三節「ロマンスがない出会い」
ごくありふれた日常でも、ドラマチックに変わることがあるんだなと僕はその日感じた。
深夜、コンビニに僕は来ていた。
トイレの電球が切れていることに気づいたからだ。
大概こういうことに気づくのは夜遅くだ。
僕は重い腰を上げて、コンビニに向かった。
今夜は雪が降っていない。
それでも風は吹いていて、寒い。
コンビニはこの時間帯は人も少なくて、僕はほっとした。
コンビニは静かで、クリスマスソングが店内で流れていた。
少し楽しい気分になって、僕は何か新商品がないか店内を探し始める。
その時、スマホから優しい通知音が聞こえてきた。
その音を聞いて、「あっ、僕は電球を買いに来ていたんだ」と思い出した。
何が思い出すきっかけになるかなんてわからない。
僕は何かに気が散りやすく忘れっぽい。
この音は、僕が投稿したSNSの内容に対する返信だ。
僕は有名なSNSをやっていて、フォロワー数も結構多い。
その音はすっかり覚えていて、その音が鳴るとすぐに返信するようにいつの間にかなっていた。
返事をすぐに返さないと、なんだか不安になった。
そして、何件もコメントがあるとなんだか安心できた。
目に見えないところで、こんなに僕のことを思ってくれる人がいると思うと心が暖かくなった。
毎日時間があるとやっていて、投稿も一日に何通もしている。
依存してるなとわかっていながらもやめることはできない。
SNSは僕にとってなくてはならないものだった。元気の源だった。
「律、会いたかった」
僕がいつものように返信しようとスマホを取り出した時だった。
名前を急に呼ばれてびっくりした。
僕は
振り返ってみると、あの時の女性だった。
彼女から花の匂いがした。
匂いにも僕は敏感に反応してしまいけど、この匂いは珍しく不快な感じはしなかった。
大概は女性からするシャンプーや化粧品の匂いは苦手なのだ。
「どうして僕の名前を知ってるんですか? 教えてないですよね」
「それは秘密。ねぇ、私の言ったこと合ってたでしょ? ほら、また出会うって話」
秘密がたくさんある女性。それはどうしてだろうか、魅力的に感じる。
「全然ドラマチックじゃないですが」
僕はコンビニで会うという日常的な部分を強調した。
「えー、律ってそんな乙女だった?」
彼女はケラケラ笑っていた。
その笑い方が幼さを感じさせる。
彼女はきっと僕より少し若い。でもさらにずっと幼く感じられた。
「そっ、そんなことはないけど」
そんな風に言われるとなんだか恥ずかしくなってきた。僕は下を向いた。
「ふーん、まあいいや。まあ会い方は考えてみるね」
そこで彼女はじーっと僕の顔をのぞき込んで笑顔をむけた。
僕は背が高いから自然と見下ろすことになる。
「何ですか」
「私の名前知りたくない?」
「いや、別に」
本当は知りたかった。
彼女は僕のことを知った風に話す。けど、僕は彼女のことを何も知らない。
でも、それを言うと相手の思うつぼな気がして、わざとそっけなく言った。
「そんな強がらなくていいのに。今回だけ特別に教えてあげるね。私は
僕の気持ちを彼女は感じ取ったのだろう。
なんだか彼女ならそんなことも簡単にできそうな気がした。
「あとそれから、絶対なんてこの世にはないからね」
また、突然意味深なことを彼女は言い出した。
彼女の顔を見ると、真剣な顔をしていた。
僕が返事をする前に、彼女はコンビニから出ていった。
今の発言なんてなかったのように、軽やかに消えていった。
いつの間にか、雪が降ってきていた。
彼女の言葉がずっと頭に残っていた。
絶対なんてない。それは一体何のことを言っているのだろう。
絶対的なものを僕はすぐに思い浮かべることができた。
でもそれが、もし絶対じゃなかったとしたら?
見えている世界が、急に色を変えた気がしたのだった。
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