第26話 買い物をして


「それで買ったのが新しいフライパンと鍋と、湯切り皿とトングと、カトラリー?

 あれこれ悩んだ割には、結局生活雑貨になっちゃってない?」


 夕方過ぎ、キッチンにてエプロン姿で新しいフライパンの油ならしをしている俺に、適当な椅子に腰掛けたアリスがそんな言葉を投げかけてくる。


 学校から帰ってきたアリスから、どうしてこんなにも多くの買い物をしたのかと聞かれて今日あったことを話していたのだが……どうやらそれだけでは納得して貰えなかったようだ。


「ジーノが必要な家具やらで60万を使い切ったって話を聞いてな……俺達もそれで良いかなって思ったんだよ。

 新しい生活雑貨や家具を買って、今の生活を一段上のものにしていく……それって改めて考えてみると大きな買い物をするよりも、よっぽどの贅沢なんじゃないかってな。

 金と心に余裕がなきゃ出来ないことだし……その上毎日の生活の質が良くなって、美味いもんを食えるようになるってんだから最高だろう?

 そうやって色々な物を買っていって、色々な物を増やしていって……そうしているうちに今の家が手狭に思えるようになって、新しい家が欲しくなって、家を買おうって気になっていくかもしれない。

 すると家を買う為に更に金を稼ごうとなって……仕事へのやる気が満ちてくる。

 今までは生きるだけで精一杯で、そんなこと考えもしなかったからな……それがいつまでも見習いから脱却出来ないって状況に繋がっていたのかもなって、そう思ったんだよ」


「ふーん……?

 なんだか分かるような分からないような、変な話だね。

 でもまぁ、まずは足元を固めていって、それから大きくなっていこうっていうのは分からないでもないし……毎日毎食美味しいご飯が食べられるなら、私も賛成かな。

 で、で、で? 今日のご飯は何なの? 買ったものから想像するとパスタ?」


「今日はスープパスタにしようかと思ってな、食材も既に買ってあるぞ。

 フライパンの仕上げが終わってからになるが……期待しておいてくれ」


 と、俺がそう言うと、アリスは眉をひそめて、不安そうな表情を作り出す。


「えー? スープパスタなんて小難しい料理、ラゴスに作れるの? 普通のパスタでも失敗することがあるのに?」


「ふっ……俺を今までの俺と思うなよ。

 最近はアリスがいない間に家事の練習をしているし……更に今日は本屋によってレシピ本を買ってきた上に、既に熟読済みだ。

 食材の下拵えもきっちり済ませてあるし……絶対に上手くいくぞ」


「どーかなー、失敗以外にもラゴスの料理って全体的に野菜が多すぎたりするからなぁ。

 ニンジンとかブロッコリーとか、ただ山盛りにされても飽きるだけなんだよ?」


「……そこはまぁ、仕方ない。

 何しろ俺はウサギなんだからな、どうしても野菜を食べたくなっちゃうんだよ。

 ま、今日はレシピ通りに作るつもりだから、変な仕上がりにはならないはずだ」


 との俺の言葉に、ぶーと唇を鳴らしながらため息を吐き出したアリスは……少しの間何かを考えてから椅子からすっと立ち上がり、鞄を持って部屋の方へと駆けていって……そうして、ヘアゴム片手に戻ってくる。


「しょーがないから手伝ってあげるよ。

 使い慣れてない道具ばかりじゃ絶対に失敗するんだろうし……あ、そこの奥に押し込んである踏み台とって、そうそう、私が料理するときに使うやつ」


 そう言ってアリスは、俺が引っ張り出した踏み台の上に立ち……俺に背を向けて、ヘアゴムをちょいと投げてくる。


 それをぱしりと受け取った俺は、アリスの長い髪をまとめてやって、ヘアゴムで縛ってやると……アリスはそうやって出来上がったポニーテールを揺らしながら手際よく料理の支度を整えていく。


 そうして俺とアリスは、二人で一緒にレシピ本を睨みながら……なんとかレシピ通りになるようにと奮闘しながら、レシピ本に描いてあった絵よりも、一段も二段も良い仕上がりのスープパスタを作り上げるのだった。




 翌日。

 

 休日だということもあって俺とアリスは、二人揃っての買い物にでかけていた。

 スープパスタを作り上げる中で俺達が痛感したのは、俺達が普段使っていた道具は、ゴミ寸前のろくでもない代物だった、ということだ。


 熱の通りが悪い上に、ネジが取れかかっているせいか取っ手が不安定で持ちにくく、使いづらい。

 欠けやサビのせいで使えない部分があったり、変な味が染み付いていたり。


 そうでは無い新品の、しっかりとした道具で料理をするとあれほど美味しいものを作れるだなんて……思ってもいなかった、予想だにしなかった。


 となると他の調理器具も新しくすれば、もっと良い料理が出来るはずで、もっと美味い飯が食えるはずで……更に俺達は調理器具以外の掃除やら洗濯やらに使う道具も一新しようと、そう考えていた。


 掃除も洗濯もボロボロの道具でやっていた。

 それが当たり前で、それを苦にしたことは一度も無かったのだが……こっちもきっと、調理器具のときのように色々なことが楽になるはずで、二人の生活がうんと良いものに変化するはずで……。


 

 そうして俺とアリスは、銀行で下ろした大金を握りしめながら足取り軽く……二人では持ちきれない程の、配送のトラックを手配して貰う程の、大量の買い物をしたのだった。

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