第75話 東の港町へ


 フレアガンの直撃を食らった神官を後部座席に座らせて、急ぎ離水し東へ向かい……そうして見えてきたナターレ島のそれに良く似た形の港の側に着水した俺は、いざという時に備えて飛行服のポケットに入れておいた赤い布を振り回しながら港へと入る。


 『緊急事態、怪我人病人有り』を示すその行為を受けて、すぐさま港の連中が反応を見せてくれて、慌てた様子で駆け出し、ぎゃぁぎゃぁと大声を上げながら桟橋のここに飛行艇を停めろと、手を振り回しながら誘導してくれる。


 それに従って桟橋に飛行艇を停めて、誘導してくれた連中に停船ロープを投げ渡しながら俺が、


「西の座礁船の乗客がフレアガンの直撃を食らった!」


 と、声を上げると、ぐったりとしている神官服姿を見やった連中が異口同音に『任せろ!』と、そう言ってすぐさまに行動を取ってくれる。


 何処からか担架を持ってきて、座席から引っ張り出した神官服を担架に乗せて、そのままトラックに乗せて病院へ。


 余所者かつ獣人である俺は、それに一切手を出さず、ただ成り行きを見守り……トラックが走り去ったのを見てホッとため息を吐き出す。


 そうしてアリスがずいと機体の中から顔を出してきて、俺のことを見やってきて……全身が海水まみれだと笑い、機体の中も海水で汚れてしまったとため息を吐き出し……それでもまぁ、人助けが出来て良かったと安堵していると、よれよれのスーツ姿の中年男が桟橋を揺らしながら飛行艇のすぐ側へとやってくる。


「あの群島で座礁船が出たとは聞いていたけど、なんだか厄介なことになっているようだねぇ。

 他の乗客は無事なのかい?」


 港の管理事務所の人間と思われる中年男の言葉に、俺は頷き言葉を返す。


「とりあえずは無事のはずだ。ワイバーンの駆除も終わったし、救助船の救助活動も始まっている。

 ……少し休憩したらすぐ出立するから、この町に迷惑はかけねぇよ」


 獣人の……完全なウサギ姿の俺が上陸するのは嫌がられるだろうと思ってそう言った訳だが、中年男は首を左右に振ってから声をかけてくる。


「いやいや、出て行く必要はないよ。

 あの群島のワイバーン共をやったってんなら私達にとっても恩人だし……そもそも勲章持ちのアンタを追い返すような恥知らずはこの町には居ないよ。

 ……そっちの女の子も疲れているようだし、一泊くらいしていったらどうだい?

 流石に奢りって訳にはいかないが、良い宿を紹介するよ」


「あー……そうか、新聞に載ったんだったな、俺達……。

 その気持はありがたいし、休んでいきたいのは山々なんだが、現場に残った仲間と相談しないことにはなんとも言えないな。

 回収船が回収しているワイバーンのこともあるし……」


「なら、とりあえずワイバーンの回収が終わるまでの間だけでも休んでいったら良いさ。

 海水に濡れたままじゃぁせっかくの艶毛も傷んじまうだろうしね、宿でシャワーでも浴びたら良いよ。

 ……それと飛行艇も整備工場に掃除して貰った方が良いだろうね。

 あの人、火傷を負ってたんだろう? なら、その……座席も色々汚れてるんじゃないかな。

 そういう汚れはさっさと落とした方が良いよ。勿論整備工場も一番信頼できるとこを紹介するよ」


 中年男にそう言われて改めて自分の姿と飛行艇のことをじぃっと見やった俺は……アリスへと視線を送る。


 するとアリスは「賛成!」と言いながら笑顔を見せてくれて……俺は中年男に向けてこくりと頷く。


 それを受けてアリスにも負けない笑顔となった中年男は、事務所の方に向けて大きな声を上げて……紹介するつもりで最初から端から待機させていたのだろう、何人かの整備員が預り証やらの書類の束と共に姿を見せて、こちらへと駆けてくる。


 塩取り清掃と簡易整備と、燃料と弾薬の補給の注文を済ませて預り証を受け取り、そいつらに飛行艇を預けたなら、念の為にと飛行艇に積み込んでおいた着替えやらが入った鞄を持って、アリスと一緒に中年男が勧める宿へ足を向ける。


 そうしてシャワーを浴びて、着替えを済ませて……海水に汚れた飛行帽やら飛行服やらを宿に預けて洗濯してもらい……洗濯が終わるのを、宿の入り口側にあるソファにぐったりと、アリスと並んで身体を預けながら待っていると……回収船の船長ベルガマスが何故だかやってきて、声をかけてくる。


「おう、あのおっさんが言った通りここにいたな!」


「ベルガマス……?

 なんでアンタがこの町に? ナターレ島にワイバーンを運ばなくて良いのか?」


 俺がそう声を返すとベルガマスは「お前は一体何を言ってるんだ」と言わんばかりの苦い顔をし、言葉を返してくる。


「あの量のワイバーン共をナターレ島まで運ぶなんて無理に決まってんだろうが。

 速度は落ちるし、燃料はかかるし……鮮度のことを考えてもここの港に運ぶ以外に選択肢はねぇだろうよ。

 ……既に水揚げが始まって、解体も進んでいる。

 じきにクレオ達もこっちに来るだろうし……明日の朝市が終わるまではここを離れらんねぇぞ。

 ……ナターレ島の連中を稼がせてやれねぇのは無念だがな……大金持って帰って、たっぷり使ってやる方向で貢献してやるとするさ」


 その言葉を受けて、そこまで考えてなかったなと宿の天井を仰いでいると……宿の主が、その濃ゆい髭面をぐいと俺の視界に押し込んでくる。


「どうやら一泊する流れのようですね!

 部屋のランクはどうしますか? 良いお部屋にしますか? 最上級のお部屋が空いてますよ?

 最上級のお部屋ならクリーニングも最上級に! ディナ―も当然! コーヒーすらもランクがぐいと上がりますよ!

 どうです? 最上級にしますか? お連れ様と一緒に泊まるならお値段的にも最上級が良いんじゃないかなって思いますよ!」


 先程の中年男や整備員と言い、この髭面と言い……この島の連中はどいつもこいつも商魂がたくましいようだとため息を吐き出した俺は、まずは値段を聞いて次にアリスの方を見て……色々あって疲れたのだろう、意識の半分が夢の世界といった様子のアリスを見て、仕方ないかと再度のため息を吐き出し……髭面を押しのけながら声を上げる。


「じゃぁその最上級で。

 泊まるのは俺とこのアリスと、クレオって女と、アンドレアとジーノって男が二人……。

 ベルガマス、アンタ達はどうする?」


「俺達は人数が多いからな、ランク下の部屋で休ませてもらうさ。

 宿代は臨時経費ってことで請求させてもらうが……まぁ、あの数のワイバーンが売れたなら誤差みたいなもんだろうし、構わねぇよな」


「……ああ、もう好きにしろ。

 それなりの飯と多少の酒も許可するが……二日酔いなんてことになったら今後の付き合いを考えさせてもらうからな」


 そんな俺達の会話を聞いた髭面は、大歓声を上げたと思ったらすぐさま宿の従業員達に凄まじい声量でもって号令を発し……そうして慌ただしく、ドタバタと足音を響かせながら部屋の支度を整え始めるのだった。

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