第24話 王都でのひととき


 王都への旅程の中で、教科書片手にアリスが話してくれたことによると、この国の王様は魔物との戦いの中で生まれた役職なんだそうだ。


 人が一つに纏まらなければ魔物と戦うことが出来ず、この世界で生きていくことが出来ず、人と獣人が集まって一つの集団、国を作った。


 その中で一番優秀な、魔物との戦いで一番活躍した英雄を国のリーダー『王』とした訳だ。


 そうやって人は、国という集団を守り、集団で力を合わせて魔物との戦いを続けてきた訳だが……火薬の登場で戦いの流れが一気に変わることになった。


 剣と魔法の時代から、銃の時代となり、銃の力によって魔王を倒して地上での戦いでの勝利を収めた際に当時の王様が……ある日突然、自分の役目は終わったと、そんなことを言い出してしまった。


『これから先は一人の人間の独断でなく、皆で話し合う場、議会を通じて国の在り方を決めるべきだ』


 それは全くの正論であり、何人かの大臣や何人かの国民が望んでいたことではあったのだが……しかしそれまで国を頼りにしてきた、王様の存在を心の支えとしてきた人達にとっては青天の霹靂、全くの予想外の言葉であり……結果、折角魔王を倒したというのに、国は大混乱に陥ってしまった。


 そしてそれを受けて王様と大臣達が考え出したのが、今の政治形態なんだそうだ。


 一番偉いのが王様で、その下に大統領がいて、国民の代表たる議会がある。

 ……が、王様が政治的な活動をして良いのは、ひどい災害が起きた時や魔物との戦時に限られ、普段は国民が選ぶ議員と、議員が選ぶ大統領が国政を行う。


 そういった平時の間、王様はいざというときの為に勉学に励み、鍛錬に励み、そうしながら伝統的儀式をこなしていくのだそうだ。


 王家には長い戦乱の中で蓄積された教育法というかなんというか、優秀な指導者を育成するためのノウハウがあって……それを絶やさすこと無く継承し、時代に合わせて研鑽していくことにより、常に優秀な指導者が国全体を見守ってくれているという、安心感を国民に与える……とか、なんとか。


 そんな方針での王家の運営は実際にうまくいっていて……平時であっても王様が、王家の人達が、その優秀さにより様々な成果……新発明や、様々な分野での研究成果を残すことにより、魔王との戦いから数百年経った今でも、王様達は多くの国民達からの尊敬と信頼を集めているんだそうだ。


 王宮の維持費とか、王様達の生活費とか……挙句の果てに伝統行事の開催費用までが、その成果に寄って得た収入……特許収入などで賄われていると言うのだから本当に驚きだ。


 更には余分な収入から多額の寄付や、美術館、病院、研究所の設立までしているんだそうで……そりゃぁ尊敬しないとおかしいってもんだよなぁ。


 ……そして俺は……俺とアリスと、アンドレアとジーノは、そんな王様と、王様の家である王宮で出会う訳で……王様が稼いだお金で作った勲章を貰うことになっている訳で……ああ、まったく、そんな凄い人に会うとか、気が重いと言うか胃が痛いというか、本当に気が進まない。


 とはいえ勲章を貰うって条件の仕事を受けた以上は今更断れるはずもなく……そうして俺は仕方なく本土へと初上陸し、本土の中心地、王都の空港へと降り立ったのだった。



 

 正直言ってそれからのことはあまり覚えていない。

 無数のフラッシュに囲まれ、一生分の写真を取られ、記者達からあれこれと質問され、アリスごともみくちゃにされて……最新の内燃機関と、古風な蒸気機関で栄える最先端都市、無数の鉄の塔と無数の煙突が並ぶ王都の観光も満足にできやしなかった。


 まー……想像以上に空気が悪くて観光も何もなかった気もするが、とにかく俺達はそんな風に、全く気の休まらない数日を過ごすことになった。


 何日かを王宮側の迎賓館とやらで過ごすことになり……そうして勲章を貰う日になり、王宮の職員さん達が用意してくれた服に袖を通し、職員さん達にアリスの髪のセットや、俺の毛並みの手入れなんかをしてもらって……そして王宮で、あの遺跡のような雰囲気を持つ、遺跡のようには風化していない豪華絢爛な、白石造りの王宮で、俺達は王様と出会ったのだ。


 金と無数の宝石で作った王冠。

 手にはこれまた宝石だらけの杖。

 力強く瞳を輝かせていて、凛々しい顔をしていて、整えられた金の髭を生やした40歳くらいのおっさん。


 なんだか古風な服を着て、真っ赤なマントを着ているそのおっさんは……その雰囲気からして一般人とは全くの別物で、凄く礼儀正しくて綺麗な言葉遣いや綺麗な動作で俺達を驚かせてくれた、職員さん達すらも凌駕するような存在で……その姿を初めて目にした俺は、事前の打ち合わせの全てを忘れ去って、ただ呆然とすることしか出来なかった。


 『余が~』どうのこうのとか『汝が~』どうのこうのとか、聞いたこともない、複雑な言葉でしゃべるおっさんは、その声の抑揚や目の動きにすら意味があるような気がして……とにかくその全てが凄いとしかいえない存在だった。


 これが本物の英雄、生まれながらにして全てを持っている特別な存在。


 ……なるほど、魔王を倒した当時の国民達が混乱する訳だ。

 この人を頼って生きてきたのに、突然この人がいなくなったりしたら、俺でもパニックになったかもしれないと、俺はそんなことを思った。


 そうしてふと気付いたらおっさんが俺の胸元に勲章をつけてくれて……肩を叩きながら馬鹿みたいに褒めてくれて。


 そのことに喜んで鼻息を荒くしているうちに、王宮でのひとときは終わりを告げてしまった。

 

 それからまた数日かけて島に戻ってきて……島の皆に新聞を見たぞとかラジオを聞いたぞとかいってもみくちゃにされて、また祝勝会を開くことになって……それでもまだ俺は夢うつつというか……あの日あの場所での、俺が生きる世界とはまったく別世界の出来事を、忘れられないと言うかなんというか……。


 まさに心ここにあらず、しばらくの間、ぼーっとした日々を過ごすことになるのだった。




 ――――王宮



「いやぁ、アイツおんもしろかったなぁ。

 ほれ、あのウサギ面の、俺が褒めたら鼻をウサギみたいにひくつかせてた奴!

 大統領や議員連中もあれだけ素直だと俺も楽が出来るんだがなぁ……全く、どいつもこいつも曲者ばかりでなぁ。

 ……ああ、そうだ、アイツの話で思い出したんだが、ああいった獣人が今後も生まれることを踏まえて、法整備と研究施設の拡充を急ぐように議員共に伝えろ。

 あの姿特有の病気が発症したりするかもしれねぇし、あの姿それ自体が病気なのかもしれねぇ。

 いきなり湧いて出た最新技術の研究に躍起になるの良いが、足元の、国民の健康と安寧の日々こそが大事なんだと、しっかり伝えておけ。

 ああ? 王権による議員権の侵害? お前らがまともに仕事しねぇから俺が小言をいうはめになるんだろうがと、ゴタゴタ言うと決闘挑むぞこのボケがと、そう言ってやれ!!」


 何処ぞのウサギから本物の英雄と評されていることなど知るわけも無い当人は、職員達に向けてそんなことを言いながら、執務室に隠しておいた上等なワインの瓶に口をつけ、その中身を一気に飲み干すのだった。

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