『災禍』襲来2

(前回のあらすじ)

 ムスタフ軍の脅威を退け、オキナはコウの実力行使でムラク前防衛大臣のもとへ転移する。コウはスンナと合流するために、コウヤたちは軍の避難を始める。


◇◇

 

 時を少し巻き戻す。

 コウヤがディストラクションを発動する一日前の話だ。

 ここは王都ド・シマカスの宮殿敷地の中。

 

 シマカス宮殿はヒューゼン共和国から受けた奇襲で倒壊しており、財務組、復興組、防衛組、魔導組など国を支える主だった行政官が詰める小屋が立ち並んでいた。

 オキナがムスタフ軍討伐に向かった王宮あと、いわゆる『制服組』の一代貴族の官僚たちでごった返していた。


『災禍』が早まったせいだ。

 戦禍にさらされた王土の復興計画やそれに連なる資料、日々送られてくる膨大な各省庁からの報告書などを、空間魔法の付与されたコンテナへ移している。


「急げっ、あと半日で作業を完了させないと、我らがシェルターに避難する間がなくなる」


「ええいっ、この際仔細な書面など打ち捨ててしまえば良いではないか?!」


「誰がそれを判断するのじゃ? 口を動かす暇があれば、早く分類をおわらせろ」


 いつでも泣きを見るのは現場の人間だ。

 下級官僚の彼らに任されているのは、『災禍』の過ぎ去ったあと必要になる資料の仕分けと保存。

 分類が終わったものから随時油紙で包装し、保護魔法をかけてあるコンテナへ運び込む。

 そんな時には白いコートに身を包んだ騎士と共に乗り込んで来た。


「皆の者っ、作業を止めてその場へ跪けぇいっ」

 高圧的な大声に反応してしまうのは、下級役人のさが


「ゴシマカス王国、真にして神聖なる国王っウスケ陛下のおなりであるっ」


 その声に目を剥くが、決してそれを窺い見ることはしない。幼いころから叩き込まれた習い性が思考することさえ、押しとどめてしまう。


「そこの者っ、王族のシェルターへ案内あないせよ」

 白い騎士団の中でも偉そうな男が声をあげる。

 と、ここまで来て初めて日頃培った貴族の保身本能が働き始めた。


「申し上げます、申し上げまする――」

 ウスケ陛下になってからは下級貴族ごときが、国王に物事を訊ねるなど出来ない慣わしだった。

 とはいえウスケ陛下を王族のシェルターへ案内することは、ウスケを国王として認め、サユキ上皇に対して批判的だ、などとも受け取られかねない。

 よって死にものぐるいの勇気を振り絞ることになる。


「平に、平に――たてまつります」


「非礼であるッ、陛下直々のご要望をなんと心得る?!」

 白いコートを着た男の大音声に、たちまち下級貴族は縮こまる。

 ウスケはすでにこうなる事を心得ていたようで、白いコートの男に鷹揚に頷いて見せた。


「喜べっ、ウスケ陛下が奏上を許すとおっしゃられている。――述べよ」


 白いコートの男が告げ、下級貴族のこの男は遠回しに聞くことにした。


「ここは我らがごとき下々の職場、尊い陛下のお足元がけがれてしまいます。なにゆえにお出ましになりましたのでしょう?」


 よくぞ聞いたとほくそ笑む雰囲気を感じとる。


「無礼者っ、陛下のおこころざしを問うと申すか?」

 突如上がる叱責に震え上がる。

 わざと威嚇している。小馬鹿にしたように笑うと、男は言葉を続けた。

 

「――だが、寛大なる陛下のご意志を知らしめるのも、我らがつとめであるゆえ心して聞け。これよりゴシマカス王国はウスケ陛下が戻り、国政を司ることとあいなった。

 そう心得よっ、各省庁へもそのように通知せよ」


「?! し、しかし我らの権限を超えるご下命にございます。決済を仰ごうにも、オキナ宰相も出払っておりますし――あ?!」

 思わず口をついてでた抗弁に肝を冷やしつつも、ままよと額を地にすりつけて続ける。


「平に、平にお願い奉ります。近衛兵を呼んで参りますゆえ、御下命はそちらに――」

 要するに押し付けてしまいたい。


「早うせよ、ちんを待たすか? 待たすのか?」と、例の甲高い声が降ってきた。


 弾かれたように慌てて庁舎を飛び出すと、近衛兵の詰め所へ走りこんだ。

 この状況で最大級の厄介な御仁が帰ってきた。

 サユキ上皇派との熾烈な争いも、噂話が定食の一品と変わらぬ王宮において知らぬものはいない。

 厄介ごとに巻き込まれるのもごめん被る――だ。


 慌てて近衛兵の詰め所に駆け込みウスケ陛下が乗り込んで来たことを告げると、上や下への大騒ぎとなった。

 かくてこの騒動をオキナは戦場で知ることとなる。


◇◇


「なるほど……。それから王宮に居座り、無意味な教書を連発していると……」

 オキナが眉間を揉みながら、その顛末に耳を傾けている。

 ムスタフ軍の脅威を退け軍の避難に目処がついた直後に、この騒動のせいでコウに強制送還された。

 そして今、ムラク・ド・ジュン元防衛大臣の書斎で向かい合わせに座っている。


 目の前には同じく眉間の皺を揉みしだきながら、ムラク伯爵が苦笑いしていた。

「そろそろ僕もシェルターへ避難しようとしていたんだがね。省庁の連中が押しかけて来て、泣きが入ったものだからここに張り付かされているワケなんだ」

 

「感謝と敬意を。それにしても今、なぜこのような?」

 

「恐らく『災禍』の混乱に乗じて押しかけて来たんだろう。警備も民の避難を優先させていた」全く困ったガキだよ、と手のひらで顔を擦る。


狂言王様ごっことしか思われないのでは?」

 そこまで馬鹿ではないでしょう、と言外に匂わせながら強気に出て来た背景を思索する。

 

「それがね、『王たる証明』を持って来たんだよ」

 ムラク前防衛大臣の眉間のシワが深くなる。


「王印章もすでに(五大侯のうち四つの大侯が)推挙された物をサユキ上皇様がお持ちのはず」

 オキナの知っている範囲では、王印章を持つ者=国王だ。

 戴冠式に合わせて引き継がれるそれは、正式な王としての証明でもある。


「いや、実はもう一つある」

 ムラク伯爵が短く刈りそろえた短髪を撫であげ、首を左右に揺らしコキコキと音を立てながら、ゴシマカスならではの物なんだがね……と、ボソリと告げた。


「ドラゴンズ・アイだ」

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