第4話 花は空に地上に

 香織は自転車の後ろに横座りで乗って、「落ちちゃ危ないからね」と、俺の腰に抱きついてきた。予想通り、腰に腕を回して身体を密着してきたので、香織の柔らかいところとか香りの香織、じゃなくて香織の香りが、もう、ふわって漂って来ちゃって心臓に悪い。


 なんでそんなにくっついてくるの? ホント俺との距離近くない? 俺、勘違いしちゃうよ?


「あ、くっつくと漕ぎにくい? ごめんね。離れたほうが良い?」

 だめです。どうせならもっとくっついてきてください。お願いします。などとは言えないので


「大丈夫。落ちたり転んだりしたら危ないから、よく掴まってて。ゆっくり走るから平気平気」


「はーい。じゃ、しゅっぱーつ」



 花火会場の駐輪場まで、一時間は香織を後ろに乗せて自転車を漕いでいたような気がする。実際には一〇分掛かったかどうかくらいなんだろうけど。至福の時間でございました、ありがとうございます。もう花火なんかはどーでもいいやって気持ちになっりましたよ。満足です。



 会場はまだ黄昏時だというのに既にすごい人出になっていた。この中を歩いていたら離れ離れになりそうなんて考えていたら、シャツの端をちょこんと掴まれた。


「ん?」


「あ、ゴメン。迷子になっちゃうかなって思って。ダメかな?」

 なんて、香織が上目遣いで聞いてきた。


「ううん、人がいっぱいだしね。えっと……手、繋ぐ?」

 香織は、ぱあって音がするくらいの満面の笑みを俺にくれた。


「は、はひっ。ありがとうございます。……‥えへへ」


「なんで敬語??」


「いいのっ、もう。暗くなる前に屋台で夕飯になるもの買って花火見る場所決めようよ」

 夕日のせいか、ちょと赤い顔した香織にぐいぐい屋台が並んでる一帯に引きずられるように連れて行かれた。



 座って食事を取りながら花火は見たいなと思い、観覧場所に行くと隅の方にちょうど二人分くらいのスペースが空いていたのでレジャーシートを敷いて陣取った。端の方で雑草がはみ出てきているけど、そっち側に俺が座れば香織には当たらないよな。


「さあ、始まる前に食べちゃおうか?」

 香織がペットボトルのお茶と差し出してきながら言ってきた。


 買ってきたのは焼きそば、お好み焼き、たこ焼きにりんご飴。屋台での定番だな。タレたっぷりの串焼きとかも魅力的だったけど、香織の浴衣を汚したらいけないし、買わなかった。


「そうだな。場所探しに結構時間使ったから早く片付けないと始まっちゃうな」

 あ~ん、とかのイベントもあるかと期待をしてないけど、ちょっとは考えてたけど、結局そんなものは無くりんご飴以外を完食。りんご飴は香織の撮る写真の素材なんだと。


「香織って写真、まだやってるの?」


「え?」


「は?あ……やべ」


「悠くん。わたしあなたにアカウント教えた後もずっとインスタに投稿してるよ。むしろ前より頑張ってやってるからフォロワーも爆増よ。知らないの? え? なんで? 見てないなんて言わないよね?」

 陽もとっくに沈み薄暗い中でも、香織の怒ってる目がわかります。


「いえ、あの、すみません。あ、あの撮ってもらった写真の後もちょっとは見ていたのですが、なんというか、こっそり見ている風なのがですね、ちょと躊躇うというか、恥ずかしくなりましてね。は、はい。全然見てません。すみませんでした」


 頭を下げる。言い訳がましいけど、なんだろう、香織が色んな人と繋がっているのを盗み見ている感じがして悪いことしているんじゃないかと思っちゃたんだよな。なんだろうな、こういう感情って。 ということで、素直に謝った。


「もうっ。いいから頭上げてよ。そんなもの気にしないで見てくれればいいのに。見てくれて感想もらえたほうが嬉しいんだよ」

 怒ってるような視線は消えたけど、不機嫌そうなのは同じ。


「うん、分かりました。ちゃんと見てちゃんと感想言いいます。……なのでお許しください」


「なんでさっきから敬語なの! 普通に喋ってよ。もうっ、周りの人に聞かれてたら恥ずかしいでしょ――」




 ひゅ~~~~~~~ ドン!


 ひゅ~~~~ドン ドン ドン!




 始まった。




「お、始まったな」


「わーっきれい」

 ふと、香織の横顔を見る。


 漫画とかラノベとかで、花火より横にいる彼女のほうがきれい、なんてセリフあるよね。いままでそんな事あるかよ、って思っていたんだけどアレ、作者さんごめんなさい、マジだった。


 今、俺、香織の横顔から目が離せない。周りの喧騒も花火の音も何も聞こえない。


「きれいだねぇ~悠くん。悠くん? どうしたの?」


「…………あ、ああっきれいだな」


 あまりにも見とれていて香織に声をかけられていることに気づくのが遅れた。さすがに花火も見ずにずっと顔を見ていたら不審だよな。気持ち悪いやつだな。


「どーしたの? 気分でも悪い?」


「ううん、ほんとなんでもない。ちょっと考え事しちゃってた」


「そうなの? 大丈夫ならいいけど、何かあったら言ってね」


「うす」

 香織が花火よりきれいで見とれていたなんて言えるわけないじゃないか。


 でも、いつか言わないとな。


 結果がどう出るかわからないけど、いつまでもウジウジしてているわけにはいかないしな。


 でも、今は、この距離感が心地良いというのも本音なんだよなぁ。





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