第27話 家名


 大量の買い物をした翌日。

 俺とアリスは、


「今度はケトルを買おう、新しいケトル。

 朝から美味しいコーヒーが飲みたいんだよ」


「だーめ、昨日買った物を一通り開封して洗って使って、ちゃんと棚に収めてから新しい物を買うかどうか決めるの。

 買ったものを使わないうちに次を買うなんて、絶対ロクなことにならないから」


 なんて会話をしながら警察署へと足を向けていた。


 警察署に向かっている理由は、朝方に通勤途中のグレアスが我が家へとやってきて、


『後で署に顔を出せ、二人一緒にな』


 と、言ってきたからで……グレアスからの呼び出しなら仕方ないと、アリスに学校を休んでもらった上で向かっているという訳だ。


 一体どんな用事で俺達を呼び出したのかという疑問はあったが……朝方のグレアスが笑顔だったことから、まぁ悪くない用事なのだろうと俺もアリスも、気楽な態度で、雑談に花を咲かせながら警察署へと入り……階段を上り、最上階にある署長室へと足を進める。


 そうして署長室のドアをノックすると「入れ」との返事があり……ドアをあけて中に入ると、来客用と思われるソファへ座れとグレアスが仕草で指示してくる。


 素直に従いソファに腰掛けると……グレアスがソファの前のテーブルの上に二枚の書類をすっと並べて……その脇に俺とアリスの分と思われるペンを置く。


「サインは出来るだけ丁寧にな、提出は俺の方でやっておくから」


 ペンを置くなり笑顔でそう言うグレアス。

 俺はそんなグレアスを見て、ペンを見て、書類を見て……一体何の書類なのかと首を傾げながら手に取り、そこに書かれた文字を読む。


 ……が、文字自体は読めるものの文章の意味が今ひとつはっきりせず、一体この小難しい文章は何を言わんとしているのかが理解できずに、傾げた首を更に傾げる。


「……グレアス、これは?」


 と、俺がそう尋ねると、ため息を吐き出したグレアスが言葉を返してくる。


「これはも何も、お前達の戸籍を作るための提出書類だよ。

 今までお前もアリスも戸籍を持ってなかった訳だが……流石にカバリエの勲章を貰ったとなると無戸籍のままでは問題があるんでな、政府の方から提出しろってお達しがあったんだよ。

 名前と家名と年齢と、誕生日はまぁ分からないだろうから適当に決めて書けば良い。

 性別と種族も書いて……ああ、家名はお前達が決めて良いってことになっているが、適当な家名にはするなよ。

 何しろお前らはカバリエ勲章持ち……もう一回何か大きいことをやってもう一つ勲章を貰ったりしたら爵位を貰えてお貴族様になる訳だからな、そうなった際に変な家名にしていると恥をかくことになるぞ。

 まぁ、この時分に貴族も何も無いだろうが……全く無意味なことでもない、しっかり考えて書けよ」


 そんなグレアスの言葉に俺が唖然とする中、隣に座ったアリスは鼻歌まじりの軽い態度でスイスイと、書類に記入していく。


 その様子を見て更に唖然とした俺は、震える手でペンを取りながらグレアスに問いかける。


「か、家名ってどんなのにしたら良いんだ?

 それと貴族って……貴族ってなんだ? 一体何なんだ?」


 貴族という単語は知っている、知っているがそれがどんな存在であるかというと、なんだか凄く偉い人という認識しかない。

 それがどういう存在なのか、どんなことをする存在なのかを知らず、俺は声を震わせる。


「貴族って何って言われると……まぁ、昔の身分制度の上位存在ってとこだな。

 魔物共との戦いで活躍して、王様に認められるとなれた身分ってのが分かりやすいか?

 領地を貰って経営しながら金を稼ぎ、人を増やし、その金と人……兵力でもって王様の対魔物戦を手伝う臣下。

 とはいえ魔王との戦いが終わった段階で、そこらの権力やら何やらは一切廃止されて、今はただ名前が残るだけの存在となっているな。

 それでもまぁ貴族になれば名誉なことだし、それ相応の尊敬の目で見られることになる。

 貴族になった上で王都に行けば、色々な恩恵が受けられるって話も聞くが……そこら辺は俺も詳しくは知らん。

 貴族って訳でもないし、王都に行ったことも数度しかないからな」


 そう言ってグレアスは顎をくいとしゃくり「おしゃべりはここまでだ、さっさと書け」とそう伝えてくる。


 それを受けて俺は年齢と性別と種族辺りの書けるとこから書いていって……誕生日は適当に、大体このくらいだろうという年と、皆が俺を島の一員として認めたくれた月日を書いて……そうしてから「うぅん」と唸る。


 家名……家名。

 適当には決めてはいけない、なんだか重要らしい名前。


 一体どんな名前にしたら良いのか、どんな単語にしたら良いのかと頭を悩ませる。


 悩みに悩んで……悩んでも答えが全く出てこず、そうやって俺が悩んでいるうちにアリスは年齢も生年も適当に決めて、誕生日は俺と出会った日ということにして、そして家名もあっさりと決めて、綺麗な字で書き込んでいく。


 アリス・バジリオ


 な、なんだか格好良い家名じゃないか。

 似合っているし、らしいし、文句もつけようがない……ように思える。


 アリスがすっぱりと家名を決めたことで俺は更に悩み、早く決めなければと焦り……うんうんと唸りながら視線をさまよわせて……なんとなしに窓の向こう、真っ青な空へと視線をやる。


 するとそこには獲物を探しているのか、鷹の姿があり……それを見た俺は、もうそれで良いやと、これ以上考えるのは止めだとペンを走らせる。


 ラゴス・ファルコ


 悩みに悩んだ挙げ句に出来上がったそれは、果たして良いのか悪いのか、俺には全く判断がつかなかったが……これ以上悩んでも仕方ない。


 そうして俺とアリスはそれぞれの書類を手に持って立ち上がり、テーブルの向こうに腕を組みながら立っていたグレアスへと差し出すのだった。

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