第22話 報酬


 それから十分に身体を休めた俺は、無茶をさせてしまった飛行艇に問題が無いかの確認をし、またワイバーンと遭遇するなんてことが起きても問題無いように回収船に預けてあった弾丸を装填し……そうしてガルグイユが台船へと回収されるのをしっかりと確認してから、アリスと共に帰路についた。


 後のことは回収船と護衛達と、国の見届人に任せておけば良いとのことなので、飛行艇を真っ直ぐに島へと飛ばし……何度か休憩を繰り返しながら島へと戻り、夕方過ぎに近海に着水、そのまま整備工場の中へと飛行艇を進める。


 出迎えてくれた親方と工場員達に帰還の挨拶と、上手くいったとの報告を済ませると、皆は自らのことのように喜んでくれて、一気に湧き上がってくれて……二度目の祝勝会だとそう言ってくれたのだが、俺もアリスも長時間のフライトとガルグイユの戦闘のせいで体力空っぽのクタクタで、今日の所は休みを取るのを優先させてもらうことになった。


 祝勝会はまた後日、休日に何処かの店を貸し切ってやろうということになり……整備工場のトラックに送って貰って、自宅へと向かう。


 普段ならなんでもない家までの坂道も、今日の疲労状態では中々の難敵で……トラックを出して貰えて本当に良かったとアリスと一緒になって荷台でだらけていると、グレアスの愛車が、ボロボロのファミリーワゴンがトラックの横に並走してきて……俺は車の中のグレアスに大声で、


「勝ったぞ!」


 とだけ伝える。


 するとグレアスはにんまりとした笑顔になりながら親指をぐっと立ててきて、そのまま何処かへと走り去っていっていく。


 報告を受けたらそれで良しということなのかと、走り去る車を見送り……そうして家に到着した俺達は、今はとにかく眠りたいと、順番に風呂にはいり、パジャマに着替えてと、寝るための準備を整える。


 そうやって後少しで眠れるというところまで俺達が準備を進めていると、グレアスから話を聞いたらしい奥さんが、三編みにした茶髪を揺らしながら家の中へと無断で入り込んできて、手にしていた鍋をリビングのテーブルにどかんと置き、声を上げる。


「疲れているのだろうけど、ちゃんと食べておきなさい」


 そう言って奥さんは鍋の蓋に手をやって、ゆっくりと蓋をあける。


 するとそこから優しい香りが漂ってきて……ぐうううと腹を鳴らした俺とアリスは、パジャマのまま食器を引っ掴み、テーブルについて鍋の中身をそれぞれの食器に盛り付ける。


 奥さんがわざわざ作ってくれたらしいそれは、上等のオリーブオイルとパルミジャーノチーズたっぷりのリゾットだった。


 俺達が疲れているのを見越して、栄養がある消化の良い料理にしてくれたのだろう。


 俺とアリスは奥さんに礼を言いながらリゾットにがっつき……その様子を見て奥さんは、テーブルの上に水差しとコップを置きながら「大丈夫そうね」とのため息交じりの一言を残して自宅へと帰っていく。


 奥さんの背中を見送りながら、また今度礼を言っておかないといけないなと、そんなことを考えながら俺達はリゾットを平らげて……そうしてそのまま、食器の片付けもしないまま、ベッドルームに向かい、ぐったりとベッドへと倒れ込むのだった。




 そして翌日は何事もなく、いつも通りの……少し疲れの残った日常として過ぎていき、翌々日。


 学校へ行くアリスを見送り、家事を済ませた後のちょっとした午後の時間に、紙束を持ったグレアスがやってきた。


 玄関で出迎え、適当に挨拶を済ませ、そう言えば奥さんにまだ礼を言っていなかったなと、それとフレアガンの話もしておかないとなと、俺が話を切り出そうとすると、グレアスがそんなことよりもと、ぐいと手にした紙束を押し付けてくる。


「国からの電報だ。

 今回の仕事の支払いのことが書いてあるから確認しろ」


 押し付けてきながらそんなことを言ってくるグレアスに、俺は首を傾げながら声を返す。


「……もう来たのか?

 随分と早いな? あの図体を売ろうと思ったら一ヶ月二ヶ月はかかると思っていたが……」


「お前が仕事を受けた時点で、ある程度売り先に検討をつけていたのかもな。

 それか政府が買い上げたか、国営研究所が買い上げたか……ま、支払い主が国なおかげで銀行への振り込みも手早く済んでいるようだからな、これの確認をしたら口座の方も確認しておくと良い」


 そんなグレアスの言葉に「なるほど」と返した俺は……随分とまぁ長ったらしい内容の電報を懸命に読んでいく。


 仕方のないこととは言え、電報ってやつはどうしてこんなにも読みにくいのか……と、そんなことを思いながら読んでいって……どうでも良い挨拶を読み飛ばし、支払いに関しての部分をしっかりと、丁寧に読んでいく。


 まず成功報酬が300万リブラ。

 そして素材売上の2割として250万リブラ。

 弾薬、燃料、整備代及び、回収船と件の護衛達、助けに入ってくれた連中に支払う用の金として追加報酬が200万リブラ。


 更に今回の報酬に関しては免税されるとのことで……至れり尽くせりどころではない、とんでもない内容の電報がその紙束に書かれていた。


「……これは何かの冗談か? グレアスが俺をからかおうと作った偽物か?

 俺は300万と少しを貰えて、支払いだの何だのを済ませて200万が手元に残れば良いと思ってたんだがな……?」


 紙束を睨みながら……冷や汗を全身から吹き出させながら俺がそう言うと、グレアスは重く響かせた声で言葉を返してくる。


「……んなことする訳ねぇだろうが。

 国からの連絡を偽造したなんて知れたら、仕事を失うのは勿論、数年の刑務所暮らしが約束されちまうわ。

 その電報は国からのマジもんで……さっきもいったが口座への入金は既に済んでいるそうだ。

 まったく……たったの数日でとんでもねぇ金額を稼ぎやがって、おかげで島の経済は潤うだろうから文句はねぇんだが……毎日毎日真面目にきつい仕事をしているこっちの身にもなれってんだ」


 更に重く、力を込めてのグレアスの声に、俺が慌てて顔を上げると、グレアスはにっこりと……嘘の作り笑顔ではない、心から喜んでいるだろう笑顔をこちらに向けてくれる。


 わざとらしい重い声で皮肉を言いはしたが、俺とアリスが真っ当に大金を稼いだことを本当に心から喜んでくれているのだろう。

 その笑顔は本当に心底から嬉しそうで……俺はその笑顔に礼を言おうとする―――が、グレアスはそれよりも先に、紙束を指差しながら言葉を続けてくる。


「偽造は出来ないマジもんだからこそ、しっかりと最後まで読んでおけよ。

 最初の挨拶は、まぁ読み飛ばしても構わねぇが、最後のそれは……もう一つの報酬の方は確認しておかないと困るのはお前だからな」


「もう一つ……?」


 そんなものあったか? と、俺は大金を貰えると聞いてクラクラとする頭を立て直しながら、電報を読み進めていく。


 するとそこにはもう一つの報酬である勲章を……カバリエの勲章を王宮にて授与するとの文字が書かれていて……本土の、国の中枢の、一部の人間しか立ち入れない『王宮』との文字を、俺は二度、三度と確認して、目を擦ってから更に四度、五度と確認してから……紙束をグレアスに押し付け、グレアスにも確認させる。


「間違いじゃぁないぞ。

 俺もまさかとは思ったがなぁ……マジのマジでお前は王宮に行くことになる。

 日取りは一週間後……本土までは飛行艇でも二日はかかるからな、念の為に明日か明後日には出立したほうが良いだろう。

 勿論アリスも同行させるんだぞ、それと―――」


 と、そんなグレアスの言葉の途中で、何処からともなくドタバタと激しい足音が響いてくる。

 それと同時に大きな声も響いてきて……一体何事だとそれらの音をする方へと顔を向けると、あの時俺達を助けてくれた護衛の二人が、紙束を手にしながらこちらへと駆けてくる。


「あ、あ、アニキぃぃぃ!?

 なんか電報が届いたんすけど、なんすかこれ、なんすかこれ、オレ達も勲章を貰えるって一体何の話なんすか!?」


「お、王都になんていけねぇぞぉぉぉ!?

 一体どんな服を着ていけばいいってんだよぉぉぉ!?」


 そんな二人の声を耳にして、唖然としている俺に容赦の無いグレアスが言葉を続けてくる。


「ドラゴン殺しの三人衆……いや、アリスを含めれば四人衆か。

 お前らは全員王宮で『陛下から直接』勲章を授与されることになる。

 ……良いか、ラゴス、陛下の前で無礼をかましたら、物理的に首が飛ぶからな、本気で……ドラゴンと戦った時以上に本気でことに当たれよ」


 その言葉に俺は、失神してしまいそうな程に驚き、失神してしまいそうな程に呼吸を荒くし……何も言えずにただただ唖然とするのだった。

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