第65話 引っ越し
俺達から事の顛末を聞いたグレアスは、すぐに警察署の人間を集めてくれて……警察所有の船と、何艘かの漁船を使ってのハイエナ共の隠れ家の制圧が行われた。
制圧、と言っても、クレオ達が上空から機関銃を向けながらのものだったので、これといった抵抗もなく、被害もなく、ハイエナ共の完全降伏で決着したようだ。
哀れというかなんというか……悲惨だったのがその後のハイエナ共だ。
仲間が人質を取ったなどと『嘘』をついてしまったせいで、人質は何処にいるんだとグレアスによる激しい尋問を受けることになり……クレオ達が島全体を捜索し終わるまでその尋問は続けられることになったらしい。
それはもうひどいくらいの尋問が行われたそうで、縛り上げられた連中がナターレ島の港まで運ばれて来た時には……うん、生きてはいるし、重症も負ってないのだが、なんと表現すべきか……見るに堪えない有様となってしまっていた。
だがまぁ、同情は出来ないだろう。
そういう生き方に手を染めて、何人かの被害者まで出しているのだ、自業自得、因果応報……命を奪われなかっただけマシだったというものだ。
それから少しの間、現場検証やら事情聴取やらで忙しかったが……それも5日程で落ち着いて、そうして俺達の下へと依頼料と賞金が支払われることになった。
1機100万で14機落としたから1400万……と、なってくれたら良かったのだが、あくまで賞金がかかっていたのは6機のみ。
そういう訳で今回の儲けは、ベルガマスからの依頼料50万と燃料代、弾代、賞金600万と……政府からの慰労金ということで追加の100万が貰えて、合計750万ということになった。
4人で割ったら187万と端数。
まぁまぁ悪くない稼ぎだったと言えるだろう。
色々と危険な目に遭いもしたが……まぁ、近場の仕事だったしな、こんなものだろう。
そしてこれで……以前の稼ぎ345万と合わせて、532万。
あの屋敷を……500万の屋敷を買うのに十分な貯金が出来たということになる。
例の使用人を雇ったとして給料が一月20万で……家具やら色々買うには少し足りないが、元々の貯金と合わせれば十分に買うこともできるし、何ヶ月かは食っていけるし……なんだか予想以上に早く、あっという間に、屋敷を買う準備が整ってしまった。
しかし、たったこれだけの貯金で買って良いものか、もう一つ二つか仕事をこなしてからで良いのではないかという思いもあり……俺はもう数日、アリスと話し合いながら検討するつもり……だったのだが、入金のあった翌日、俺はアリスとクレオに捕獲され、
『グズグズ悩まない、お金が足りなかったらその時は稼げば良いだけ!
目標はちゃんと達成したんだから、次にすべきは行動でしょ!』
と、アリスからのお叱りを受けて……そのまま銀行へと連行されてしまったのだった。
そうして翌日。
俺とアリスとクレオの三人は早速引っ越しの準備に取り掛かった。
荷物を借りたトラックの荷台に積み込み、運んで屋敷の玄関に下ろし……再度家に向かって、また積み込み。
元々自分で買った家具やらは少なく、自分で買った物と言えばアリスと一緒に暮らし始めて、稼ぐようになってから買ったものがほとんとで……全てを運ぶのにそれ程の時間はかからなかった。
そうした荷物を運び終えたなら、今度は掃除だ。
貸家とはいえ、俺にとって初めての……ずっと切望していたまともな我が家だ。
かれこれ長い間住み続けて、その分だけ色々な思い出がつまっている訳で……それらの思い出を噛み締めながら、汚れ一つ残さないように、丁寧に掃除していく。
そうやって家のあちこちを掃除していると……野宿を脱し、この屋根の下で目を閉じた時は、安心感を覚えたというかなんというか……これが家なんだなと、心底から感慨深く思ったことが思い出される。
「私は暮らし始めてからまだそんなにだけど、ラゴスにとってはここが実家みたいなものなんだね」
そうした思い出に浸りながらリビングの床をモップで懸命に拭いていると、同じくモップを構えたアリスがそんなことを言ってきて……俺はモップを動かしながら言葉を返す。
「アリスにとってもここが実家だろ?
これからはあの屋敷で長いこと暮らすことになるんだろうが……それでもここが始まりの家だ」
「んん? あー……そっか、そうだよね。
言われてみれば私にとっても初めての家なんだよね。
……なんだかこの年でそれっていうのも変な感じだねー」
「そうは言うがな、俺も似たようなもんだったぞ。
それなりの年になるまで家無しだったからな」
「そっかそっか……それならー……私達似た者同士だ」
「今更だろ」
そんな会話をしながらモップを動かし……生暖かい視線を向けてくるクレオに「働け!」と一喝してから、更にモップを動かし、我らが実家を綺麗に、知らない誰かが住み始めても全く問題ないように、綺麗にしていく。
そうやって掃除が終わったなら、トラックに乗り込み、クレオとアリスを荷台に乗せて……途中、予約しておいたレストランに寄って、牛肉のステーキを中心としたテイクアウトメニューを受け取り……我らが新居、ご立派過ぎる程にご立派なお屋敷へと向かう。
荷解きやら片付けやらを済ませたかったが、もう夕方……風呂と寝床の準備で精一杯だろう。
だから今日はここまでにして……何はともあれ、お祝いだと庭にリビング用のテーブルと椅子を並べた俺達は……夕日の下、風を感じながらのお祝いディナーと洒落込む。
今日だけは許してくれよと、良いワインを開けて、プロが作った牛肉のステーキを堪能して……これから住むことになる屋敷を、じっくりと眺める。
そうやってなんとも感慨深いディナータイムを送っていると、そこにグレアスが家族を引き連れてのっしのっしと大股でやってくる。
「うお!? ステーキかよ!
良いもん食ってんなーー!!」
「……お祝いだからな、良いもんを食うのは当たり前だろ?
というかこんな時間に、家族まで連れて一体全体何しにきたんだ?」
フォークとナイフをそっと置きながら俺がそう言うと、グレアスはお前は一体何を言っているんだと、そんな表情を浮かべながら大きな声を返してくる。
「何ってお前! これからはご近所さんだからな! 挨拶に来たんだろうが!!
……あん? もしかしてお前、気付いてなかったのか? これまで何度か俺様んちに来たことあったよなぁ? だってのに気付いてなかったのか?
それともあれか? 庭が広くて道幅が広くて、途中に街路樹なんか植えてあるもんだから『ご近所』だとは思わなかったか?
言っておくがこの屋敷と俺様の家は近所も近所……3軒隣のご近所さんなんだからな! これからはそういう意味でもよろしく頼むぜ!!」
そう言ってガハハと笑うグレアス。
その笑い声を受けて俺は……愕然とし、肩をがっくりと落とし、なんとも言えない絶望感で、希望でいっぱいだったはずの心の中を、黒く染め上げるのだった。
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