18、エール国に行くのは誰?①

先に出立したベルゼ王を追うロゼリアとセプターが異変に気が付いたのは、前方で不意に沸き上がったあり得ないほどの大きな叫びの渦と舞い上がる土埃の異常さだった。


金属が乱暴に叩き合わされる音に、雄たけびのような叫び声がかぶさる。

それに応えるかのような怒号が混ざり合う。


「まさか賊か!我が王!ああ、なんということだ、、、」


馬に鞭をいれたセプターが悲愴につぶやくのが聞こえる。

エール国王子を迎えに行ったベルゼ王の一行が、何者かに襲われているのだとロゼリアは悟ったのである。


どんなに激しく鞭を入れても、現場には一瞬ではたどり着けるわけではない。

近づくにつれてロゼリアの血の気が失せていく。

振り下ろされるアデールの王騎士の剣。

その先にいるのは、覆面の男だった。

父王は馬上で引き釣りおろそうとしたものを、蹴りつけていた。

その背には全身黒づくめの若者。

髪さえも黒い。

その黒髪の男はエールの王子だと直感が告げる。

だが、ロゼリアには10年ぶりに初恋の人に再会した感傷を味わう間はない。


そして、エール国の異様な黒服の騎士たちが、もはや邪魔なだけな茶色いマントを脱ぎ去り、鈍く光る銀の刃を振るっていた。

冷静で容赦のない戦い方だった。

その足元には、既に彼らの反撃の刃を受け、呻き、腹を押さえながら這い逃げようとする覆面の男。

その足に、背の高いエールの騎士が己の剣で突き立て、逃れられないように地面に串刺しにした。

苦痛に叫び声が上がる。


無情で非情な行為だった。

どちらが賊でどちらが襲われているのか、ロゼリアは混乱する。


ふたりが馬の手綱を思いっきり引きしめたとき。

始まったのが突然だったように、その乱闘は突然終幕を迎えていた。

彼らの王を守るには二人は完全に出遅れたのだった。


血と恐怖の匂いがあたりに充満している。

味わったことのないぐつぐつと煮える狂気の残滓が、なんの役にも立たないロゼリアを飲み込み吐き気を催させた。


「これはむごい、、、」

ようやくロゼリアの乾いた口からかすれた声がでる。

それさえもどこか遠いところから自分でない誰かの言葉のように思えた。


いくつも転がる盗賊の遺体。

服と肉を切り裂けられ、荒い息を継ぐ傷ついたアデールの5人の騎士たち。

地面に転がる体に、アデールの王騎士がないことにロゼリアは心より安堵する。


セプターが馬を飛び降り、鞍上のベルゼ王に駆け寄った。

ベルゼ王は歯を食いしばりその顔に脂汗をにじませ蒼白である。

背筋を立てながらもその手は腹を押さえていた。

腹からは矢が突き立てられていた。


「父上、、」

ロゼリアも駆け寄った。

「大丈夫だ、、お前たちは無事か」

「王よ、早く王城で治療をしないと」

ベルゼ王はロゼリアの手を振り払った。

王は長い矢を引き出せる分だけ残して折り取った。

「先に重傷者の応急処置を。襲ったもので息のあるものは連れていけ」

「全員、こと切れているのではないですか?」

エール国の黒い騎士の一人が、ひとつひとつ、賊の体を足で転がし言った。

エール国の騎士の働きは俊敏かつ無情。

強国エールの王子の最強の護衛集団だった。


平和な国、アデールの王騎士との修羅場を潜り抜けた経験値の差は歴然である。

ほとんどの襲撃者を絶命させたのは彼ら、エール国の騎士たちである。

アデールの王騎士が王を守り、賊の攻撃から防衛するのを主眼にしていたが、一方でエール国の12人の黒騎たちは、賊の命を確実に絶つことで守ろうとする。


王子に剣を向けることは、即その死をもって贖うことを意味していた。

二度と歯向かうことのないように。

さらにはその賊の死が、残虐であればあるほどいいともいえる。

なぜなら二度と逆らおうと思わないからだ。


彼らの戦士のような容赦ない太刀は、エール国が強国となっていったその過酷な道のりをアデールの者たちに物語らずにはいられない。


「そいつがひとり生きているだろう?そいつから誰に頼まれたか聞き出せばいいのではないか?」

エールの黒髪の王子は、足を地面に縫い付けられた覆面の男を顎でさした。

覆面の男は体をひねり王騎士の一人が近づくのを逃れようとする。


「ここで口を割らせますか?」


ロサンが言い、こともなげに剣を抜いた。

話を聞くにはうつ伏せでは聞きにくいからだ。

あたりに血が飛び散るのもお構いなしである。


足を押さえ悶絶する覆面の男を、鋲の入ったブーツであおむけにする。

覆面の男は心が裂かれたかのような声をあげ、何かを歯の間から抜けるような、そして少し鼻に抜けるような言葉を発した。


「外国の、草原の国の者か!」


その場にいたもの全員に緊張が走った。

覆面の男は尚も必死に訴えかけるように話す。

ロサンがその覆面を取ると、まだ若い顔が現れた。

その服の襟には異国の刺繍が刺されていた。

襟袖の刺繍はパジャン国の風習であった。


「王子、どうしますか?生憎、我らの中で草原の国の言葉がわかるものがおりませんが」


ロゼリアはいてもたってもいられず、前に進み出た。

言葉を解する父王は無言である。

エールの者たちの好きにやらせている。


「彼は命乞いをしている。エールの王子を狙うために雇われたと言っている」

エールの王子は鋭い視線でロゼリアを射た。

「後からのこのこと現れた王子さまか?誰に雇われたかと聞け」


ロゼリアは目を伏せ、そのあざけりの言葉を無視した。

今は腹を立てるよりもするべきことがあった。

ロゼリアが草原の国の言葉を口にすると、男はロゼリアに縋りつくように見た。

不意に差し出されたかすかな希望に、顔がゆがんだ。

その言葉は草原の間を抜ける風のようだった。

言葉はその風土を表すという。

あの緑の目の若者もそういう話し方をしたのを思い出す。


「、、彼は、パジャンの王子だといっている」


ロゼリアは心臓がどきどきしだしはじめた。

この地面に横たわる賊が、パジャン国のものであるならば、数週間前に誕生日を寿ぎに来訪したみどりの目の若者がいるのかもしれなかったからだ。

覆面はつぎつぎとはぎ取られ、その容貌を明らかにしていく。

まだ若い者たちも混ざる。

年齢もばらばらな雑多な集団だった。

その中に、見知った顔はない。

ロゼリアはほっとする。


「パジャンの王子は複数いる。彼らはそれぞれ主張していることが違う。むしろ真逆といってよかったのではなかったか?どの王子か吐かせろ」

ロゼリアはエールの王子の語気鋭く発せられた質問を、パジャンの言葉に訳した。


「ラシャール×××、、、」


賊ははっきりという。

その名前はその場にいる全員が聞き取った。

ラシャール王子とは、ロゼリアに恋文を送ったパジャン国の王子だった。

だが、そのとき、ロゼリアの耳元の空気が振動する。

矢が来る!と思った時には、賊の若者の胸を貫いていた。

正確に心臓の位置である。

若者の目が、信じられないように胸に突き立てられた矢を見た。


すぐさまエールの騎士たちは臨戦態勢をとった。

だが、声を殺すが放たれた矢の向こうの森からは人の気配が全くなかった。

若者はロゼリアの前で絶命する。


「追いますか?」

ロサンは聞く。

「森は視界も悪そうだ。追うだけ無駄だろう。他に息をしているものはないか?」

その場には20ほどの賊の息をすることのない身体があおむけに転がされていた。


馬上のエール国の王子が憐れむような目で己を見下ろし鼻で笑う。

ロゼリアは自分が泣いていることにようやく気が付いたのだった。





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