第41話 輪(サークル)
陽光が当たらない、暗鬱なうす暗く広い地下室。ランプの代わりに灯りを灯す、見た事のない鉱石。淡い光りに魅せられたコウタとマインは、その光に吸い寄せられ、その淡く光る白色に見入っていた。
カルガとキリエは床にいくつも描かれている円形の文字を睨む。淡い光りに映し出される見慣れぬ文字を、ふたりは必死に読み取ろうと見つめ続けた。キリエはその紋様にも見える文字に触れようと手を伸ばして行く。
その時⋯⋯。
「触るな!!」
アベールの怒号に体が硬直して、キリエの手が止まる。
「ご、ごめんなさい!」
キリエが反射的に謝罪を述べると、アベール長い溜め息と共に苦笑いを見せる。
「おまえらはそもそも、【魔法陣】って何か知っているのか?」
鉱石に見入っていたふたりも、触ろうとして怒られたキリエも、見慣れぬ文字に見入っていたカルガも首を傾げて、お互いを見合う。
「やれやれ、そこからかい。面倒だから物凄く雑に言うと【魔法陣】ってのは魔法だ。魔法を使えなくても魔法を発動出来る。今、キリエが触ろうとしたそれは、そこに何かが触れると《イグニス》系、炎の魔法が発動するように貼っている。研究用なんで火力は相当弱いが、そんな事で怪我するのはバカらしいと思わんか?」
「すいませんでした」
「分かったならもういいさ」
四人は、マジマジとその【魔法陣】を覗き見た。
カルガは見慣れぬ文字を見つめこの紋様の価値について
「そうか! こいつがあるから、あんた達は森でずっと暮らしていけたのか」
「まぁ、それはあるな。こう見えてもエルフだからな、強力な
「僕達がしていた事って! あ! あの甘いにおいの液体も、もしかして【魔法陣】におびき寄せる為のもの⋯⋯そういう事か⋯⋯」
コウタは大げさに落ち込んで見せる。勇者を毛嫌いし、必要無いと一蹴する、いや出来る力をこの人達はすでに有しているんだ。
この人達が僕達に冷たい理由⋯⋯いや、王族に対してか。僕達は本格的におせっかいをしていただけだ。この人達だけで対処出来てしまうじゃないか。
コウタは【魔法陣】を今一度見つめ直し、自分の存在意義を問い正す。
「まぁ、別に何もしてくれなくとも、どうにでもなるのは事実だな。ドラゴンでも現れれば別だが、そんなもんいやしないからな」
「え?! いないの?」
「あんな馬鹿でかいヤツいるわけなかろう。子供だって知っとるぞ」
「街の人達は、いると信じていますわ」
「キリエ、分かるだろう。いると言っておかないと、おまえさん方の存在意義が問われちまう。勇者は必要ない。そんな声を上げれば、それは王族批判に繋がりかねない」
マインはアベールの言葉に何度も頷いて見せた。話し方がドワーフのようにあけすけで騙されてしまいそうになるが、この人達、
マインは話を聞きながらそんな事を考えていた。
「話を戻そう。【魔法陣】の作り方を教えてくれ」
「カルガ、そう焦るな。おまえさん達を信じないわけではないが、ひけらかすのもどうかと思う。この中で魔力が無い者はいるか?」
「オレだな。他のやつらは多かれ少なかれ魔力を持っている」
「そうか。どれ、そんじゃあ、おまえにだけ教えよう」
「え?! なんで??」
カルガ以外の三人は揃って笑顔で納得の表情を見せた。
アベールは、カルガに20cm程の細い指揮棒に見える木の棒を投げ渡す。カルガは突然投げられた棒を落としそうになりアタフタとしたが、何とか落とさずに手にしたその木の棒をマジマジと覗き込んだ。
「こいつは⋯⋯」
「バウニアアッシュで作った、【魔法陣】を描く
「おいおいおい、オレは魔力がないんだぞ⋯⋯」
「だからだ。カルガ、おまえが持っていても悪用出来ない。だからおまえに渡したのだ。そうだろう、アベール」
マインの言葉に、アベールは親指を上げて見せる。
「ま、そういう事だ。ここに
「あ、一応そうです」
キリエがすごすごと手を小さく上げて見せると、アベールはカルガが握っていた
「キリエ。それに魔力を溜めな」
「溜めろと言われてもどうすれば⋯⋯」
「そこに魔力を流し込むイメージをしろ。そうすれば魔力を勝手に吸ってくれる」
「やってみます」
キリエは目を閉じて、両手で握る
「ストップ、ストップ! キリエ、ストップ!」
アベールは慌ててキリエの握っていた
「あっぶねえなぁ。こいつが破裂しちまうとこだった。今の半分くらいで充分だ」
「はい、わかりました」
「しかし、勇者って言われているやつらは、やっぱり規格がおかしな事になっているな」
「すいません」
「おまえさんが謝る事じゃあるまい。ほれ、これで今、
再び、
「今言ったみたく【魔法陣】は溜めてある魔力を使って、条件を設定する。その条件を満たすと【魔法陣】は、魔力を解放する。その魔力の種類と発動の条件がこの円形の沿って描かれている文字だ」
改めて、その文字を見つめる。文字の内容に関して言えばおおよそ予想の範囲内だ。ただこの文字が全く読めない。
「この文字は何だ?」
「こいつは古代のエルフ文字だ。見慣れないおまえさん達には難しいよな。これに関してはカルガだけが覚えればいい」
「やっぱりそうなるよな」
「カルガ、がんば」
軽口を叩くコウタを睨むが、コウタは全く気にする素振りもなく、むしろ面白がっている。
淡い光が照らす文字にカルガは軽く眩暈を覚えた。
「やるぞ。時間が惜しい」
「まあ、焦るな。ひとつだけ勘違いして欲しくない。【魔法陣】は何も攻撃的な物ばかりではない。ヒールの魔力を込めればそれは癒しにもなる。これからおまえさん達が対峙しようとしている【魔法陣】も元は癒しが目的だった。私達を暴力的な種族だと思わないで欲しい」
「知っている。癒しが目的だった事は前から聞いていた。それにあんたらに接して、あんたらの事を暴力的な種族なんて思うやつはいない。いらん心配はするな」
カルガの言葉に全員が笑顔で頷いて見せると、アベールも満面の笑顔を見せる。
「どれ、始めるか」
「頼む」
アベールが
◇◇◇◇
「あ、リアーナ。鍵屋の事は、もう好きにして構わない」
柔和な表情で、ユウは告げる。リアーナは口角を上げ醜い笑みでそれに答えると、共有スペースであるキラキラと飾られた居間を乱暴に出て行った。狂犬が猟犬となって獲物を狙う。
あの娘のお守りもこれで終わりだ。ユウはひとつ大きく伸びをして自室に戻る。
「お別れは特にいらないね」
自室の扉を静かに閉めた。
不穏の種が芽吹き始める。静かに忍び寄り始めた不穏は誰にも気付かれない。
西を目指す猟犬の影が迫る。憂鬱がいつの間にか寄り添い始めた事にも気付く事はなかった。
◇◇
ジョンは違和感を覚える。静まり返る居間、それとは反対にユウ達のパーティーがざわつき、廊下を駆け回っていた。
「クオンどうした? 騒がしいな」
「あ、ジョンさん! ユウさん知りませんか?」
駆けずり回る
「ユウ? 自室にいないのか? どこかふらついているだけじゃないのか?」
「それならいいのですが⋯⋯どこかに行くなら、必ず誰かしらに声を掛ける人なので⋯⋯」
「誰も行く先を聞いていなくて、消えたと。まぁ、大人だし大騒ぎする事でもあるまい」
「ですかねぇ⋯⋯」
クオンの煮え切らない答えに不安が見え隠れしている。
「リアーナはどうした? ユウと一緒にはいないのか?」
「リアーナさんは、どこかに飛び出して行きましたよ。お付きもつけず外に飛び出して行くのを衛兵が見たって聞いています。あの人の場合はいつも、まあ、ああなので、ほっとくしかないですよ」
「そうだな」
リアーナが飛び出した。イヤな感じだ、どうする? 漠然とした不安、根拠はあるのか? アーウィン、キリエ達と接触した場所、まずはそこに向かうはずだ。追うべきか?
「あ、ジョンさん。誰もいなくなるのはさすがにマズイので、ここに居て下さいとの事です」
「あ? わ、わかった」
動こうにも動けずか。
長い溜め息を漏らす。
その時はリアーナの事で頭がいっぱいで、不穏の種が芽吹いた事など微塵も気づけなかった。
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