第55話 すれ違い


 翌日。


 ケスタ島のバレットジャックパーティはまだまだ、今日になっても続けられている。

 と、言うか水揚げから一日経っての、ソースの漬け込みが完了した今日こそがパーティの本番と言えるだろう。


 そう言う訳で俺達は、目を覚まし支度を整えるなり港へ向かい、今日も今日とてバレットジャック尽くしと洒落込む。


 昨日一日食べて食べて食べまくって、いい加減飽きても良いようなものだが……そこら辺は料理する側も分かっていることで、やれ野菜をどっさりと用意するとか、料理法を変えてくるとかで、俺達が楽しめるようにと工夫を凝らしてくれる。


 一日ソースに漬け込んだことで、格別の美味さとなったバレットジャックをステーキのように焼いて、そこから出たソースに絡めた野菜を焼いて、皿に盛り付けて……。


 ステーキだけなら飽きてしまったかもしれないが、農場で採れたばかりの野菜をそんな風に焼かれたら、ただただ美味いとしか言いようがなく、そこにバレットジャックのステーキがどかんとその味を叩きつけてきて……全くたまらないったらないなぁ。


 そうやって俺が心の底から「美味い!」との声を上げてしまう中、アリスもクレオもソース漬けのバレットジャックを心から楽しんでいて……アンドレアとジーノは相変わらずワインやビールを楽しんでいて……ん? ワインやビール??


「お、おい! アンドレア! ジーノ!

 今日これから飛行艇に乗ってナターレ島に帰るってのに、アルコールを入れちまってどうする気なんだよ!

 まさか酔っ払ったまま操縦する気じゃないだろうな!」


 と、俺が酒飲み達が集う席へと声をかけると、アンドレアとジーノはぴくりと反応し、手に持っていたグラスをテーブルの上に置きかける……が、結局その魔力に負けたのか、ぐいとグラスを傾け、その中身を腹の底へと流し込む。


「あーあ……どうするんだろうね? あの二人。

 チームとしては酔っぱらい操縦は見過ごせないしねぇ」


 そんな二人を見てアリスがそう言葉を漏らし……俺はため息を吐きながら声を上げる。


「……まぁ、あの二人も子供じゃないんだ。自分達でなんとかするだろうよ。

 酔いを覚ますために一泊して明日帰るのか、誰かの船に牽引してもらうのかは知らないが……二人に構わず俺達は俺達でもう少ししたら引き揚げるとしよう」


 小切手をさっさと換金し、人数分に分けておきたい気持ちもあるし、アリスの学校のこともある。

 仕事の時は仕方ないが、そうでない時は出来るだけ学校に行かせてやりたいからな、出来るだけ早くナターレ島に帰って日常に戻らねば。


「あー……でも、自分もどうするか悩みどころですねぇ。

 もうちょっと残ってバレットジャックを楽しみたい気持ちも……」


 ステーキにフォークを突き立て、ぐいと持ち上げながらそう言ってくるクレオに、俺はもう一度ため息を吐き出して、声を返す。


「いくら水揚げしたばかりで新鮮っていっても、そう何日も持つもんじゃないからな。

 今日一杯でバレットジャックパーティは終わりだ。後は加工品や燻製……保存食作りがメインになるだろうな。

 燻製は燻製で美味しいもんだが、燻製ならいつでもどこでも大体同じ味のものを食べられるからなぁ……わざわざケスタ島に残ってまで食べるもんじゃぁないぞ?

 もちろんそれでも残るって言うなら構わないが……その場合はクレオに、アンドレア達の面倒を―――」


「あーーーー!! なんか自分、急にナターレ島に帰りたくなったんで!

 今日中に帰るんで! ご一緒させていただきます!!」


 俺の言葉の途中でそう言ったクレオは、せめて腹いっぱい食ってやるぞとばかりにフォークに突き刺さったステーキを一口で食べ、飲み下し、皿を手に取ってがたりと立ち上がる。


 そうして次のステーキを食べようと駆けていくクレオを見た俺とアリスは、お互いの顔を見て苦笑し合いながら立ち上がり、クレオに続く。


 そうやって今日も腹いっぱいまでバレットジャックを食べたなら……依頼人に挨拶をし、握手をし、感謝の抱擁を食らってからの出立だ。


 整備工場に預けておいた飛行艇を受け取り、早速乗り込みエンジンを回し、ナターレ島の方向へと針路を取る。


 ……と、その時、俺達とクレオの飛行艇の真下を、えらく豪華な造りの客船が通り過ぎていく。


「観光客か? それにしてはこんな所まで来るなんて珍しいな……?」


『バレットジャックを食べに来たとかじゃないかな?

 まだまだお昼過ぎ、今からでも十分楽しめるだろうし……本土の人にはバレットジャックを食べるだけでも良い観光になるのかも』


「ああ、なるほど。

 それならまぁ、分からんでもないか……。

 ただ飯の為だけにこんな辺境まで来るなんて、本土の金持ちの考えることはよく分からんなぁ」


 そんなことを言いながら俺達は、そのまま真っ直ぐ……ナターレ島への帰路につくのだった。



 ――――客船、デッキ ????



「あ、あれ!?

 騎士様の飛行艇が帰っちゃう!?

 こ、ここで大きなお仕事だって聞いたからわざわざ客船を手配してまで遊びに来たのに!?

 も、もしかしてもうお仕事終わっちゃったの?

 嘘でしょ!? 逃げてきた連中からは厄介な仕事だって、十日はかかる仕事だって話を聞いたのにーー!!

 あーいーつーらー、この私に嘘情報を渡すだなんて! ただじゃぁおかないわよ!!」


 デッキの欄干に手をかけ、身をぐいと乗り出しながらそう叫ぶ主人の、腰をしっかりと掴まえて、船から落ちてしまわないようにと支えていたメイドは、その言葉を聞いて、面倒なことになりそうだと、ため息を吐き出すのだった。

 

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