5杯目 何て?

 ――前回までのあらすじ――


 愛しの『いず君』ご来店によってバグを起こしてしまったヨリ子ちゃんだったが、持ち前のプロ根性を発揮して新規客へ「いらっしゃいませ」と噛まずに言うことに成功した。……のも束の間、その客を一目見たヨリ子ちゃんは、なぜかそのまま固まってしまったのだった! 状態異常攻撃(石化)を得意とする刺客の登場に、嫉妬の鬼と化したマスターが敢然と立ち向かう!


 ということはもちろんないのだが、とにもかくにも、その客を見たヨリ子ちゃんが石化状態に陥っていて、その代わりにマスターが出動した、という部分は概ねその通りである。


「あの」


 そう、前回はここで終わっていたのである。

 確かに席に着くなり「コーヒー」と注文する客もいるので、マスターはオーダーか、とポケットの中からメモ帳を取り出した。伝票はカウンターの上にあるのだが、とりあえずこれにメモして転記すれば良いか、と思ったのである。それ以前にもしコーヒーのみであればわざわざ書く必要もない。マスターの記憶力はまだそこまでヤバくはない。彼まだ厳密には30代ぞ?


 まぁ、こんなに早くオーダーするわけだから、ホットコーヒーかアイスコーヒーかその辺りだろう、とマスターは思った。多少長いものもあるが、それを頼むならやはり一度メニューに目を通さなくてはならないからだ。これが常連であれば、いちいちメニューを見なくても覚えているのだろうが、ヨリ子ちゃんのあの反応からして常連ではないだろうし。


 と、思っていたのだが。


「『トゥーゴーパーソナルリストレットベンティツーパーセントアドエクストラソイエクストラチョコレートエクストラホワイトモカエクストラバニラエクストラキャラメルエクストラヘーゼルナッツエクストラクラシックエクストラチャイエクストラチョコレートソースエクストラキャラメルソースエクストラパウダーエクストラチョコレートチップエクストラローストエクストラアイスエクストラホイップエクストラトッピングダークモカチップクリームフラペチーノ』って出来ます?」


 ――!?


 何て?


「……は、はい?」

「ええと、ですから、『トゥーゴーパーソナルリストレットベンティツーパーセントアドエクストラソイエクストラチョコレートエクストラホワイトモカエクストラバニラエクストラキャラメルエクストラヘーゼルナッツエクストラクラシックエクストラチャイエクストラチョコレートソースエクストラキャラメルソースエクストラパウダーエクストラチョコレートチップエクストラローストエクストラアイスエクストラホイップエクストラトッピングダークモカチップクリームフラペチーノ』です。出来ます?」


 ちなみにこれは都会(都会に限らないが)にある有名コーヒーチェーン店のもので、実際に頼める最長のオーダーらしい。出来るわけがない。こんな片田舎のカフェでオーダー出来るような代物ではないのだ。


 えっ、何? これ、呪文? いまラノベでこういう感じの呪文詠唱流行ってんの? えー、嘘。俺、ラノベとか読まねぇから全然わかんないんだけど。ていうか、この人何回エクストラって言ったんだろう、面白いから数えておけば良かった、とマスターは思った。


 ヨリ子ちゃんに続いてマスターまでもがこの虎部龍の状態異常攻撃に屈しそうになったその時である。


 がっしゃーん、という音と共に、


「あややや――――――――!!?」

 

 という、もはやお決まりともいえる声が店内に響いた。絶賛インタビュー中の谷崎氏もさすがに「何事?!」とその頼りない肩をびくつかせている。

 そして、『SHOW-10-GUY』の3名はというと、サッと立ち上がってくるりと半回転し、谷崎を守るような陣形になった。腰を落として辺りに鋭い視線を走らせている。たぶん5枚目のシングル『商店街、寄ってかない?』(限定555枚で即完売)のリリースイベントでちょっとしたアクションに挑戦した経験が生きているのだろう。何やらそういうショーのようである。も、もしかしてこれがフラッシュモブってやつ? とフラッシュモブと全く縁のない作者は書きながら思った。


「ちょっともー、どうすんのよゆべっちー」

「いやもうね、いつか絶対やるとは思ってたのよ、私」

「思ってたの?! 思ってて本当にやったんだ? ウケる!」


 ぎゃははは、と甲高い声で笑っているのは皆さんお馴染み『木更津きさらづ康美やすみ』、そして、『がっしゃーん』と「あややや――!!?」のコンボを決めたのが『そこそこカフェのトラブルメーカー』こと、よく出禁にならねぇなこいつ、でお馴染みの『湯部ゆべ松子まつこ』なのであった。


 ここ最近ミシンをだだだだ言わせないと思ったら、どうやらいまハマっているのはビーズ刺繍であるらしく、例のキャンバス地のトートバッグから、プラスチックの仕分けケースを次々と取り出してはテーブルの上に並べてあったのである。それがまぁ、ひとつふたつというのならまだ可愛げもあるのだが、この手芸おばさん達にそんな可愛げがあるわけもなく、ドリンクとビーズ、果たしてどちらがメインなのか、と首を傾げたくなるほどにビーズの占める割合が多かったのだった。お店屋さんごっこかな? と思うほど――つまり、テーブルの3分の2を占領していたのである。いつか本当にここでお店屋さんを始めるのではなかろうかと、作者はヒヤヒヤワクワクしている。


「はいはいはいはい、ちょーっとすみませんねぇー。よっこらせっと」

「これさぁ、指でちまちま拾うの無理じゃない? もったいないけどさ、もういっそ掃除機で吸っちゃえば?」


 吸っちゃえば? って、いや、簡単に言うけどね、木更津さん。普通の人間は掃除機とか持ち歩かないからね? 


「あー、だよねだよね。ま、幸いなことに落としたのは100均で買ったやつだしな。よし、吸うか」


 湯部さんもね、よし、吸うか。じゃないでしょ。

 あれでしょ? お店のを借りるわけでしょ? もっとあなた達低姿勢でね? まずは騒がしくしてしまったことへの謝罪であるとか、それからマスターかヨリ子ちゃんに掃除機を借り――――


 ガ――――――! シュゴワァ―――――!!


 やっぱり持ってた!

 持参してた、ハンディクリーナー!!

 さすがは「いつか絶対やると思ってた」女! 用意周到、準備万端!


 家でやれ! 


 がっしゃーんからの、ガ――、シュゴ――、というカオスな展開に、さすがの谷崎氏も驚きを隠せないようである。私は一体どうしてこんなところを借りてしまったのだろう、と後悔している顔だ、あれは。そして、どういうわけだかそんな彼を殿様よろしく守っている『SHOW-10-GUY』の面々もそろそろ「俺ら何やってんだろ」と思ったらしく、一人(赤)、また一人(青)と席に戻った。そんな中、


「あの、俺手伝いましょうか?」


 とハァビバノンノン的湯上り系のほほん男子、いず君(緑)が動いた。


「全部吸っちゃったらもったいないですよ」


 そう言って腰を落とし、砂粒のように小さいビーズをちまちまと拾っている。

 その姿を見て、ヨリ子ちゃんは「ハウッ」などと言い、後方によろけた。つまり、石化が解けた状態である。成る程、これが愛の力か。

 ちなみに「ハウッ」というのは恐らく『How』、つまり『How much?』の略だと思われる。その神対応にこちらはいくらお支払いしたら良いですか? ハウマッチ? という意味に違いない。言ってくれ、言い値で払おう。


 大天使が人間の姿で現れた、とも思えるようなカインドネスっぷりにくらくらしていたヨリ子ちゃんだったが、ふと、視界の隅に例の8番テーブルの客を認め、再びその身を固くした。


 どうしてここがバレたのよ。


 そんなことを考えて。


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