第二豆 ブルーマウンテンの憂鬱

開店 まえがき

 さて、そんなこんなで前章からさして間もあけず、再びの開店となったわけである。

 

 やはりカフェ小説は良いもんだ――とまさかの反響(あくまでも作者基準)にほくそ笑んでいる作者なのだった。


 せっかくなので今回は謎多きイケメンマスターにスポットライトを当ててみたいと思う。早速嘘をついてしまった。前章で何度も書いた通り、ここのマスターはイケメンではないのである。ただ、味のある顔というか、親しみやすい顔というか、何かそんな個性派俳優もいたんじゃないかってもっぱらの噂なのだ。噂をしている人なんて見たことはないが。


 マスターの朝は早い。

 毎朝5時には目を覚ます。なぜって、彼の飼い猫であるみたらしが飯を寄こせと起こすからである。そう、みたらしはマスターの飼い猫なのだ。というか、このカフェの2階にマスターは住んでいるのである。


 まさに女人禁制、男子の園。

 むさ苦しい男の世界がそこに展開されているというわけだ。だってマスターに彼女が出来ないんだもの。

 そんなマスターとみたらしの住む男(&獣)臭い1LDKは、天井からサンドバッグが吊り下げられていたり、ダンベルがあちこちに転がっていたり、壁に貼られたポスターが全盛期のシルベスタ・スタローンだったりすることはない。ましてや、こじゃれたカフェのマスターよろしくそこかしこにこじゃれた観葉植物があったり、こじゃれた間接照明が置かれていたり、無駄にこじゃれたアロマが焚かれていたりすることもない。かといって、四方すべての壁が本棚になっていて、小難しい学術書であるとか、表紙がピンクのちょっとエッチな漫画がぎっしり詰め込まれてたりもしない。全体的にちょっと無機質な感じのこざっぱりとした部屋である。まぁギリギリおしゃれと呼べなくもない。


 モノトーンでまとめられたこぎれいな部屋の、アイボリーで統一されたカラーリングのベッドで、マスターはぐうぐうといびきをかいている。

 そこへみたらしが音もなく現れ(Oh! Japanese Ninja!)、


「おい髭、とっとと起きやがれ」


 そんなテロップが画面下に表示されていそうな鳴き声(「うがぁお。まぁぁお」みたいなドスの効いたやつだ)と共に、ぷにぷにの肉球で彼の魅惑の無精髭ラインをてしてしと叩く。

 しかし、そんなもので彼は起きない。もちろんみたらしもそんなことはわかっている。わかっているので、お次はざらざらで有名な猫の舌攻撃だ。けれどやはりみたらしの方でも寝起きのおっさんの顔なんか舐めたくないと見えて、なるべく皮脂で汚れていなそうな瞼のみを器用に舐めるのだ。確かにそこならばそれほどべたついていないだろう。さすがはみたらし、賢い。そして、人間の方でも瞼というのは、他人から触れられる機会もそうそうない部位である。そんなところをべろりと舐められたらひとたまりもない。つまり、起きないわけにはいかないのだ。さすがはみたらし、賢いのである。


「うへぇぁぁ! み、みたらしぃ。起きる、起きるからさぁ」


 今日も今日とて、そんな情けない声と共に、マスターの一日は始まる。


「全く、毎回どうしてお前は瞼を舐めるんだ」


 そうこぼすものの、こうしてちゃんと起きるわけだから、立派なアラームだ。


 無精髭をじょりじょりと触りながら、みたらしのキャットフードを彼専用の皿に入れる。ちょっと不機嫌そうなみたらしが、早くしろとでも言わんばかりにマスターの方をぎろりと睨みつけた。


「じろじろ見てんじゃねぇよ」


 恐らく、そんな意味で「うごぁぁ。なぁぁお」と低く鳴く。マスターは「はいはい」と言って、今度は尻の辺りをぼりぼりとかきながら、自分の朝食の用意をするためにキッチンへと向かった。おっと、その前にトイレトイレ。


 読者の方々はそろそろこう思ったのではないか。


「えっ、みたらしってそんな感じなの?」と。

 普通、猫の鳴き声を日本語に訳したら、語尾は『ニャ』になるに決まってるじゃない、あと、何か全体的に可愛くないんだけど、等々。


 そんなことを言われても、だ。

 猫ったって様々なのである。


ご主人サマにゃお~ん早く起きてニャうにゃにゃ僕、お腹空いたんだニャにゃにゃお、なぁお


 という猫(たぶん名前は『ミルキー』とか『フィナンシェ』とかだと思う。外見10点、内面10点のパーフェクトにゃんこ様である)もいれば、みたらしのように、


おいとっとと起きろ髭まぁおむがぁおあお俺様の飯の用意をしやがれ、こらんなぁお、ふがぁお、まぁぁぁお


 というタイプもいるのだ。人間だって十人十色なんだから、そりゃあ猫だってそうなのである。ただ、見た目は抜群に可愛い。すらりとしなやかな身体、毛皮は天鵞絨ビロードのようになめらか。白と黒のハチワレで、背中の方は黒が多く、腹の方はほぼ真っ白、瞳の色は黄色で、なかなかの美猫と評判だ。こんな美猫の中身がオッサンとか、ギャップ萌えも甚だしい。作者的には花丸満点の可愛さである。こちらのお坊ちゃん、テイクアウトOKでしょうか。



 いまから5年ほど前、マスターがカフェをオープンさせたその3日めの朝、出勤してきたヨリ子ちゃんが「お店の前に猫ちゃんが捨てられてました」と段ボールごと回収してきたのである。その箱の中を見たマスターは、


「こりゃあ、飼うっきゃねぇ!」


 とはならなかった。正直なところ。


「とりあえず、もらってくれる人を探そう。一応、病院だけは連れていくか」


 出会って数秒、マスターはそんな決断を下した。飼うつもりは一切なかった。だいたい、自分の世話だけで手一杯なのである。


 この話が現代ファンタジーで、この猫が後に猫耳美少女となり、ちょっとムフフな展開アリの恩返しをしてくれるっていうなら話は違ってくるのだが、どう考えてもそんなことは起こりそうもないし、ちらりと確認したらそもそも雄だったということもあり、この作者が気まぐれにそんな奇跡(ジャンル変更)を起こしてしまった場合、BのL的な方向に転がってしまうのも困る。女性にモテないからといって、それじゃあ男性の方で……、とはならないのである。


 とりあえず、知り合いの動物病院に電話をした。そこの獣医師はマスターの父の後輩ということもあり、「坊っちゃんの頼みとあらば」などと言って、わざわざ店の方に来てくれたのである。持つべきものは何かと顔の広い父とその家来……じゃなかった後輩だ。


 さすがに店の中であれこれ処置してもらうわけにもいかず、後に『みたらし』と名付けられるハチワレ猫は、篠田動物病院へと連れていかれたのであった。そして、カフェの閉店後、諸々の処置を済ませたその猫を回収したのである。


 それでまぁ何やかんやあり、結局その猫はいまもここに居着いている、というわけだ。

 

 では、せっかくなので今回は、その『何やかんや』の部分をお話ししようと思う。


 えっ、マスターの話じゃないの?


 いや、ちゃんとマスターにも触れますって。



 

 

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