ホテルイマバリ(後編)
「ふしぎさん違うの……? 八尺様じゃないの?」
「ちがう」
「じゃあ、何のフレンズなんだ」
キタキツネは答えず、代わりにオレンジ色の上着をいきなり脱ぐと魔法のように消滅させた。続けて首に巻いていた大きいリボン?とネクタイも手こずりながら解いている。
「おんせん行きたい。どこ?」
「大浴場のことだよな? 一応この部屋にも風呂はあるけど」
「ここにもあるの?」
「あれ」
部屋の外の露天風呂を指差すとキタキツネはその戸を開け……3秒も経たずにまた戸を閉め帰ってきた。つまらない、とはっきり顔に書いてある。温泉住みならこんな小さい風呂は評価にも値しないらしい。
「……大浴場、行こうか」
「うん」
俺はカバンから着替えを引っ張り出して支度を終え、黄色い桶を抱え待っていたキタキツネと共に部屋を出た。
そういえば自分がものすごく磯臭い。それに髪の毛に泥が絡まりまくっている。海藻のカスも挟まってるかも。今日はまだ初日なのに本当に忙しい日だった。八尺様の件で忘れかけていたが、風呂に入りたくて仕方がなかった。
─────────
「ん~~~~~~……まじか!!」
腕を組んで唸る俺を見て、キタキツネが「どうしたの」と声をかけてきた。無理もない。随分鬼気迫る表情で脱衣所の入り口を睨んでいただろうから。
「これは……混浴……!?」
「こんよく?」
色々と確認した結果、これは混浴で間違いないということだった。年端も行かぬフレンズと……まあ個人差もあるけど高校生くらいの女の子と20ちょっとの男が一緒の風呂に入る。こんな経験をするのは犯罪者くらいであろう。
正直俺は問題ない……どころか進んで混浴したい!(大本音
しかしキタキツネに意思を問わなければならない。疑われたら終わり。冷静を装え。冷静になれ。慌てるな。自分なら出来る。
「キタキツネ……」
「早くいこ。一緒にはいろ」
終了!
────────────
一応確認は取ったよ。でも全く気にしている様子はなかった。こうなれば天国への一本道である。
さっさと磯臭い服を全部脱ぎ捨ててタオルを巻いていく。違和感がすごい。今回はしょうがないのだが、まるで風呂ロケする有名人の気分がする。
「キタキツネー?」
『なに?』
もうキタキツネは浴室に行っていたようだ。俺も急いで後に続くと、居た。
胸元から腰までの長いタオルをちゃんと巻いている。キツネ色のロングヘアと大きな尻尾が濡れていて随分と……その、アレだ。タオルも濡れて張り付いているのでここも、アレだ。タオルで隠れずにすらりと伸びている手足もすごくアレだ。
直視してはいけない。不自然にするのもいけない。
キタキツネを怖がらせないように大人として余計なことは考えないよう決めていたが、流石に混浴は刺激が強すぎた。
そんな事を考えながらシャワーの前で突っ立っていると、キタキツネに冷水をかけられた。
「ぶべらっっ!! っつめた!!」
「どこでも使えるよ? ……使い方わからないの?」
「使い方は、大丈夫だ。んじゃ隣でも良いか」
「うん」
「よし。ああ~~汚れが取れる~~」
お湯をかけるなり足元に流れ出す海藻と泥と砂。おかしいだろ。人から流れちゃダメなもんが流れてるよ。
少し流すと海水でギチギチの髪も少しはほぐれ、そのまま派手に泡を撒き散らしてシャンプーしていると横に不思議な気配がした。肌色の気配。
「タオル……取ろうとしてる……?」
「え? 体洗えないもん」
「ああ~~!! そうだな、タオルは魔除けだ! 魔除け! 人間のオスは心にお化けを飼ってるから、見られるとまずいんだよ!! 人間のオスにもしタオルの下を見られちゃうと……ゲームが……一生できなくなるかも……」
「げぇむ……! できなくなるの!?」
「ああ! だから俺は向こうを向いてるから、その間に洗おう。な? な?」
「ぺろの」
「え?」
「ぺろのタオルの下はどうなってるの? ていうか、ボクのよりタオルちっちゃいのはどうして?」
「人間のオスのタオルは封印なんだ。分かるな? ヤバい魔王を封印してるんだよ。虎というか、呪霊というか…危ないやつだ」
「ふういん……!」
俺は天才かもしれない。
しばらく後に合図があり、振り向くとタオルを巻いた姿のキタキツネが居たのでほっと胸をなでおろした。自分は全て終わっていたので尻尾の泡を流すのだけ手伝った。
────────────────────
「温かい……」
「そうだな……」
お湯に浸かり、キタキツネと向かい合って見つめ合っている。
「ふぁああああ……」
「キツネみたいな欠伸だな……キツネか……」
「ぺろは口あんまり開かないの? ……うわ、本当だ」
「ただの人間だからな。キタキツネみたいにやったら顎が外れちゃう。耳も二個しか無いしな」
キタキツネの大きな耳を触ろうと手を伸ばすと、しなやかに曲がって避けられた上耳の先で手を弾かれた。そして次の瞬間……耳が消滅した。
「ふふふ」
「……耳消えたぞ」
「尻尾も隠すんだよ。おんせん入るのにジャマだからね」
そういって立ち上がったキタキツネは、人間の女の子と遜色ない姿を見せつけてきた。一体どういうことかと聞いてみると、キツネにのみ伝わる秘術で自分を『ヒト』だと強く思い込むことで人間と同じ姿になれるらしい。
服も消せてヒトにもなれるか……
「俺もフレンズになりてぇよ」
「ギンギツネに毎日、毎日、いろいろ言われるんだよ? 肉まん盗むと飼育員怒るし、とっても大変なんだよ」
「ああ、まあ、キタキツネになるとは言ってないが色々あるんだな……まあでも、フレンズはずうっと強いし、可愛いし、性格良いからな」
「強い……? う~ん……」
「じゃあそうだな、身体計測とかするのか?」
「する。短距離走とか……後は岩を投げたりとか……」
「岩!? た、短距離のタイムはどんくらい?」
「四分くらい……」
四分!? 短距離走で四分!?
「100mか?」
「たぶん、違うよ。ええっとね……こ~んな大っきい公園?をね、ぐる~ってして、いっぱい走る。いっぱい走って、いっぱい曲がって、またいっぱい走ったら終わり」
「もしかして……白地に赤色で数字が書かれた棒があったりしないか?」
「あったかも……」
「両側には白くて低い柵みたいなのがずっとある?」
「多分そう……」
キタキツネの言う通りなら、おそらく身体計測は競馬場を模した施設でやっているはず。サラブレッドのフレンズが何人か居て、競馬のようなことをしていたはずなのでそれくらいあるはず。しかし競馬場となると…
「3000メートルか」
「……そう、そうだよ」
「人の姿で競走馬よりちょっと遅いくらい、か」
そんなこんなでしばらく話し終わった後睡魔と戦いながら二人で長風呂し、気づけば夕飯の時間が迫っていたので風呂から上がった。
─────────────────
「顔赤いけど、のぼせたか?」
「べつに……」
脱衣所で腰まであるロングヘアを乾かすのを手伝わされていたが、いたずらに笑ったキタキツネを見たら許すしかない。可愛いは正義。
そして髪の毛もすぐに乾き、ツヤツヤでピカピカのキタキツネが出来上がった。
「すっきり!」
「良かったな。俺はキタキツネに突き落とされて海藻も絡んでたから本当にスッキリしたよ……!」
「えへ。とっても楽しかったよ」
「そりゃ良かった。んじゃぁ、なんか飲んどくか?」
夕飯まですぐといってもまだ15分ほど時間がある。キタキツネは俺の問いに元気よく答えたので、涼みがてらホテルの外に連れ出すことにした。
売店でラムネが売っていたので二本購入し、外に出ると夜の冷えた空気で一気にほとぼりが冷めた。見上げると、満点の星空が広がっていた。
「すずしい!」
「ラムネの開け方分かるか?」
「知ってるよ。……よいしょ! あ……」
泡だらけになって半分ほどになったラムネを悲しそうに見つめていたので、自分のを渡すと赤ちゃんのように抱えて飲みだした。あまりにも面白すぎる。後かわいい。
「……なに」
「ん?」
「フレンズを笑うのは、よくない」
「いんや、まあ……星がきれいで微笑んじまった! な?」
「嘘ついてる。でも良いよ。……今日楽しかったから」
「こっちこそ。化かされたのだって……ここじゃなかったら体験できなかったしな」
「ボクあれやだ。帰ったらキュウビに言いつける」
「妖怪大戦争になりそうだな」
しばらく二人で星空を眺めた後、夕食のために宴会場に向かった。
──────────────
宴会場は予想通りの見た目だった。机の横に座布団が並び、家族でいった旅館や合宿を思い出させる。いい雰囲気だ。
既に他の参加者は集まっており、後は自分とけもけもだけらしい。八時という遅い時間のせいか、聞こえてくる話は食事の話ばかりだった。
てか八尺様……じゃない人がまだ居る。本当に彼女は何なんだろうか。
「どこ座る? 自由だってよ」
「入口の近く」
「だよな!」
汚れを落とした次は腹を満たす。満たされた生活である。
俺とキタキツネは我慢できなくなって夕食の内容を予想しあい、いつの間にか好きな食べ物の出し合いになった所でようやく配膳が始まった。
ご飯に味噌汁……他にも色々と運ばれてくる。キタキツネが我慢の限界といった様子で御膳を睨みつけている。
「ステイ、ステイ~~!!」
「お腹へった……」
「ステイ! キタキツネステイ!」
芸人が出てきた。もうすぐだぞ。
『えー、まぁ個々に多少のトラブルこそあったものの、こうして皆無事に初日を終了出来たと言うことで、まぁゴコク……本土でいう四国の料理の数々を堪能下さい』
そういうのいいんだ。本当にいい。早くしてくれ!!
『まぁこっからもうちょい話続く予定だったけど『長話はいいからはよ飯食わせろこちとら腹ペコなんだ』ってなってる人もいると思うし、俺もはよ夕飯にありつきたいんでもういいだろ。よし皆食べよーかんぱーい』
「いただきゃす!」
「いただきます…!」
「キタキツネ良かったなって……ちょ!」
「美味しいよこれ」
キタキツネは骨付きの唐揚げを骨ごと行っていた。澄ました顔をしているがバリバリと凄まじい音が聞こえてきて怖い。ケモノのようにがっつくわけでもなく、箸を使って丁寧に口へ運び、そのまますべてを噛み砕く。怖い。
そういえば野生のキツネは鶏を襲って食べてしまうらしいし、そういう野性が残っているのだろう。
そして結局唐揚げだけを全て完食してしまうと、俺の方を向いて幸せそうに微笑んだ。可愛い。
自分も白飯と味噌汁を味見してから、からあげを齧ってみた。そういえばこれせんざんきとか言うらしい。聞いたことがないが……美味い。かなりジューシーに仕上がっていて、骨付きなので旨味が強い。
一応骨を齧ってみたが、一回かじるのが限界でとても噛み砕ける硬さではなかった。一体どんな顎の力をしているんだ……
「早食いは喉に詰まるし消化に悪いぞ? ちゃんと噛んでるか? ……噛んでるか」
「ボク早い? うーん……よくわかんない」
「まあ、うん、無茶しなければ何でも良いよ……」
「これも美味しい!」
そういってまたキタキツネの口からバリバリ聞こえてきた。どうやらたくあんのきんぴらを一気に頬張っているらしい。続けて食べてみると、めちゃくちゃ美味しい。いい塩梅の塩加減のたくあんが油で炒められて、唐辛子も少し効いていて食欲をそそる。
「肉まん好きって言うからこういうのは苦手かと思ってたよ」
「たまにオイナリサマとギンギツネが作ってくれるから大好き」
「神様って手料理作るんだ……」
話している内、忙しい夕食も気づけば終わりの時が近づき、最高のおかずで進みすぎた白飯も終りを迎えた。ゆずかんとかいうゼリー、キタキツネと一緒に飲むように食べたがさっぱりとしていて最高だった。
「ごちそうさまでした」
「ご馳走様でした…」
「美味かったな。……キタキツネ何杯ご飯食べたんだ? 一回山みたいにしてたよな」
「そういうの、でりかしーないって、言うんだよ」
──────────────────
部屋に付き、熱いお茶を啜っていると背後が妙に静かなことに気付いた。
同室のけもけもとサーバルがやかましくしていて、キタキツネがそこに入ってゲームの話をしたりしていたのが、今は二人の声しか聞こえない。
「キタキツネ?」
「……ん……げぇむ……」
「眠いのか」
「……ううん……眠い……眠くない……げえむ」
ベッドの上にぺたんと座り込み、尻尾も耳も倒れて動かない。目は一応開いているがいつもの半分ほどしか開いていない。しかもどこか一点を見つめて、完全に意識が朦朧としている。
試しに手を触ってみると熱くなっていた。睡眠モードというわけだ。
というわけで同室の二人と話して寝ることにした。
「もうねるぞ」
「……」
「キタキツネ?」
「ねむい……ねむく、ない」
らちが明かないのでキタキツネの体を支えて寝かせてやると、手足と尻尾を抱え込んでキツネらしい体勢でついに瞼が閉じた。
「おや……すみ……」
「おやすみ。……寝る前に話すの楽しみだったんだけど、しょうがないか。フレンズでもはしゃぐと体力持たないんだな」
_______________
目覚めた時間についてはよく覚えていないが既にかなり明るくなっていた。
朝食開始時間は八時。ならば七時五十分に出れば良い(そういう人間である)などと考えながら起き上がると、キタキツネはまだ夢の中にいた。昨日寝たときと同じ体勢で、布団もしっかりと被っている。
「けも……」
全員寝てる。嘘だろ。けもさんもサーバルも荒れた体勢で寝息を立てている。
「俺いつもこういう時最後に起きる人なんだけどなぁ……」
まあ時間にはかなり余裕があるので起こす必要もない。おそらくあの二人は夜遅くまで話でもしていたのだろう。
そんな事を考えながら朝の支度を済ませ、冷えた麦茶を胃に流し込んでいると最初にサーバルが目を覚ました。続いてけもさんも目を覚まし部屋が少し騒がしくなった、が……
「キタキツネ」
「すぅ……」
キタキツネはピクリとも動かず、起きる気配が全くない。強引に起こすことはその後の関係に亀裂を作りかねないのでできないが、このままでは朝食に間に合わない。
「もう朝だよ。八時にご飯行くから」
「こゃん……」
「お腹すいたでしょ。また美味しいのいっぱい食べれるから起きなさい」
「ああぁぁ……ふわぁ」
まるで大きい犬だ。キタキツネは俺の肩を掴んで腕の力だけで体を起こすと、お腹に頭を突っ込んできた。しょうがないので寝かせたときのように体を抱き上げると、ようやく完全に目を覚まし、よたよたと部屋をさまよい始めた。
______
そんなこんなでけもさん達と話しながら食堂に向かい、入ってみると昨晩とうって変わってバイキング形式の朝食が待っていた。大体分かっていたがキタキツネは子供のように好きなものだけ大きなプレートに詰め込み、ずいぶん嬉しそうに食べていた。
自分も正しい生活リズムで過ごしたおかげか腹が減っており、二人でバイキングの残ったところを平らげてしまった。
その後も特に語ることはなく、満腹で半分眠ったままホテルを出るとすぐにバスに案内された。
「ぺろ。今日どこ行くの」
「アンインとサンカイだって。山陰のオマージュみたいなとこと…サンカイはわからないな」
「山陰ってどこ? なにがあるの」
「わからん!」
「ええ……」
「ついたらなんかあるから。な?」
楽しい一日目はすぐに過ぎ、新たな二日目が始まった。
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