こんな感じで緊急招集

(前回のあらすじ)

 ムスタフ将軍の呼びかけに応じて降臨した魔王オモダル。ムスタフは魔界の危機的状況を訴えかける。魔王オモダルに体を乗っ取られた俺は呆然としていた。


◇◇


 魔王オモダルは、

「『災禍』がもたらすもの……を見極めよ」とだけ言い残し消えていった。

 ムスタフ将軍はまだ片膝をついたままでいる。

 

 コイツ会談を口実に魔王を降臨させやがった。決戦の時、干渉しないよう布石を打ったってかよ。

 

 コイツムスタフ将軍の頭の中じゃ決戦はすでに始まっていて、俺らが戦う時には、とっくに“詰み”の段階になってるんじゃ……?

 おいおい、ゾッとしねぇぞ。

 

 だが、見えていない部分がある――とも思う。

 例えば、俺が魔王オモダルと知覚を共有していたこととか?

 

 トランス状態のあいだは記憶がないのが当たり前なわけで。

 魔王オモダルが、俺の細胞の一部となってしまったとは思っていないはずだ。

 

 じゃなきゃ魔界の窮状まで訴えるはずなくない?

 カンだけど。

 とりあえずカマかけ。

 

「なぁ、何を魔王オモダルと話していたんだ?」

 わざと眩暈めまいがおさまらないふりをして、頭を振りながら尋ねてみる。


 ムスタフ将軍は膝についた土埃を払いながら立ち上がると

「なに、魔王オモダル様へ仁義を通したまでだ。コウヤ将軍、対談を望みながら失礼した」

 と短く告げる。


 おそらく一体化に気づいていない。

 もし気づいていたならば、魔人同士でしかわからない隠語を使って話す――と、思うんだが……。

 

 ムスタフは、軽く胸に手を当てると、

(多分感謝しているって仕草なんだろうけど)

「互いの正義は相反する。停戦を終えた後、どちらが本当の正義なのか雌雄を決そうぞ」

 と告げ遮蔽と遮音の魔法を解いた。



◇◇王都にて◇◇


 場面は変わり、ここはゴシマカス王国の首都ド・シマカス。

 王宮関係者をはじめ、都民はそれぞれ指定された地下シェルターへ退避を完了している。


 王宮の地下に張り巡らされた地下シェルターの一角に、『災禍』の対策室はあった。

 そこに主要な各部署のスタッフが詰めている。


 時は少し巻き戻る。

 コウヤたちが青龍を撃退したちょうどその時。

 上空二千メートルに浮かぶ魔眼からの視点で、これまでの戦闘が固唾を飲むように見守られていた。

 やがて青龍がクルリと輪を描くと飛び去って行く。

 

「せ、青龍を撃退っ」


 魔導官が歓喜の声を上げた。

 すぐに伝令が地下シェルターの廊下に靴音を響かせて、オキナの待機する執務室へその一報がもたらされる。

 かねて冷徹と揶揄されるオキナも、さすがにこの時ばかりはこの吉報に「やったか? やってくれたのか?」と声が上ずっていた。


「すぐに行くっ、サユキ上皇様にもご連絡を」


 狭い地下シェルターなはずなのに、この時ばかりはやけに広く感じたのは二日前の話。


◇◇◇


「それで青龍は消えたのか?」

「いえ……それが、飛び去るところまでは確認できたのですが、消滅には至らなかった模様で」

 監視を担当していた魔導官に眉をひそめる。


「迅速な報告には感謝します。ですが、報告を上げねばなりません。行き先と状態が特定できそうな情報は?」


「映像では確認できていないものの、コウヤ将軍の目撃したところによりますと――」

 

 報告に合わせて手渡された報告書には、これまでの戦闘の経緯と、五キロの巨体が二百メートルにまで縮んだ事が記されている。

 それを目で追いながら、コウが魔人軍へのなすりつけに成功した件になると、自然と顔が綻んでいた。


「そうか……コウがお膳立てをして、コウヤ殿がここまで削ってくれたか――ん?」


 そこには魔人軍に一時コウヤが囚われた際、流入する濁流に飲まれそうになったくだりが記されていた。

 おそらく青龍に襲われた場合、大量の水で地下シェルターが水没する恐れがある、とメモ書きが添えてある。


「地下シェルターに詳しいものはおるか? 防水と排水の能力を知りたい」


 文官の一人が近づくと「ここに」と短く告げ、伏目がちに会釈する。

 どうやら建設系のギルドを束ねる下級貴族のようだ。


「宰相のオキナ・ザ・ハンです、緊急につき社交辞令は抜きで。今、王都を流れる水路が全て溢れるくらいの降水があったとして、地下シェルターが水没する恐れは?」


 チラリとこちらを窺う仕草をすると、小声でボソボソ喋り出した。

「もとより防空と地上戦を想定しておりますゆえ、防水の機能はありません。排水も通常の雨水と下水の処理のみです」

 一気に体温が下がっていく。

 

「つまり……青龍が訪れた場合?」

「王都は水没します」

 

 なぜそれを早く言わない?!――と思わず吐き出したくなる叱責をグッと堪えて、方策を考えることに頭を切り替えた。

 これを見落としていたのは自分の責でもある。

 

「各シェルターに通知っ、土嚢でもなんでも良い。防水の処置を急がせよっ、近衛隊長はおるかっ?」

 

 ズイッと身を寄せてきた近衛兵に「王族の皆さまの誘導を任せる。いざという時の脱出の経路の確認を、その上で脱出先も選定しておいてくれ」

 と指示を出すと、ニヤリと笑って胸を叩き拳を突き出した。

「?……と、ともかく王族の皆さまに累が及ばぬよう、くれぐれも頼む」

 承知、と応えると消えるように駆け出していく。


「軍部はおるか?! 各師団長と魔眼で繋ぎこれより緊急会議を開く。青龍を王都に近づかせてはならぬっ、防衛線を四層構築するぞ」


「「御意っ」」


 通信兵が一斉に通信石へ指示を入力を始めると、広げられた地図を睨みながら側にいて欲しいコウの顔が浮かんで消えた。


「魔導官、スンナ殿とコウ、コウヤ殿を緊急招集する。魔法陣の準備を」


 またあの二人に頼るのか――チクリと胸が痛んだ。

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