第20話 綺麗な花

「それは・・・・・・」


 正直、分からない。もしかすると本当に色識さんがそう言ってきたとしても、その時も分からないと言ってしまうかもしれない。


「分かんない?」

「あぁ」


 俺の思考など見透かしたように楠木は言って見せた。


「じゃあさ、他の人は? 他の人に言われたら、どうする?」

「他の人?」

「うん」


 色識さん以外の人。そんなの、分からないどころの話じゃない。


 知らん。そう言い捨てれるほどの愚問だった。


 すると楠木は、


「例えばさ、あ、あた・・・・・・」

「あ?」

「だ、だから、あ・・・・・・あたっ・・・・・・」


 自分から話を始めたくせに、急にたどたどしくなり始める楠木。少し待ってみるも次の言葉は中々でてこない。・・・・・・なんだ?


「あ、あた」

「北斗神拳か?」

「あ、え? なにそれ」

「いや・・・・・・」


 せっかくツッコミを入れたというのにどうやら楠木は知らないみたいだった。まぁ花が好きな女が見るようなものではないしな。血の華しか咲かないし。


 そうして俺のツッコミが失敗に終わり、絶妙に気まずい時間が流れ始めようとしていた時。こんこん、と優しい音で刻みよく扉が叩かれた。


「入ってもいいかしら」

「あ、お母さん? ・・・・・・うん、いいよ」


 一度俺と目くばせをしてからそう言う楠木。別にやましいことをしているわけでもあるまいし・・・・・・。


「ごめんなさいね、邪魔するわ。えっと、佐保山くん?」

「えっ」

「えっ」


 突然名前を呼ばれ驚く俺の声と何故か一緒に驚く楠木の声が重なった。


「お母さんなんで名前・・・・・・」


 楠木母が俺の名前を呼んだことが気になるのか不思議そうな顔をする楠木。


「さっき柚子が来る前に二人でお話してその時教えてもらったのよ」

「そ、そうなんだ」


 あれ? と思い楠木母に目をやると、何か含みのある笑みを向けられてしまった。


 名前を教えた記憶はないんだが・・・・・・。まぁ別に追及するほどのことでもないからいいか。


「ご飯もうすぐでできるけど、佐保山くんも食べていく?」


 開けられた扉の隙間から確かに美味しそうな香りが漂ってくる。


「いいじゃん佐保山、食べていきなよ。自慢だけどお母さんの料理、めちゃめちゃ美味しいってこの商店街の中でも有名なんだよ?」

「そ、そうなのか」


 別に味を危惧したわけではない。


「遠慮しないでいいのよ? ちょっと作りすぎちゃってね、むしろ食べてくれるとありがたいくらいなのだけれど」


 そんな言い方をされてしまったら、ここで断るのは逆に失礼な気がした。


「それじゃあ、ご馳走させてもらいます」

「そう? よかったわ。じゃあ準備ができたら降りてらっしゃい」

「はーい」


 そう言って楠木母は、もう一度俺に笑いかけて部屋を出て行った。


「なんか、悪いな」

「いいんだって、お母さんもああ言ってるんだし」


 だがこういうイベントは一人暮らししてる身からすると有難いものだったりする。親切は遠慮なくいただくことにしよう。


「あ、そうだ」


 何かを思い出したように楠木は腰を上げた。


 そうして部屋の隅に置かれていた紙袋を取りに行って、また戻ってくる。


「危ない危ない、今日の目的忘れるところだった」


 紙袋の中に手を入れる楠木。


 来た。壺だ。どうやら楠木はここで勝負にでるらしい。なるほど、ここまでの話は全てこのための前座。思わし気な発言や表情も俺の思考をそちらに傾けるためか。随分と周到な手口だ。


 俺は唾を飲み込み、汗が滲む掌をぎゅっと握りしめた。


「はい、これなんだけど・・・・・・」

「断るッ!」 


 放った一声に楠木は面食らう。よし、先制攻撃は成功したようだ。これで楠木も俺に怪しい壺を押し売りすることはしずらくなったはずだ。

 

 って、あれ?


「ちょっと、なんで断るの」


 なんか怒ってるような楠木。その楠木が持っているのは壺ではなく、小さなプラスチックの鉢だった。


「あれ?」


 次に面食らったのは俺だった。よく見れば、その紙袋も壺が入るような大きさではない。どうやら盛大な勘違いをしていたらしい。悪い楠木。


「あ、いやすまん忘れてくれ」

「びっくりしたんだけど。もう、まぁいいや。これ、佐保山にあげるね」


 俺は楠木が妖しい壺を売りつけるような悪徳な人間ではなかったことに安堵しつつその鉢を受け取った。


「これは?」


 その鉢には見たこともない花が咲いていた。道端でそこらに咲いているような花とは違う気品がそれとなく感じられる。例えるなら外国産のカブトムシが持つ異様さとそれに伴う特別感、そんなようなものがその花からは放たれていた。


「それはリナリア。ほら、オオバコ科の」

「そのなんちゃら科のっていうのやめろ分からないから」

「あはは、でも綺麗でしょ?」

「まぁな」


 そのリナリアという花は白と黄色のようなパステルカラーでなんとなく形状は金魚のしっぽに似ていた。


「この花、あたしも好きでさ。趣味で前育ててたんだけど増えすぎちゃって、よかったら佐保山にどうかなって。丈夫な花だから初心者でも簡単に育てられるよ?」

「はぁ、でも。俺花なんて育てたことないし」

「言ったでしょ? 丈夫だって。普通に水と肥料、あと虫にさえ気を付ければ病気にもならないし」


 そこまで言ったところで楠木は、


「あ、そうだっ! じゃあ分からないことがあったらあたしに聞いてよ! せっかくLIME知ってるんだしさ」

「まぁ、そうだな」


 正直、花を育てるなんて男らしくないしあまり乗り気ではなかったが楠木が一人でなにやら楽しそうなのでここで突き返すのは申し訳ない気がした。


「ちなみにこいつの花言葉はなんなんだ?」

「えっ?」

「いや花言葉さ。こいつにもあるんだろ?」


 花について話すたびに楠木は花言葉を自慢げに教えてきた。意外と花言葉ってたくさんあるんだなと地味に興味を抱いていた俺は今回も少し気になって楠木に聞いてみたのだが。


「あ、あぁ・・・・・・えぇっと」


 何故か楠木は言い淀む。 


「忘れちゃった」

「なんだそりゃ」


 全部の花言葉を覚えるのなんて無理だろうから知らないのがあるのも仕方のないことなのかもしれない。まぁ、気が向いたら自分で調べればいいか。


「じゃあその子よろしくね。佐保山もそれで花の良さ気付いてくれればいいんだけど」

「うーん。努力はしてみる」

「よろしくっ」


 そんな会話をして俺は受け取ったリナリアを紙袋に戻した。帰り、ひっくり返さないように気を付けなきゃな。とすでにその小さい花に対して母性のようなものが湧き出てきていることに気付いて可笑しくなった。


「じゃあいこっか」

「あぁ」


 そして楠木と共に香り漂う一階へと降りていく。


 前を歩く楠木の後姿を見て、同じ屋根の下で女子と一緒にいるということを再認識してドギマギしてしまう俺。なんだろうな、この感じ。学校の中では感じられない謎の緊張感と、そして充実感。そんなものを、目の前で靡く黄色の髪を見ながら感じていた。


 ちなみに、この後俺の胃は完全に楠木家に掴まれてしまうのであった。

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