第123話 鷹に憧れたウサギは今日もウサギのまま


 王様が言った通り、王様の軍艦はあくまで見た目重視の御召艦であり……本土で運用されていた本当の空中軍艦はもっと多くの砲が積まれ、もっと高くまで飛べて……比べ物にならない程の機動力を備えたものであったようだ。


 砲を乗せた空中軍艦―――戦艦と、飛行艇を乗せた空中軍艦―――空母は、その性能を十分に発揮し、国内を東西南北飛び回り、縦横無尽の活躍をし、本土や周辺諸島海域全ての敵を駆逐して……そうしてあっという間に北西諸島をも奪還してみせた。


 変異種はあれからも様々な変異をしたようだが、それでも戦艦と空母と戦うには不十分だったようで……全てが片付くまでそう時間はかからずに、ナターレ島が再びバレットジャックのシーズンを迎える頃には、変異種の話題はすっかりと話題に上がらなくなり、新聞にすら載らなくなってしまった。


 被害がなかった訳じゃない、あの日々を思い出さない訳じゃない。


 それでも皆は前を向いていて……新技術と変異種達がもたらした大量の素材によって巻き起こった好景気の中で、皆はいつもの日常を取り戻していた。


 クレオは軍を退役した。

 軍に未練が無かった訳でもないようだが……それよりもナターレ島での日々が気に入ったようで、本土に戻れとの命令に逆らっての退役だ。


 退役後は漁師をやってみたり、レストランで料理人になってみたり、好きなことをやって日々を過ごしている。


 アンドレアは賞金稼ぎを引退した。

 以前の稼ぎと今回の稼ぎで十分過ぎる程の貯金が出来たし、これからは仕事も減ってくるだろうと考えてのもので……港近くにカフェを開き、そこで奥さんと一緒に頑張っている。


 ジーノもまた賞金稼ぎを引退した。

 ジーノの真面目なら性格ならどんな仕事でもやれるだろうと思っていたのだが……ラジオのパーソナリティーをやりたいという奥さんのために、家庭に入ることにしたようで……今は子育てに励んでいる。


 グレアスは今も警察署長で、ルチアもうちの屋敷で働いていて、そこら辺は特に変わっていない。


 アリスも学校に行きながら俺の仕事を手伝う以前と変わらない日々を過ごしていて……そして俺もまた以前と変わらない日々を過ごしている。


 戦艦と空母が量産され、人の領域が広がったとなって……戦艦と空母は、辺境の更に向こう側、新海域と呼ばれる海域の調査と戦闘に明け暮れているらしい。


 驚くことにこの海の向こう側には変異種と同じくらいか、それ以上の化け物がうようよしているんだそうで……そいつらがこちらにやってこない為に、素材を稼ぐ為に、戦い続けなければならないという訳だ。


 そうなると自然、本土やここら辺の警備というか、警戒が疎かになる訳で……俺達やライン達の生き残りは、そこら辺の需要を満たす形で賞金稼ぎを続けている。


 通常種のワイバーンは……数は減りはしたものの、まだ何処かに巣を作っているようで、たまに見かけることがある。

 時代が変わって賞金稼ぎをやっていけなくなった連中が、空賊やハイエナになることもある。


 今ではすっかりと当たり前の技術となった単葉機と無反動砲でもってそこら辺の連中を狩るのが今の俺達の仕事だ。


 正直なことを言うと、貯金の額からしてそんな危ない仕事をする必要はないし、一生……どころか孫の孫くらいの代まで遊んで暮らせそうな金があったりするのだが……それはそれ、これはこれ。

 飛行艇に乗れるのは楽しいし、空の旅は気持ちいいし……俺達はこれからもこの仕事を続けていくことになるだろう。


 時代は変わったというのに、なんとも代わり映えのしない話で……俺達だけ前に進めていないような感じはあるが……それでもまぁ、俺達の日常は少しずつだが変化を迎えていた。


 変化その1。

 知事の娘さんが引っ越してきた。


 知事の娘さんもまた今回の件で色々な活躍をしていたようで? 結構な金を稼ぐことに成功し……ナターレ島に別荘を建てることにしたんだそうだ。


 変化その2

 何処かで見たことあるような変な女が島に新たな神殿を建てた。


 正直神殿というその言葉だけで嫌悪感が湧いてきてしまうのだが、その女が建てた神殿は今までの神殿とは違う教えを広めているらしく……獣人に対し異様なまでに好意的で、俺に対してもかなりの気を使ってくれている。

 正直いきなりそんなことをされてもただただ気持ち悪いばかりなのだが……まぁ、嫌がらせをしてくるよりは、マシだと思うしかないだろう。


 変化その3。

 これまた今回の件で大金を稼いだランドウが……仕事を辞めてナターレ島に引っ越してきた。

 

 いや、正確に言うとナターレ島というか、俺達の屋敷に引っ越してきてしまった。

 なんだか知らないがいつの間にやらアリスと一緒に暮らそうってなる程に仲良くなっていて、いつの間にやらアリスと話をつけていて、俺に断り無くそういうことになってしまっていたのだ。


 ……まぁ、学校を休みがちのアリスの勉強を見てくれているし、アリスがすごく喜んでいるから良いのだが……あのランドウと一緒の屋敷で暮らすというのは、中々疲れるものがある。


 あの喋り方もそうのだが、常識が無いと言うか世間知らずというか、なんともアレな感じにボケてしまっていて……俺が入っているバスルームに乱入しようとしたり、俺のベッドに潜り込もうとしたり……毎日のように珍事件を引き起こしている。


 それも笑顔で。


 楽しそうなのは何よりだが、もう少し自重して欲しいというか……常識を身に付けて欲しいものだ。




 ともあれ俺達はそんな日々を暮らしていて……そして今日はバレットジャックが水揚げされての、バレットジャックパーティということで、俺達は港へと繰り出していた。


「なぁ……あそこにいるの王様じゃないか?」


「あ、ほんとだ、王様だ。

 ……本土の方は色々忙しいらしいのに、こんな所までよく来れたよね」


 バレットジャックを片手で食い漁り、片手でワインの瓶を傾ける変な男を見かけて、俺がそんな言葉を漏らすと、側のアリスが呆れ混じりの声を返してくる。


 この一年で髪が伸び、背も伸びて……相応に大人びてきたアリスだが、その中身というか、放たれる言葉は以前とそう変わっていないように思える。


「またすぐに軍の人が追いかけてくるだろうにね、懲りないねー。

 ……っていうかさ、ラゴスはあっちに行かなくていいの?

 あっちで皆待っているみたいだよ?」


 と、アリスは更にそんなことを言ってきて……『あっち』をその指で指し示す。


 そこには知事の娘と神官女と、何故だかランドウが顔を突き合わせながら言葉を交わしていて……時たま俺の方へと視線を送ってきている。


「……勘弁してくれよ。

 あそこにいるどいつもこいつも、訳の分からない面倒な話ばっかり振ってくるから、話してて疲れるんだよ。

 ……あいつら、俺が学校もロクに行ってないってこと忘れてるんじゃないか?

 小難しい話なんて振られてもどうにもできないんだよ、ちくしょうめ」


「……いやまー、うーん……小難しい話、かぁ。

 皆なりに楽しい話をしようとしてる……はずなんだけどねぇ。

 ラゴスはやっぱりラゴスのままだねぇ」


 俺の言葉にアリスはそんな事を言ってきて……俺はアリスもまた面倒な話をしようとしているなと、渋い顔をし……口をつぐむ。


「ラゴスのさ、かわいいウサギ顔でそうされると、逆効果っていうかさ……。

 あの三人もなんだか沸き立っちゃってるしさ、もうちょっとこう、怖い顔とか出来ないの?」


 するとアリスがそんなことを言ってきて……俺は更に渋い顔をし、ため息まじりの言葉を返す。


「……そんなことを言われても俺はウサギなんだから仕方ないだろう?

 鷹みたいな顔をしてたら、それなりに怖い顔も出来たんだろうけどな……。

 どうあれ俺はウサギのまま、この顔のまま生きていくんだろうさ」


「まー……その顔ならお爺ちゃんになってもかわいいままだし、それはそれで良いんじゃない?」


 と、そんな会話をしながら俺達は、なんとも良い香りを漂わせてきた、バレットジャックのチーズのはさみ揚げを作っている一帯へと……今年も来年も再来年も、老人になっても変わることなくバレットジャックを楽しんでやるぞと、そんなことを意気込みながら……足早に向かうのだった。





――――あとがき


これにてこの物語は完結となります。

これからもラゴス達の日々はこんな感じで続いていくのでしょうが、そこまで書いてしまうと蛇足になりそうなので、こういう終わり方になることをご理解頂ければと思います。


また別の作品かはたまた新作かでお会いできればと願いつつ、ここまでお読みいただき本当にありがとうございました!


♡や☆をしていただくと、豊漁になるとの噂です。

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汝ウサギなれど鷹が如く 風楼 @huurou

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