第67話 屋敷内を巡って


「あ~~、涼し~~」


「良いですねー……これがあれば夏も快適に過ごせますね」


 リビングに前々から置いてあった、一人用ソファを冷房の前へと移動させて……どかりと少しばかりだらしない格好で座り込みながらそんな声を上げるアリスとクレオ。


 その様子を少しの呆れを含んだ目で見やった俺は……冷房が問題なく動いていることを確認し……リビングを後にしようとする。


「ラゴス~、どこに行くの~?」


 冷房の冷気にやられたのか何なのか気の抜けた声でそう言ってくるアリスに、俺は振り返って言葉を返す。


「他の部屋の冷房もちゃんと動くか確認しておこうかと思ってな。

 暑くなっていざ動かしてみたら動きませんでしたじゃ、話にならないだろう?」


「んー? 大丈夫? 冷房をいくつも同時に動かしたりして?

 電気代とかすごいことにならない?」


「んん? いや? ポンプと冷房を動かす程度なんだし、大したことはないぞ?

 水道から水を取っていれば水道代がかかるがなぁ、ここは地下水を使っているみたいだし……夏の間、2・3機を動かし続けても、十分に払える範囲だろうな」


「あ、そんなもんなんだ?

 ならおっけーおっけー、いってらっしゃーい」


 そう言ってひらひらと手を振ってくるアリス。

 ……まぁ初めて冷房を目にしたなら、その厳つさから電気代がかかるものだと勘違いしてもおかしくはないだろうな……。


 と、そんなことを考えながらリビングを後にした俺は、東側階段を上がって2階に上がり……2階をぐるっと確認してから西側階段から1階に降りて1階の各部屋の確認を……と、そんなルートで屋敷中の冷房を一つ一つ丁寧に、状態に問題がないか、ちゃんと動くかを確認していく。


 リビングと応接間、客間に書庫に寝室に、ビリヤード台のあるゲームルームにまで冷房があり……電気代や水代どうこうより、整備費用のほうが問題になりそうだなと俺は軽く頭を抱える。


「いっそのこといくつかは使わないことにして、交換部品扱いしたほうが良いかもなぁ。

 そもそもいらないだろ、こんなにたくさん……。

 壁のそこら中が配管だらけになってそうだし……設置費用だけでちょっとした家が建ちかねないぞ」


 と、そんな独り言を呟きながら1階最後の部屋となる食堂の冷房の確認を終えた俺は……まさかと思いながらキッチンへと足を向ける。


 一体何人で料理するんだというくらいに広く、余計な料理用テーブルまでがあり……高そうで一般家庭に置くにしては大きな、コンロとオーブンと冷蔵庫が並ぶその部屋に入ったなら……壁に手を触れて慎重に、見逃すことのないように確認をしていく。


 裏口へのドアがあり、いくつもの大きな窓があり……しっかりと風が通り抜ける構造になっていて、夏でも快適に料理が出来そうで、冷房なんてまず必要ないと思うのだが……それでもこの館を作ったやつならば、キッチンにさえも冷房を設置しかねない。


 ……と、思っていたのだが、流石にキッチンにまでは設置しなかったようで、どの壁にもそれらしい仕掛けは見当たらない。


 そう言えばいくつかの……露骨に狭い寝室にも冷房が設置されていなかったな。


 狭い寝室にキッチンに……。使用人達が使う部屋には設置しないということなのだろうか?


 ゲームルームなんかに設置するくらいなら、そういった部屋に設置してやれよ……と、そんなことを考えて、思わず呆れてしまう。

 まぁ結局、使用人どころかその主すらも足を踏み入れることなく他人に……俺達の手に渡ってしまったんだけどなぁ……。


 とりあえずアレだ、使用人になってくれるという、グレアスの姪には狭い方ではなく広い方の寝室を使ってもらうことにしよう……一人だけ冷房無しというのも可哀想だからな。


 ……と、そんなことを考えていると、ジリリリと屋敷中に響く大きな音がなり……五月蝿いなと耳を抑えて顔を歪めた俺は、数瞬の後にそれが来客を報せるベルであることに気づく。


 屋敷と庭を覆い囲う壁の門柱に設置されたスイッチが押されると、地下を走る電気配線に電気信号が走り、屋敷のそこかしこにあるベルが鳴らされるというもので……こんなに大きい音でなくても良いだろうと苦い顔をしながら俺は、玄関へと向かい、玄関から出て……鉄槍を模したフェンス型の門へと向かう。


 するとベルの音を聞きつけたアリスとクレオまでがやってきて……、


「何も三人で出迎える必要はないだろう?」


 と言う俺にアリスは「せっかくだから!」と、クレオは「ベルでの呼び出しなんて初めてなので!」と、そんなことを返しながら着いて来て……結果、三人でベルを鳴らした来客を出迎えることになる。


 アリスより年上、クレオより年下。

 16か7か、それくらいの女の子が門の向こうで大きな鞄を両手でしっかりと持ちながら、柔らかそうな短い髪をふんわりと揺らしながら俺達のことを忙しなく見回している。


 俺を見てアリスを見てクレオを見て……クレオを見てアリスを見て俺を見て。


 映画でしか見たことのない、メイド服姿でそうする女の子になんと声をかけたものかと悩んでいると、何かに気付いたらしいアリスがぱぁっと明るい笑顔を咲かせる。


「あ、もしかしてグレアスさんの姪っ子さん?

 わぁ~~、もう来てくれたんだ?」


 笑顔を咲かせながらのそんなアリスの言葉に俺は呆れながら言葉を返す。


「いやいや……契約書にサインはしてあるがまだ送付してないし、そもそも屋敷を買ってまだ数日だぞ? 本土から来るんだから到着は当分先のことに―――」


「あー、いえ、はい、その姪っ子です。ルチアって言います。

 叔父さんから屋敷を買うのもアタシを雇うのも時間の問題だからすぐに来いって言われて慌てて出立して……今日到着しました」

 

 俺の言葉の途中で、そう言ってくるメイドさん。


 俺が口をあけたままぽかんとし、グレアスに怒ったら良いのやら姪っ子さんを哀れんだら良いのやら、どうしたら良いのか分からず呆然としてしまっていると……アリスとクレオは笑顔で門をあけて姪っ子さんを歓迎し……姪っ子さんが持っていた鞄と、その後ろに置かれていたいくつかの鞄を持ってやって「私達の屋敷へようこそ!」と、そんなことを言いながら案内し始める。


 そんなアリス達の背中を尚も呆然としながら見送った俺は……とりあえず引っ越しでぐちゃぐちゃになった荷物の中から、サイン済みの雇用契約書を引っ張り出さなければなと、門を閉めて、頭をガシガシと掻きながら……自分の部屋へと足を進めるのだった。


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