第23話 すべきことをすませて
俺が王宮で王様に会うことになったという突然の情報に、唖然とし、愕然とした俺は……自分の頬をバシンと叩き、それでどうにか思考を切り替えてから……ふわふわと夢心地のような気分のまま、とりあえず今やるべきことをやろうと動き始めた。
グレアスに別れを告げて、あの二人を連れて銀行にいっての口座の確認をし、入金を確認したら小切手を用意しての各種支払いだ。
整備工場と回収船への支払いを済ませ……それから手元にいくら入るかの計算をしてから、一緒に王都に行くことになってしまった二人への支払いを済ませる。
一人60万リブラ。
多少の色を付けての支払いは二人にとって全くの予想外だったようで、二人は驚き、声を荒げながら小切手を受け取ってくれた。
細身のアンドレアと、がっしりとしたジーノへの支払いを済ませた俺は二人に別れを言って……銀行の隅で小切手を天に掲げながら歓喜の声を上げ続ける二人を放置して、道中色々な店を巡りながらグレアスの家へと足を向けた。
昨日のリゾットの件だけではなく、色々と世話になってきたお礼としてグレアス好みの酒と、奥さん好みの果物と、子供達用の菓子をいっぱいに抱えていって……遠慮する奥さんに半ば強引にそれらを渡す。
金を受け取ってくれるような人ではないことは分かっていたので、出来るだけ値の張る、この島で手に入る最高ランクの品々を揃えた訳なのだが……それが逆に奥さんの遠慮を引き出してしまったようだった。
……が、それでも何度も何度も、礼を言いながら押し付けることで、奥さんは苦笑しながらもどうにかそれらを受け取ってくれた。
そうやってやるべきことを済ませた俺は……改めて自分の家へと戻り、何がなんだか分からないまま、混乱する頭をそのままにしたまま、旅の支度を整え始めた。
俺が……俺なんかが王宮に行く。
それはとんでもない話だと言えて……全く訳のわからない、雷に打たれたような衝撃が今も俺の全身を駆け巡っていて、俺は全身の毛を逆立たせながら、ふわふわと、まるで夢遊病にでもかかったかのように、意識を何処かに置いたまま動き続けた。
そうやって旅の準備を整えて整えて……日が暮れた頃、手提げかばんを片手に学校から帰って来たアリスがそんな俺に向けて大声を上げてくる。
「ちょっとラゴス!?
一体何してるのよ!? 家中のものをひっくり返して、家中のものを鞄や袋に詰め込んで……何なの、私達引っ越すの? 何処かに引っ越すつもりなの!?」
その声に俺は……意識をふわふわとさせたまま返事をする。
「あ、ああ、王都に……王宮に行くんだよ、俺達」
「王宮にお引越し!? 何馬鹿なこと言ってるのよ!?
……ちゃんと、何があったのか一から全部説明して!!」
アリスにそう言われて俺は、今日あった出来事の全てを話していく。
グレアスが電報を持って来たことに始まり、旅の準備を始めたことまで。
その長話を辛抱強く聞いていたアリスは……俺のことを半目で見やりながら、呆れ交じりの声をかけてくる。
「……そんな状態で大金の支払いをしちゃったのはアレだったけど、領収書を見る限り、どれも無駄遣いではなかったようだから、そこは良かった……。
グレアスさんにお礼をしたことも良かったし、あの二人にしっかりと支払いをしたのも悪くなかったと思う。
でもね、でもねラゴス! これは無いわ、家中の物をもって王都にいける訳ないじゃないの!
飛行艇に乗せられる訳無いし、そもそも必要になるもんでも無いし!
私達にはお金っていう、便利なものがあるんだから、お金を持っていって向こうで買い物をしたら良いのよ!
王宮での正装とか、そんなものはこの島じゃ手に入らないんだし、手ぶらでいって何もかも向こうで買えば良いの!
紙幣だけなら鞄一つで十分……! 今日ひっくり返した物は全部、綺麗にもとに戻しなさい!!」
そう言ってアリスは、呆然とし続ける俺の口元にある髭を掴み、ぐいと引っ張る。
その鋭い痛みとアリスの言葉がようやく俺を正気に戻してくれて……そうして俺は改めて、正気の目でもって家の中の惨状を確認する。
その光景を見て俺は、なんだってこんな惨状を作り出してしまったのかと自分で自分に愕然としながら……アリスの厳しい目に睨まれながら、その惨状の片付けに着手するのだった。
――――数日後、???
「見て見て、この新聞。
私のウサギ騎士様が、ドラゴンを倒したんだって。
それでね、勲章を貰えることになって、陛下に会うんだってー。
あの素敵なくりくりした目と、ひくひく動く鼻と、ゆらゆら揺れる長い耳を見たら、陛下はなんて言うのか……とっても楽しみね」
「あの、お嬢様。こちらの少女の件は良いんですか?
どうやら件のウサギ騎士様と一緒に暮らしているようですが……」
「あら、素敵じゃない。騎士様にはお姫様が必要だし、良いことじゃないの」
「……あれ? お嬢様ってウサギ騎士様と恋仲になりたかったんじゃぁ……?」
「違う違う、そういうのじゃないの。
私とウサギ騎士様はそういう関係じゃなくて……言うなれば私は騎士様を王道へと導く魔法使いになりたいの。
騎士様にはこれからももっともっと活躍して貰って、英雄になって貰って……そうして騎士様の名に相応しい方になってもらいたいの。
あの時の私を助けてくれたように、皆を……困っている人皆を助ける、素敵な騎士様にね」
そんなことを言う主の顔を、メイドは不思議そうな顔で見やるが、この主人がこういったことを言い出すのは今回に始まったことではないと、メイドは何も言い返さないまま、主の語る長話へと……主の大好物である夢物語へと静かに耳を貸すのだった。
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