天から降って来た男

(前回のあらすじ)

 青龍のブレスで吹き飛ばされた俺。目を覚ましたらなぜかカノン・ボリバルがいるのだが? そして彼に問い詰められているんだが?


◇◇


「え……?」


 ポカンと見つめ返す俺に、カノン・ボリバルは立てかけた佩刀はいとうを抜き放った。


「何が狙いだ?」


 なんでこうなった?


「待てっ、意味がわからんぞ。状況を整理させてくれ」

 スッゴイ雑魚キャラのようなセリフを吐いちゃってる俺。

 意識を失う前の記憶を引っ掻き回してみる。


「わからない……なぜ俺はここにいる?」

 

 しばらく俺の目を見つめていたカノンは、ふぅとため息をつくと剣を鞘に収めた。

「本当にわからぬようだな。話してやる代わりに、今の『災禍』の状況を話せ」


 情報交換か? むしろこちらとしてはありがたい。


「今のこの状況がわからんから話しようがない。そっちが先だ」と、顎をしゃくる。


 チッ、と舌打ちをして考え込んでいたが、話し始めた。

「貴様らがムスタフ軍を吹き飛ばした時、我らは貴様らの側面に抜けていた。貴様らが隘路あいろへ侵入を始めたら側面から襲い掛かり、分断する予定だった」


 ところが――と忌々しげに俺を睨む。


「まさか隘路あいろごと吹き飛ばすとはな」


 フンッ、と鼻を鳴らすと

「あとは貴様らと同じだ。『災禍』の接近で天候が急変、戦闘不能と判断し避難した。

 そしてそこに貴様が空から降って来た。天から降って来たんだ、誰が聞いても怪しすぎる話だろう?」


 話しながら俺の目の動きを追っている。裏がないか探ろうとしている目だ。

 だから経過は話すがこの避難先の位置は話さない――当然だろう。


「今度はそっちの番だ。なぜ天から落ちて来た?」

 場合によっては、と剣呑な顔をしてやがる。

 

 今さらなんだが、左手は海亀モードから通常の左手へ変化していて、軍用のロープで拘束されている上にご丁寧に魔力封じの腕輪までめてある。


「俺が天から落ちて来たって件なんだが――あー多分あれだ、なんつーか事故だ。青龍に吹き飛ばされて気がついたらここにいた」


「貴様……」

 と目がスッと細まる。


「本当なんだ。俺たちは――」

 と、青龍と戦っていたくだりを教えてやる。もちろんコウが歯が立たなかったことや、全ての攻撃が通用しなかったところは伏せる。

 途中途中質問が挟まったものの、青龍のヤバさは伝わったようだ。

「青龍とはそこまで――」と、言葉を失っている。

 

 やがてフンッ、と鼻を鳴らすと皮肉な笑いを顔に張り付かせた。

「いよいよゴシマカスも終わりだな。どうだ? 喰らい続けた自分たちが喰らわれる側になった心境は?」

 憐れむようにあるいは蔑むように告げる。


「知らなかったか? 何の勝算もなしにベラベラ喋るヤツはいねぇよ」

 と言っても今のところないんだが。


「笑わせる。青龍に斬り掛かるお前の神経もだ」


 まともに考えりゃそうなるわな。


「とりあえず拘束を解いてくれないか? 将校の捕虜としての扱いにしては酷いと思うのだが?」


 この世界の捕虜は言わば戦利品で、戦後補償の金品と交換できる商品だ。将校クラスともなると高級品扱いだから、拘束されてもそれなりの扱いは受ける。


「いやできんな。貴様は油断がならない」


 信用なさすぎて涙が出らぁ。


「こんな魔力封じの腕輪なんていらないだろ?」

 サイズが合ってないし、手首に食い込んで痛いんですけど?


 と、思った時に閃いた。


「なぁ、俺とお前が組めば青龍を倒せるかも知れねぇぜ」


◇◇


「はぁ?」


 心底あきれた顔で俺を覗き込むカノン。

「ゴシマカスを滅ぼすのが俺の宿願だ。このまま『災禍』に飲まれるのを心より祈るよ」


「いや、お前はゴシマカスを事が宿願なはずだ。ゴシマカスが『災禍』に飲み込まれて滅んだとしても、お前が倒したことにはならない。

 それともお前の宿願は他力本願の念仏みたいなもんなのか?」

 これから俺の思いついた勝ち筋にはコイツの協力が不可欠だ。そのためにはなんだってやってやる。


「虫の良いことを言うな。とっとと滅びろ、知った事か」

 鼻に皺を寄せて佩刀を引き寄せる。

「おおかた状況は掴めた――もう貴様に用はない」

 と尻に付いた土埃を払って立ち上がった。


「それでお前は満足するのか?」

 と粘ってみるんだが小馬鹿にした笑い顔を残して背を向ける。が、ふと思いついたように振り返った。


「ああ、良い事を教えてやろう。ムスタフ将軍が見つかった。魔人は恐ろしいな? ちゃんと生きていたよ。

 あと三日もすれば復帰するらしいぞ。せいぜい良いように利用されてくたばれ」

 嫌なセリフを吐いて向こうへ行きやがった。


「さてと……」

 うんこらしよっと体を蓑虫のように這いずらせ、坑道の壁に背をもたせかけるとふぅと一息ついた。

 遠くでびゅうびゅうと風が吹き込む音が聞こえる。


 どうすベェか?


 まずはこの拘束を解いて脱出せねば話にならない。それにカノンを味方に引き入れてしまいたいところだ。


「うーむ」

 と考え込んでいると『窮屈じゃのう――』と海亀の声が頭の中で響いた。そう言えば左手は普通の手に変化して後ろ手に縛られている。


『もう少し体をずらせ。魔力が通らん』


 なにそれ? できちゃうの?

 とりあえず言われた通り体をずらした。と、尻のあたりに回された左手が光を放つ。


 パンッと音がするとハラリとロープが地に落ち、ついでに俺の手首を痛めつけていた魔力封じの腕輪もーー。


 見ると左手が海亀に変化している。


「なにこれ? 魔力封じは?」


『ワシを何と心得る? 北の守護霊獣、玄武なるぞ。この程度の封印など容易たやすいわ』

 にょきりと甲羅から顔を突き出してつぶらな瞳で見返してくる。


 あらぁ……すっかり忘れてたよ。


『呑気に呆けている場合か? 早う脱出せんと、もう青龍がそこまで追って来ておるぞ』


 へ?


『馬鹿者っ、あの青龍を斬りつけたろうがっ。お主の魔力の残滓を追って近くまで来ておる』


 なんで追って来れんのさ? 俺、魔力封じの腕輪つけられてるから辿れないーーー

 って。あ?


「せ、青龍だぁ」

 遠くで悲鳴が巻き起こり、大量の水が流れ込んで来た。

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