第85話 一方その頃


 

 ――――王都 王宮のある一室で



「魔導、魔導なぁ。

 ……いやはやまったく、あのウサギ野郎には頭が上がらねぇなぁ。

 あの飛行艇だけでもありがたいのに、更に一段上の技術を見つけてくれやがった。

 ……これで俺達は更にもう一歩、他の国よりも先を行くことが出来るってもんだ」


 高級な作りの高級な木材で作られた椅子に、体を預けながら国王がそう言うと、周囲の職員達は何も言わずに沈黙を貫く。

 彼らがそんな風に王に対し友好的ではない反応を示すのは、以前王が彼らを裏切って逃げ出したことに理由があった。


 あの時はよくもやってくれたな。あのときはお前の尻拭いをする為に本当に大変だった。

 

 何も言葉を発さず、露骨に表情を歪めたそんな態度を露骨に滲ませてくる職員達に、国王は呆れながらため息を吐き出す。


「べっつに良いけどよー、今日のこれは仕事の話だからちゃんと聞いておけよー。

 魔導の研究が始まったは良いが、関連法案は未だに一つも、形すらも出来上がって無い有様で、その影響もあって研究が滞ってしまっている部分もありやがる。

 いつまでもそんな調子じゃぁ他国に追い抜かれちまうからなぁ、兎に角議員達の尻をひっぱたいてでも、法案成立を急がなければならん。

 ……特にこの条文に関しては、なんとしてでもねじ込む必要があるから、その為の根回しとロビー活動、よろしく頼むぞ」


 その言葉を受けていくらか真面目な、仕事モードと言って良い表情となった職員達は、国王が手にしていた紙束を手に取り……それを見やって、しっかり読み込んで……そうしてから言葉を返してくる。


「この条文は本当に必要なんですか?

 魔導によって開発された兵器は決して人に向けてはいけないって……」


「ああ、いるいる、絶対にいるぞー。

 銃が出来上がった時には当時の状況が状況だけに出来なかったことだが、今は議員達に金を流しさえすれば法案を捻じ曲げることも、国のあり方を変えることも、なんでも出来ちまうって良い時代だからな、そんな良い時代を上手く利用させてもらって……何がなんでも、意地でもこれは通して置く必要がある」


 そう言って言葉を一旦切った国王は、椅子から立ち上がり、木造の、少しだけ古めかしいいかにも執務室といった様子の、本棚や事務用品が並ぶ一室をコツコツと靴を鳴らしながら歩き回り……その最奥にあった本棚から、一冊の古びた本を引っ張り出す。


「このご先祖様の日記によるとだな……銃が開発された時、ご先祖様にはある懸念があったそうだ。

 この銃ってのが進化して、大量生産されるようになって、魔物達が駆逐されたなら……銃を使っての人間同士の戦争が起きるんじゃないかって、そんな懸念がな。

 だから神殿を利用して『銃口は魔物に向ける為に神が作り出したもの、決して人に向けてはならない、神の怒りを買うことになる』なんて文句を世間に流したりもしたんだが……結局銃だけでは空の魔物が倒しきれず、海の向こうの島々という新たな開拓地が見つかったこともあって、そういうことにはならなかった。

 ……が、今回の魔導はどうだ、あの空中軍艦が実用化して、量産されるようになったら魔物なんて目じゃねぇ、一気に殲滅して一気に開拓地が広がって……そう遠くないうちに俺達人間がこの世界の支配者となることだろう。

 ……そうなって魔物って敵がいなくなったら、戦うべき相手がいなくなったら空を自由自在に舞い飛ぶ軍艦の銃口は果たして誰に向けられるんだろうな」


 古めかしい、歴史的資料としての価値がありそうな、本を片手にそう言う国王に、職員達は誰一人として言葉を返すことができない。

 

 今回の沈黙は先程のそれとは違う。

 国王が気に食わないとか、いつも酷い目に合わせてくれやがってコンチクショウとかそういった感情ではなく……国王の言いたいことが痛い程に理解出来てしまい、それに反論する術がないからこその沈黙であり、その沈黙を受けて国王は頷き、その本を本棚に戻し……言葉を続ける。


「俺達が魔導において先行出来ているのは、まさに神の贈り物、幸運のウサギがもたらしてくれた僥倖だ。

 このまま先行して、世界をぶっちぎる形で先行し続けて……強力な力を、あの軍艦を持った状態で『魔導を人に向けるべからず』を信念として守り通す必要があるだろう。

 関連法案全てにその条文をねじこんでおいて、俺が死んだ後も、俺の信念が忘れ去られた後であっても、そう簡単には人に魔導を向けられないっていう、そういう国作りと空気作りをしておく必要がある。

 ……ぶっちゃけ俺は信心深くねぇ人間だが、あの飛行艇と言い、今回の魔導と言い……まるで神様がそうしろと言ってくれているかと思ってしまうくらいに、俺達にとって都合良くことが運んでいる。

 この機を逃す手はねぇ、とにかく今のうちに、今だからこそ出来ることを全てしておく必要がある。

 ……何処に不備があってそうなったのかは知らないが、新聞屋なんかにすっぱぬかれちまった以上はグズグズしてられねぇ、兎にも角にも急ぐ必要があるからな。

 当分は休日は取れねぇもんだと思って、事に当たれよ」


 その言葉を受けて職員達は、休日無しとか何言ってんだこのオッサンと、そんなことを内心で呟きながらも、その言葉に一理はあると頷いて……それぞれが繋がりを持つ議員への工作をするために、動き始めるのだった。

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