閉店 あとがき
というわけで、すっかり勢いをなくしてしまった
ケーキを食べながら話してみると、案外悪い人でもなかったというか、人相の悪さからバイトすら受からず、だったらいっそ悪に振りきってやろうとやけを起こして髪を染めて悪ぶってただけとのことで、ちなみにピアスはシールだった。で、やさぐれていたところを龍にそそのかされたらしい。
つまり、一から十まで
反省の色が見えるということで、古河が「君さえ良ければ、働き口を紹介しよう」と言うと、彼は素直に「ぜひお願いします」、と深々とキンキラキンの頭を下げた。
そしてその後、「けじめをつける」とか何とか言って、彼の毛染め式(真っ黒は野暮ったいので多少暗めの茶髪にした)も行われた(atマスターの部屋の風呂場)のだが、それはまた別の話である。けじめをつけるなら丸刈りじゃないのかとも思ったが、彼の場合、その面で丸刈りとかもう取り返しのつかないことになるから。
ちなみに、古河の紹介で入った『株式会社
「そういえばマスター、小説を書いてるって本当ですか?」
その日の閉店作業中である。
別に夕食の時でも良かったのだが、何とはなしにそう尋ねてみた。
ちなみに龍は結局戻っては来なかった。一度ヨリ子ちゃんが電話をかけてみたところ、
「何かお腹痛くなっちゃった~」
などと見え透いた嘘をついて早退扱いになったのである。というか、出勤してすぐにあのような事件が起こったわけなので、ほぼ働いてもいないのだが。
そしてもちろんマスターは「お腹痛いなら仕方ないよね、お大事に」である。疑う気0。あんなに元気よく出勤しといて!? と普通なら疑うところというか、何ならお前明日も来ないだろ? と思うところだ。そんな大方の予想通り、彼は翌日も欠勤した。そこからフェードアウトするかと思われたが、こんな野郎を雇ってくれる高時給のバイトなんてここしかないと気付いたらしく、その一週間後、しれーっと現れた。作者としては、こういうタイプの男が嫌いなので、まぁ続きを書いてやる価値もないっていうかね。というわけで彼の出番はここで終了である。
さて、マスターの新作疑惑に戻る。
「ええ? 書いてないよ? 何で?」
うっかり、小説? 何で? とまで言いそうになったマスターである。自分で元小説家という設定にしたことを奇跡的に思い出したのだった。あっぶねぇ。
「何か龍君がそう言ってたんですよ。マスターが新作を書いてるって」
「ええ? 一体何でいきなりそんなこと言い出したのかなぁ」
「マスターのパソコンに何かそれっぽいこと書いてたって」
「パソコン? 俺最近何書いてたっけ……? ランチの写真とかそういうやつ……じゃないよね?」
「えっと、ここは南由利ヶ浜……みたいな感じで始まるやつでした」
と、ヨリ子ちゃんが思い出しながら言うと、マスターは膝を、ぽん、と打った。
古い。
おっさんかよ。
ヨリ子ちゃんはそう思った。
そう、マスターは昭和生まれの立派なおっさんなのだ。昭和を馬鹿にすんじゃねぇ。
「もしかしてヨリちゃんも見ちゃった?」
「いえ、私は龍君から聞いただけですから」
「そっか、なら良かった」
「良かった、って何でですか? 私に内緒のやつなんですか?」
「いやー、ヨリちゃんだけに内緒ってわけじゃないんだけどさ」
何だ何だ。
何でもかんでもいらんことまでオープンなマスターにしては珍しい。しかし、隠されると気になっちゃうのが人間である。
「教えてください。気になるじゃないですか」
「良いけど……恨まないでよ」
「私が恨むようなことなんですか?」
「なんて言うか……、夢を壊してごめん、みたいな?」
「ますます気になります。何なんですか」
どうだろう。
ここまで引っ張るとさすがの読者さまも気になってきたのではなかろうか。もちろん「ええー、超気になるで候ー!」という反応がほしいがためにここまで引っ張っているので候。
「実はね、これ、
「ハァ!?」
!!?
「いままで内緒にしてたけど、実はいままで彼らの曲の作詞してたの、俺」
さらに言うと、曲を作っていたのもマスターの身内である。
そもそも、実はSHOW-10-GUYというユニットも、
「この商店街、昔と比べてかなり寂れたなぁ。何かこう……盛り上がらないかなぁ」
と思ったマスターが作ったものだったのだ。実際の育成や運営については得意な人間にぶん投げたが、デビューシングルからずっと詞は彼が書いていたのである。しかしそのことをメンバーは誰も知らない。作詞家としての名は『Mr.M』である。ダサいにもほどがある。ていうか、そんなのカフェで書くなよ。いままでよくバレなかったな。いや、ヨリ子ちゃんは、そんな人のPC画面をガン見するような女性じゃないから。あいつと違って。あいつと違って。
「えっ!? ちょっ、それ本当ですか? えっ? マジで?」
「うん、マジマジ」
「じゃ、じゃあ『エブリタイム、サービスタイム』も?」
「うん」
「じゃ、じゃあ『シャッターGUYとは言わせない』も?」
「もちろん」
「じゃ、じゃあ、いず君のソロ曲『いい湯だな、ルイジアナ』も?!」
「そうそう」
「し、信じられない! うそぉ!」
「本当だよ。まぁ、信じてくれなくても良いけどさ。そういうわけだから、さっきヨリちゃんが言ってたやつは彼らの新曲の歌詞。タイトルはねぇ――……」
「あああ、そこは内緒でお願いします!」
ちなみにタイトルは『エンジョイサマー! ミナミユリガハマー!』である。
おいおいマスターのセンスどうなってんだよ。ねぇ、皆さん。ちょっともう言ってやって。
あと、いまの季節は夏ではないとだけ言っておく。
というわけで、最終章だからと色々詰め込み過ぎた感はあるものの、これにてこのカフェ小説は終了である。ほんとの本当に。だって『最終豆』って書いちゃったから。
結局最後の最後までマスターとヨリ子ちゃんが良い感じになることはなかったが、恐らく、ヨリ子ちゃんがここで働き続ける限り、彼女は婚期を逃し続けるだろうし、たぶん、マスターも同様のような気がする。そして、熟年夫婦というか、茶飲み友達のような関係をずっと続けていくのではなかろうかと密かに思っている作者なのである。この作者の予言は当たる。間違いなく。だって創造主であるからして。
それでは、皆さん、最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
エンドロールが終わるまで席をお立ちになりませんよう、お願い致します。
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