事はしなかった。
僕は高揚する心を抑えようと必死だった。
上手く行った。
子供達の命を救う事が出来た。
全てが終わったというくらいの充足感に浸っていると、カルガが厳しい口調を突きつける。
「何やってんだ! あんな所で噛み付くバカがいるか! 少しは考えろ! オレ達の仕事がパーになる所だった」
「⋯⋯本当にスマン。反省している」
「ミヒャ、仕方ないよ。王様のあの態度見たら腹立つもの」
「アーウィン。発動しない【魔法陣】を使わせ続けるのが当面の目標だ。あそこで【魔法陣】をいじったのがバレたら、今までの苦労が水の泡だ」
小声ながらもカルガは強い口調で続け、僕の高揚感にもすっかり水を差され、心はすっかりしぼんでしまった。ミヒャもカルガの言葉が痛いほど理解出来たらしく、落ち込んでいる。緩みそうになった気持ちをカルガが引き締め、僕達は足早に王城を後にすると、逃げるように森のアジトへ急いだ。
◇◇
重い空気のままログハウスの扉を開くと、僕達への視線が不安でいっぱいになっていた。ジョンもキリエもコウタも、どう切り出すべきか思案しているのが分かる。
「あ、大丈夫。上手く行ったよ。【結界】も【魔法陣】も、ちゃんと書き換えて来たよ」
僕の言葉に部屋で待ち構えた面々が安堵の溜め息を漏らす。
「良かったですわ。表情が冴えないので失敗したのかと思いましたわ」
キリエが溜め息と共に笑顔を向けてくれた。僕達の表情が相当冴えなかったに違いない。
身体的というより精神的な疲れを感じる。椅子に腰掛けると大きく息を吐きだし、背もたれに体を預けた。その姿にジョンが労ってくれる。
「四人ともお疲れ様。しかし、上手くいったのになんでそんなに重い空気なんだ。【召喚の術】に対してのダメージは相当デカイぞ」
僕とラランが、カルガとミヒャへと視線を向ける。カルガはふてくされたままそっぽを向いて、ミヒャはまだ落ち込んでいるようで俯いたままだった。その姿に僕が嘆息して見せると、ジョン達は首を傾げて見せる。
「どうしたの? これ?」
コウタもカルガとミヒャの方を向き、困惑の表情を見せた。僕は苦笑いするだけでどう答えればいいのか迷っているとラランが突然立ち上がった。
「ああー! もう! おっさんも、お姉ちゃんもいつまでネチネチウジウジしているのよ! せっかく上手くいったんだから、いい加減すっきり、しゃっきりしなさいよー! もう!」
「クククク⋯⋯おっさんって⋯⋯」
僕が思わず笑ってしまうと場の緊張が解けて行く。
「⋯⋯お姉ちゃん??!?」
ミヒャも目を白黒させて、ラランの言葉に困惑していた。その姿にコウタが爆笑するとキリエやジョンも釣られて笑顔を見せる。
僕は含み笑いを浮かべたまま、カルガに向いた。
「ほらほら、おっさんも年甲斐もなくいつまでもスネていないで、上手く行ったのだからいいじゃい」
「誰がおっさんだ!」
「でも、お兄さんじゃないでしょう?」
「フン」
カルガは鼻を鳴らしてまたそっぽを向いてしまったが、部屋の空気が一気に明るくなり、ようやく笑顔がこぼれていった。
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