第92話 邂逅


 今回の仕事はクレオによる試射と、その成果をもって無事に完了ということになった。


 まだまだ完成には程遠く、報酬相応の仕事をしたという実感は正直なかったのだが……この島の工場で出来ることには限界があり、試作品を本格的に改良し、しっかりとしたものに仕上げるには一旦会社の工場に戻らなければならないとのことで、そういうことになった。


 ランドウ的にもかなり積極的に協力してくれたとかで、結果は想定していた以上の良いものとなったとかで……。

 ぜひともまた俺達に試射を手伝って欲しいとの手付金の意味も込めた報酬100万リブラということになり……俺達はありがたくそれを受け取ることにした。


 更に整備工場にも協力してくれたお礼と、試作品に関する機密保持の契約金とのことで、かなりの金額が入ることになったらしい。


 数日間、本来の仕事を投げ出しての、かなりの資材を使い込んでの協力は、ちゃんとというか何というか、整備工場にも相応の利益をもたらしてくれたようだ。


 正直な所、あれだけ大っぴらにぶっ放しておいて、機密保持も何も無いと思うのだが……まぁ、その反動軽減の仕組みとかに関しては、中身を見なければ気づけないことだろうし、そこら辺の機密が守れさえすれば、それで問題はないのだろう。


 そして、今回一番働いたというか、試射を行いそれなりに危ない目にもあったクレオとはいうと……、


「あー……早くあの40mm砲、完成しませんかねー。

 完成した上で軍の正式採用砲になって、飛行艇に積まれませんかねー。

 ……いっそ、あれを横に並べての4連装とかどうですか? 4連装もあれば連射速度の遅さも問題ないですし、ドラゴンだってきっと、こっなごなに出来ちゃいますよ!」


 と、そんなことを毎日毎日、口癖のように繰り返している。


 余程にあの砲が気に入ったというか……あの威力の虜になってしまったらしい。


 ……まぁ、普段から命をかけて空を舞い飛び、モンスターやドラゴンの恐ろしさを実感している身としてはその気持ちは分からないでもない。


 その砲を当てたなら絶対に相手を倒せるという安心感と、相手をその威力でもって粉々に出来るという、高揚感というか……万能感は、何にも代えがたい安心感を与えてくれるものだ。


 この砲があるから絶対にドラゴンに勝てる、この砲があれば絶対に負けることはないし、命を落とすこともない。


 ……そういった確信をもって空を飛べたならどんなに気持ちが良いだろうか。


 今、俺がしているように一切の警戒をすることなく、それどころか武器も持たずにふらふらと島の中をうろついているような、そんな気分で空を飛べたなら……空の散歩が出来たならどんなに幸せなことだろうか。


 軍人として俺達以上に色々と思う所があるだろうクレオにとって、あの砲はそういった魅力に満ちた一品なのだろうなぁ。


 ……と、そんなことを考えながら、太陽の光をいっぱいに浴びながらなんとなくの散歩を楽しんでいると、自然と足が慣れ親しんだ遺跡の方へと向かい始めて……そうやって遺跡にたどり着くと、一人の少年……いや、少女か?


 なんとも言えない独特の雰囲気を纏った誰かが、遺跡の柱に背中を預けている様子が視界に入り込む。


 白いローブのような服を着て、白いフードを目深に被って……フードからこぼれ見える顔からは、人間なのか獣人なのか、男なのか女なのかもよく分からない。


 その身長からして子供だと思うのだが……もしかしたら小柄な大人ということもあるかもしれないな。


「やぁ」


 その何者かが俺に向かってそんな声をかけてくる。


「よぉ……誰だ、アンタ?」


 俺がそう問いを返すと、そいつはフードから見えている口元でにぃっと笑って……そうしてから訳の分からないことを言ってくる。


「マナストーン機構に似ているようで似ていない、あの魔導とかいうのにも驚いたもんだけど、あれにも驚かされちゃったなぁ。

 まさかもう無反動砲を作っちゃうとはなぁ……うんうん、ボクも頑張った甲斐があるってもんだよ。

 最優の量産機と呼ばれた―――も上手く活用してくれているみたいだし、これなら君達の未来は明るいものとなるかもしれないね。

 ……変異した奴らが群れを成すまで、まだまだ猶予はある……うん、これなら間に合うんじゃないかな」


 初対面の相手と、真っ先にする会話としては全く不適切な内容というか、なんというか……。

 ……無反動云々という言葉から考えると、40mm砲のことを聞きつけた軍事関連の企業の関係者だろうか?

 

 ……いや、それにしては言葉の意味が分からないというか、何が言いたいのか分からないというか……。

 初めて耳にするような単語まであって上手く聞き取れなかったし、こいつは一体全体、何が言いたいのだろうか?


「……アンタ誰だ? 一体何が言いたいんだ?」


 あれこれ悩んでも仕方ない、分からないことは聞くしかないだろうと考えてそう問いかけると、そいつは「はははっ」と笑って膝を叩く。


「君は他の連中と違って良いね。

 あの子にも優しくしてくれたし……うん、本当に感謝しているよ、ありがとう」


 その言葉を聞いた瞬間、俺はぐっと両脚に力を込めながらそいつの下へと歩いていく。


 いつでも駆け出せるように、いつでも飛び込めるように、出来る限りの力を込めながら……。


 遺跡に居た、島の人間じゃない正体不明の誰か。

 そいつはどことなくアリスを思わせる雰囲気と纏っているだけでなく『あの子』とそう口にした。


 それをもって俺は、目の前のこいつがアリスの関係者であることを確信し……表向きは冷静な、友好的な態度を装いながら、内心ではふん捕まえてでも、ぶん殴ってでも詳しい話を聞いてやると、そんな気持ちを煮えたぎらせ、そいつとの距離を詰めていく。


「……なぁ、アンタ、何処の誰かは知らないが、そんな格好でそんな所にいたら……この季節だ、暑いだろう?

 ……どうだ、俺の屋敷で茶でも飲まないか? 水冷式の冷房もあるし、季節に不似合いな涼しさを堪能しながらゆっくり出来るぞ」


 作り笑顔で、猫撫声でそんな言葉をそいつに向けて吐き出すと、そいつはその笑みを一段深いものとし……そうしてからひらりと身体を翻し、柱の陰へと隠れてしまう。


 その瞬間、俺は込めていた力の全てを放出し、ウサギの脚でもって飛び跳ねるが如く勢いで駆け出す。


 人間がそうするよりも圧倒的に速い、一瞬の出来事だったはず……なのだが、柱の陰にそいつの姿はなく、周囲を見回しても、駆け出した勢いのまま遺跡の中を、周囲を、あちらこちらを駆け回っても、そいつの姿を見つけることが出来ない。


 散々に、体力が尽き果てるまで周囲を駆け回った俺は……荒く息を吐き出し、痛む胸をぐっと抑えながら……あいつは一体何者なんだと、一体何処に行ってしまったんだと、息が落ち着くその時まで混乱し……呆然としてしまうのだった。

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