第19話 VSガルグイユ その2


 頭上を取られた俺は、慌ててエンジンを回し加速し、その場から逃げようとする。


 ……が、流石は四足のドラゴン、ワイバーンと違ってこちらの隙を逃すことなく動き、俺達の背後へとぴったりと張り付く。


 飛行艇は前方にしか攻撃できない。

 背後も頭上も、前方以外の全てが一方的に攻撃を食らうことになる致命的な弱点だ。


 油断していた訳ではないが、まさかあんな一瞬でその弱点を取られてしまうとはと驚きながら、俺はどんどんと速度を上げていってガルグイユを振り切ろうとする。


 だがガルグイユは予想以上の速度で猛追してきて、中々振り切ることが出来ない。


『ラゴス! 炎が来るよ!』


 後ろを振り向いて敵の様子を見てくれていたらしいアリスから、そんな声が上がり、俺は慌てて操縦桿を操作し、飛行艇をロールさせ回避行動を取る。


 直後凄まじい熱量の炎弾が飛行艇を掠めていって……あんなものを食らったらおしまいだと冷や汗を一気に吹き出させた俺は更に更にと速度を上げる。


 プロペラが激しく回り、飛行艇が軋み、風が防窓にバシバシと風が当たってきて、機体全体がガタガタと揺れて。


 そんな風に限界近くまで速度を上げても、それでもガルグイユは肉迫してきて、恐ろしいまでの圧力が背後にべったりと張り付いてきて……全く、僅かも距離を取ることが出来ない。


 この飛行艇があってもこれかと思うと同時に、この飛行艇でなかったらあっさりと追いつかれて、あっさりと餌食になっていたのだろうなと身震いする。


 それから俺は直線に飛び、アリスの声がある度に、敵の攻撃が放たれる度に回避をし、バレルロールといった自分が知っている限りの小技を駆使してなんとかガルグイユから距離を取ろうとするが、ガルグイユは石の身体とは思えない速度で、旋回能力で肉迫し続けて……そうして俺の体力と精神力がどんどんと失われていく。


 相手の攻撃を伝えてくれるアリスの声にも疲れが見え隠れしていて……それもそのはず、迫り来るドラゴンの顔を、その攻撃を常に見続けなければいけないというのは一体どれ程の恐怖だろうか。


 炎弾についても、その目で迫りくる様を見ていればこそ、凄まじい恐怖を感じるに違いなく……俺はアリスの為にもなんとかしなければと気持ちを逸らせるが、これといって良い案が浮かばず……操縦桿を握る手に、操縦桿を折らんばかりの力を込めてしまう。


 このまま逃げ続けていても埒が明かないどころか、負けてしまうぞと、ドラゴンに殺されてしまうぞと、何度も何度も己に言い聞かせるが、だからといって一体どうしたら良いのか……。


 不幸中の幸いだったのはエンジンがマナエンジンだったことだろう。

 燃料を燃やすそれよりも頑丈で長持ちで、熱が籠もりすぎるということもなく、燃費に関してもピカイチだ。


 オーバーヒートの心配をする必要もなく、満タンまで充填してあるから、このまま一日中だって逃げ続けることが出来る。


 ……まぁ、その前にまず間違いなく俺やアリスがバテてしまって、半日も飛べるはずがないのだが、それでもエンジンの心配をしないで良いというのはこの切迫した、死が隣り合わせの状況の中での、僅かな……唯一の救いだと言えた。


 整備不良の心配をする必要もないし、弾詰まりの心配をする必要もない。


 つまりはまぁ、今この状況で不足しているのは、この状況を打破出来るような案を考え出すことの出来る頭と、それを可能とする腕前だけという訳だ。


 ああ、ちくしょう、俺がもっとマシな腕を持っていれば……と、そんなことを考えたその時だった、通信機からアリスの、これまでとは違う希望に弾んだ声が聞こえてくる。


『ラゴス! バテてる! ガルグイユがバテてるよ!』


 その声を聞いて俺は、ああ、それがあったかと、何故それに気付かなかったのだと舌打ちする。


 俺達は頑丈で長持ちするマナエンジン、あちらは生身の体。


 どちらが先に限界が来るなんて、分かりきったことじゃないか。

 その上相手は重苦しい石の身体……激しい運動をして体内にこもった熱を上手く排熱することも出来ない不便な身体をしてやがる。


 このまま逃げていれば……攻撃を食らうことなく逃げ続けていれば、俺達に限界が来るよりも早く、ガルグイユの野郎に限界が来るはずだと、俺は操縦桿を握る手に力を込めて、飛行艇を鋭く素早く飛ばそうと、それでいてミスをしないようにと操縦していく。


 だが、それで終わってくれるほど相手は……ドラゴンは甘い相手ではなかった。


『ら、ラゴス、が、ガルグイユが、ガルグイユが凄い大きな炎を作ろうとしてる!?

 い、今までの避け方じゃだめ、大きく避けないと、大きく大げさに逃げないと当たっちゃう!?』


 悲鳴に近いそんなアリスの声を聞いて、俺はチィッと舌打ちをする。


 甘い相手ではなかった、簡単に行く相手ではなかった……さて、どう逃げたものかなと、操縦桿を強く握り、最悪の場合はアリスだけでも逃さなければと、そんなことを考えていると……猛烈な破裂音が、連続した破裂音が何処からか聞こえてきて、その直後、ガルグイユの雄叫びが響き聞こえてくる。


「ガァァァァァァァァ!?」


 今俺に後ろを見る余裕はない、前方を見てエンジンを回し続けて、事故らないようミスらないように飛行艇を操縦するのでいっぱいいっぱいだ。


 そんな状態の俺が、一体何事だと困惑していると、アリスの嬉しそうな声が、喜色に満ちた声がその答えを教えてくれる。


『味方だ! 援軍だよ! ラゴス!!

 さっき回収船の近くにいた飛行艇が助けにきてくれた!!』


 するとさっきの破裂音は機関銃の音で、それを食らったガルグイユが悲鳴を上げたという訳か。


「アリス!! 炎はどうなった!!」


『消えた! 悲鳴を上げたときに燃え上がって弾けて、ガルグイユの顔や身体に当たりながら消えちゃったよ!!』


「ガルグイユはどうしてる!?」


『こっちを追いかけるのをやめて、助けにきてくれた方に狙いをつけようとしてる!!』


 アリスとそんな会話をした俺はすぐさまに機首を上げる。


 援軍が来てくれたのはありがたい、危機一髪のところを助けに来てくれたのはありがたい……が、援軍は普通の飛行艇、複葉機のそこらにあるような飛行艇だ。

 

 ガルグイユと正面と渡り合ったら最後、すぐに落とされるようなそんな性能しか有していない。


 追い詰められて逃げるばかりの俺達を助けてくれた馬鹿野郎共をやらせてたまるかと俺は、機首を上げながら高度を上げ、そのまま一気に旋回し、それでようやく、ようやくガルグイユを正面に捉えることが出来て、緊張やら疲れやらで振るえる親指をトリガーにひっかける。


 そうして懸命に逃げ回る二機の飛行艇の方へと炎を吐き出そうとしているその横っ面に向けて、機関銃の弾をこれでもかとお見舞いしてやるのだった。

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