第68話 ルチア


 2階に並ぶ寝室の、左の角部屋が俺の寝室で……2つ程空き部屋を挟んでクレオの寝室、アリスの寝室と続き、その隣がグレアスの姪っ子かつ屋敷の使用人、ルチアの部屋ということになった。


 まずはそこに手荷物を置いてもらって、グレアスが用意してくれた使用人契約書と写しに俺とルチアのサインをして……写しをルチアに手渡す。


 あとは契約書に書いてある支度金を渡せばそれで契約は完了。


 早速今日から仕事が開始となる訳だが……何しろ突然のことで、仕事道具どころかルチアの寝室の準備すら出来ていないような状態で……仕事に関しては追々、準備が整ってからで良いということにして俺達は、何よりもまずはとルチアを連れてグレアスの家へと足を向けた。


 何度か来たことのある、豪邸といって差し支えのない白木造りのその家には、広い庭があり、庭のあちこちにいくつもの遊具があり……豪邸と庭のそこら中から元気な子供達の声が響き渡っている。


 2階はなく、とにかく1階を広くした形となっていて……玄関や窓、ポーチなどには奥さんが飾ったらしい色とりどりの花の鉢植えが並んでいて……それらをアリス達が楽しげに眺める中、俺は大きな声を上げる。


「グレアス! いるかぁ!!

 出てこい!!」


 今日は休日、特に用事がなければグレアスは家の中に居るはずで……程なくグレアスがどたどたと足音を響かせながら玄関から出てくる。


「なんだなんだ、休日にラゴス一家が勢揃いで、寂しくなって遊びにきたか……って、ルチアじゃないか! 元気だったかー!!」


 俺の顔を見るなりそう声を上げて……声を上げながら俺達の顔をぐるりと眺めていって、そこでようやくルチアの存在に気付いたらしいグレアスが、ルチアに抱きつこうとして……ルチアがひらりと身をかわしグレアスを受け流す。


「お久しぶりです……雇い主にいついつ到着するって大事な情報を渡してなかった叔父さん。

 ……とりあえず、挨拶したいので叔母さんを呼んでくれますか?」


 受け流し、尚も抱きつこうとしてくるグレアスの手をぺしんと叩き、棘のある声で放たれたルチアの言葉に、グレアスは「ぐむぅ」と唸り項垂れて……渋々と言った様子で奥さんの名を大声で呼ぶ。


 するとグレアスの奥さん……ミランダさんが、そのふくよかな身体と三編みを揺らしながらやってきて……、


「ルチアー! 元気してたかーーい!」


 と、そんな声を上げながらルチアに抱きつき、ルチアも


「おばさーん、久しぶりー!」


 と、返しながら奥さんにしっかりと抱きつく。


「な、なんだよ、なんだよ……俺だって心配してたのによぉ」


 その光景を見やりながらそんなことをボヤくグレアス。

 そんなグレアスのことを横目で見やった俺はため息まじりの言葉を返す。


「必要な連絡をちゃんとしてなかったって部分へのあてつけもあるんだろうが……年頃の女の子に良い年のおっさんが抱きつこうとするんじゃねぇよ。

 そんなことをしたら嫌われるに決まってるだろうが」


「ああ!? お、叔父なんだからそのくらいは良いだろうが!!

 それにアレだぞ、連絡を忘れてたのだって、あの島の件で忙しかったっていうか、お前の尻拭いをしてたから忘れちまったんであって、俺だけがぁ悪い訳じゃねぇんだからな!?

 お前も同罪だ! 同罪!!」


「それがアンタの仕事ってだけだろうが。

 俺達は俺達の仕事はしっかりこなしたし、文句を言われる筋合いは無いぞ。

 ……それに同罪なんて言われても、そもそも俺は抱きつこうともしていないしな」


「ぐ……ぐぬぅぅ。

 ちょっと仕事に成功したからって、生意気なことを言うようになりやがってぇ……」


 と、グレアスが地響きのような唸り声を上げていると、そんな俺達の会話を聞いていたらしいグレアスの長女が、玄関のドアから顔を覗かせる。


「私もお父さんに抱きつくのは嫌だなー。

 ラゴスさんならおっけーだけどね、なんかフカフカしてそうだし……!

 という訳でラゴスさん、ルチア、久しぶりー!

 今ルチアのために用意しておいた着替えとか枕とか、靴とか、弟達が持ってくるから、もうちょっとだけ待っててね!」


 ルチアと同年代、年頃の長女の言葉にグレアスは顎が外れんばかりに大口をあけて愕然とし……どうしてラゴスならば良いのだと、恨みがましい視線をこちらに向けてくる。


 そんな態度だから……普段からそんな父親をやっているから駄目なんだろうと俺が視線を返すと、グレアスは無言でも俺が何を言わんとしているのか理解したのだろう、ギシギシと歯噛みし……少しの間、歯噛みし続けてから「ふんっ」と鼻息を吐き出し、拗ねてしまったのか家の中へと戻っていく。

 

 それと入れ違いになる形でグレアスの息子達が大小様々な荷物を手にやってきて……俺達に挨拶をしてから、俺達の屋敷へと向かってずんずんと歩いていく。


「ラゴスさん、色々とうちの旦那に不手際があったみたいでごめんなさいね?

 とりあえずルチアの生活基盤はこっちで整えておくから安心して頂戴、これがないと眠れないっていう枕もぬいぐるみも既に空輸で届いているし……空輸できないようなものは事前に買っておいたから不足はないはずよ。

 ……そういう訳でラゴスさん、ルチアは私の娘も同然の大事な大事な姪っ子だから、よろしくしてやって頂戴ね?」


 息子達を見ながら奥さんがそう言ってきて……奥さんがそう言うならばと、俺が頷いていると、何故だかルチアがその顔を真っ赤にしながらフルフルと震え始める。


「ぬいぐるみのことは秘密にしてって言ったじゃなーーい!!」


 全身を震わせ顔を更に真っ赤にしながらそう言うルチア。

 

 アリスもクレオもベッドにぬいぐるみを置いているようだし、気にする必要は無いんじゃないかと思いつつも、こういう時は何も言わず何も聞いていなかった振りをしているのが一番だと理解していた俺は、何も言わずに音も立てずに、アリスとクレオを伴いながらその場を後にするのだった。

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