襲撃

(前回のあらすじ)

 魔獣の森に潜んでいたムスタフ将軍。コウの捕縛により、コウヤとスカイ・ドラゴンの封じ込めを狙っていた。


◇◇

 

「コウを捕縛せよ」

 

 ムスタフ将軍の下した命は、コウを盾にコウヤとスカイ・ドラゴンを牽制しつつ時を稼ぐためのものだった。

 

「『災禍』が訪れるまで足止めし、我らは“魔獣の森”の中腹にあるアダマンタイトの採掘場へ避難する」


 報酬はアダマンタイトの鉱石。

 最硬度を誇る鉱石はあらゆる武器に加工でき、その希少性から魔人の国でも高値で取引された。

 これには敗色ムードが覆っていたムスタフ軍も、空気を一変させた。


「アダマンタイトが?!」


「ムスタフ将軍様の心づくしだ。

 コウを捕縛するのが報酬の条件である。討伐ではなく捕縛、かつコウも有数の魔道士。舐めてかかると報酬を賜るどころではなくなるぞ。心してかかれ」

 各小隊にまで指令が行き渡ると、欲望に取り憑かれた黒い疾風が森のあちこちに駆け抜けていった。


「ムスタフ将軍、あとは指令を待つばかりです」

 十将筆頭が頭を垂れ指示を仰ぐ。

 

 そんな彼を空気の如く黙殺したまま、手にした石盤で魔眼の映像を操作していたムスタフ将軍は、目的の映像に目を止めた。

 

 それはアダマンタイトの採掘場に小隊が突入し占拠した映像。

 通信石から吐き出される『ワレ・モクヒョウ・センキョ・セリ』の文面を確認すると、

 

「かかれ」

 と短く告げた。


◇◇


『コウ、脅威が満ちているよ』

 スンナからの念話が届いたとき、腰に刺した魔法の杖ワンドを引き抜いていた。

 

 鬱蒼とした樹々に覆われ、陽光もうっすらとしか届かない森の中。時おり吹き抜ける風が、ザワザワと葉を揺らし鉄くさい腐葉土の香りを運んでくる。


「コウ大佐、いかがなされました?」


 素早く反応する小隊長に、

「敵がいる。取り囲まれた」と短く告げると小隊を覆うシールドを展開した。


 連れてきたのを小隊にして正解だった。最小のシールド展開で済む。


「そ、そんなはずは……? 索敵と斥候での目視で、二重の安全確認をしながら進んできた筈です」


「これだけの遮蔽物があるのよ? 『遮音』と『認識阻害』を使えば、無理じゃない」

 

 油断なくあたりを窺いながら、索敵を地形に合わせて変形させた波長でばら撒いて見る。

  奇妙に捻じ曲がった樹木の影に、空気のゆらめきがあった。

 

 あたりに魔素が満ちているこの“魔獣の森”の中、索敵で飛ばした魔力波に干渉しない『認識阻害』の魔法を使われると、見落とされる空白地帯が生まれてしまう。

 コウの場合、魔力のビーコンを地形に合わせて変形放射するから、あたかも3Dのように隈なく探知できる。

 樹木の影に隠れ、あたりに同化するが如く気配を絶っている人型の陽炎がうっすらと浮かび上がった。


 一つ、二つ……十を超えたあたりで、

 「着いて来てっ」と駆け出した。

 目的の渓流まで歩いて四キロほどの地点、駆け足なら三十分でつけるはず。

 逃げ切れればスンナが蹴散らしてくれる筈だ。だが、そんな目算も次々と姿を現す魔人たちに、脆くも破られた。

 

「くっ……ライトニングッ」

 コウが両手を広げると∞の軌道で腕を回す。

 その軌道から次々と光球が浮かび上がり、幾重にもコウを取り巻くとシュッ、シュシュッと空気を切り裂き光の矢ライトニングが放たれた。


 シュタンッ、タンッタンッ、と着弾音と火花が舞う。

 黒い鎧を薄い光で覆うシールドに、それはことごとく弾かれていた。


「盾兵は前へっ、コウ大佐を囲めッ」

 小隊の構成は盾兵が十名、ライトニング・ボウの射手が十二名、あとは近接対応の剣士が六名。

 魔獣の襲来を想定した構成だったから、どうしても近接の対応が最小単位になってしまう。

 それでも魔人の分隊十名程度は対処できる筈だった。


 だが、現れた魔人たちの数はおおよそ想定していた数の三倍、三十人は軽く超えている。


「コウ大佐に近づかせるなっ、信号弾を上げて救援の要請をっ」


 小隊長から矢継ぎ早に出される指示に「オウッ」と呼応する隊員が、コウを中心に渦のように立ち回った。

 円陣の中心にいるコウが再び両腕を八の字に回し始める。


雷霆 グングニルッ」


 コウの天頂が光り天使の輪のような光の輪が浮き立つと、体に沿うように足下まで駆け降りる。

 足元まで降りたそれは、コウを囲むように広がり天空へ向かい幾重にも光の矢を放ち再び光球へと収束する。

 中空に出来上がった光球から、手槍ほど(約百三十センチ)の凶悪な刃が浮かび上がる。


全方位照準オートエイム


 索敵と照準を紐付けることでコウはこの魔法をものにしていた。伊達に世界有数の魔道士としての時間を過ごして来たわけではない。


発射ショット


 それは詠唱と言うより気合い。

 小さく呟かれたそれはあたりにエコーで広がって行く。


 スタタタ――ンンッ。

 閃光と爆裂音を撒き散らして凶悪な凶器がばら撒かれた。


「グッ!」

「グオッ――」


 押し殺された悲鳴があちこちで上がる。


「行けるぞっ、ライトニング掃射っ」

 シュシュッターーーンッ、と空気を切り裂き魔人たちに閃光が襲い掛かった。だが、ここで一同の背を冷たい汗が伝う。


 誰一人反撃せず魔人たちは近づいてくる。その背に黒い渦巻く魔力を背負いながら。


 なにを狙っている……?


行動禁止クリアジャマー


 地の底から響いてくるような詠唱の最後に聞き取れた魔法名マジックネームに、コウはその狙いを認識する。


 狙いは私だったか? だが、そう易々と捕まるとでも……?


発効中和ナチュラリゼーセョン


 本来は阻害系の魔法。

 だが、コウの魔法は魔力を中和しその発動を止めさせるもの。両掌から閃光が放たれると、さざめく光りの波が広がっていく。


 光りと闇が拮抗しやがて光りに闇が飲み込まれた時、突如頭上から投網が襲いかかり小隊ごと絡め取られた。


「な、なに?!」

「切れっ、小刀で斬り裂けっ」


 魔法封殺の素材なのか魔力がみるみる抜けて行く。切り裂こうと振るう山刀マチェットも、一向に刃が通らない。


「こんな原始的な手で捕縛されるとは迂闊でしたな?」


 ゆっくりと歩み寄る巨漢がいた。


「ムスタフ将軍……?」


 コウは念話で出来るだけの情報をスンナに飛ばした。


ーーー


2022年も残りあと僅か。

今年も皆様に支えられ、描くことができました。ありがとうございました。

来る2023年が皆さまにとって、素晴らしい年になりますよう心からお祈りしております。

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