月に叢雲花に風

(前回のあらすじ)

 ムスタフ軍の援軍要請にカノン・ボリバルはコウとスンナの迎撃に向かう。異能『遮断』を発動するも、コウは損失以上の魔力の補充でこれを破り、カノン・ボリバルを撃墜する。


 ◇◇コウヤくんside ◇◇


 目の前が真っ白になった。

 あたり一面が白銀の花吹雪で覆われている。

 それは俺たち本隊が追撃のため渓谷の崖の上から転進を始め、コウがスカイ・ドラゴンのスンナを伴い、ムスタフ軍を空から挟撃するため飛び立って十分もしないうちに起こった。

 

「な、なんだこりゃ?」


 これが魔人軍の放った“共鳴波ジャミング”という魔法だったと後で判明するわけなんだが。


「通信が途絶えましたっ」

「索敵も撹乱していますっ。敵を見失いましたっ」


 魔導官と通信士から報告が次々と上がる。

 念のために俺も索敵を広げてみるが、ザーザーと砂の嵐の様な音がするだけで役に立たない。


 俺はバンパ戦線でヒューゼン共和国の空軍相手に、ゴシマカス軍がやっていたのを思い出した。

「こりゃぁ……共鳴波ジャミングだな」

 

 アレの何十倍なんだが。

 この視界も通信も効かない異常事態の中、俺たちゴシマカス軍は追撃を停止するしかなかった。


「全体止まれぇ」

「「全体止まれぇーッ」」


「視界が確保できるまで、全員その場を動くなっ。敵の奇襲に備えよっ」

 渓谷の両岸に位置する崖の上からの転進だ。下手に身動きすれば崖下へ転落する。


「射撃班、膝立ち(ニーリング)体勢にて四方警戒っ、他は頭を低くして待機っ」

 

 各部隊長の緊張した声が聞こえる。

 全体の姿勢を低く保たせるのは、視界が悪い中爆撃と不測な事態が発生したときに同士討ちを避けるためだ。


「嫌な予感がするぜ……」

 そう呟いた時、ズォゥッと空気が震えた。白銀の花吹雪がバチバチッと音を立てて舞い踊る。


「「なっ?!」」


 音源を探してあたりを見回す。

 ほんの少し白銀の花吹雪が途切れて、上空が明るくなる。

 その隙間からホバリングするスカイ・ドラゴンのスンナの姿が見えた。

 どうやらこの白銀の花吹雪を吹き飛ばそうと、ブレスを放ったようだ。だが、すぐにあたりは白銀の世界へと変わり失敗したことを知る。


「ともかくこの白銀のコレをなんとかするしかねぇな」

 つぶやく俺に近衛隊長が無言で近づき、俺の肘のあたりをしっかりと掴む。


「無茶はやめて頂きます」

 逃がすものか、と言わんばかりだ。

 気がつけばリョウのやつもしっかり俺の背に回り、動き出そうもんなら飛び掛かって羽交締めにする体勢をとっている。


 なんでぇ?


◇◇


 上空でドォォォンッと雷の三倍ぐらいの轟音が響いた。思わず全員がその場に伏せる。

 見渡すと白銀の花吹雪が風に流され、数体の細長い何かが錐揉みしながら落下してくる。


「お? ワイバーンだぜ、ありゃ」


 俺が指差す方向を、全員がしばらく時間が止まったように見ている。

 と、そのワイバーンの背中から胡麻粒のような、黒い点が分離し羽を広げて滑空を始めた。

 隣にいたサンガ少佐が、伸びて来た無精髭をザリザリと擦りながら、

「どうやら魔人軍に味方したヒューゼン空軍が(コウたちに)撃墜されたようですな?」

 とつぶやく。

「さすがはコウ大佐(前回のオキナ誘拐事件の時から軍属では大佐の身分のままだった)。さて、白銀のーー共鳴波ジャミングも晴れてきました。我らも追撃の準備を」


 ロン大尉が指示を飛ばし始める。

 

「各部隊長は点呼を。斥候は行軍路に異常がないか先行してくれっ」


「「「了解っ」」」

 

 斥候を任された“風の民”の一団が、渓谷の影に隠してある軍馬まで駆け出していく。

 サンガ少佐は振り返り、

「通信士っ、通信は復活しているか? コウ大佐を呼び出して戦況の確認を」

 と俺の後ろにいたオッチャンに声をかけた。


「大丈夫……、大丈夫ですぜ。繋がりました」


 ガーガーピーピー音を立てていた通信石から、光が立ち上がり文字が浮かび上がる


「ワレ・テッキ・ゲキツイセリ・コウ」

 “我、敵機、撃墜せり――コウ”

 

 やりやがった。

 おお――っと低い歓声が上がる。

 これで空爆を警戒しながら進軍をしなくても良くなったわけだ。

 コレは大きい。

 行軍機動のスピードが段違いになる。つまり追撃に全勢力を集中できるわけだ。


「全体――っ、早足!」


 サンガ少佐の掛け声とともに、追撃の大軍が動き出した。


 ◇◇


 と思っていたこともありました――。

 『月に叢雲むらくも、花に風』って言うじゃない?

 アイツはなんて言えばいいんですかね?


 渓谷を抜けて森に入ろうとしたころ。

 先行した“風の民”の斥候部隊から、嫌な報告が上がって来やがった。


 前に立ち塞がっているアイツ。

 身長二メートルを超す金色の毛皮を真っ赤な返り血で染めて、俺たちの進路を邪魔しているアイツ。

 コイツが殿しんがりとなって頑張っているとは思わないじゃない?


「コウヤッ、いるのだろうッ、出てこいっ! 勝負だぁぁぁ――っ」

 って俺の大事な兵たちを屠りまくってくれてるアイツ……。


「ワカンねぇかッ?! オレだっ、ライガが出迎えてやったぞォォォォ――ッ」

 ぐわぁっはっはっぁぁ――っ! って笑いながら大太刀を振るい、また一人吹き飛ばされていった。


 ふざけんなっ……ってミスリルの剣の柄に手をかけ、歩き出そうとする俺をリョウが止める。

 

「師匠……ダメです」

「何がだよっ?! ふざけんな」

「アイツらは俺らが止めます。その間にムスタフ軍を追いかけてください」

 リョウが必死な様子で抜剣している。


「大丈夫ですって、少しは弟子を信用して下さいよ。俺にだって守りたい女はいるんスから」


「格好つけてんじゃねぇよ。アイツは俺がやるっ、おまえリョウじゃ――「何ンスか? 無理だって言うつもりですか?! なんでまだわからないンスかっ? アンタにしかできない仕事があるだろっ?!」……おい……」


「いつだってアンタは絶対無理をひっくり返して来たじゃないっすか? オレだって、逃げ回って終わりじゃないんスよっ、ちったぁ弟子を信じろって!」


 なんだってんだ……?


「リョウ隊は戦闘準備っ」

 思った以上に広くなった弟子リョウの背中を見送るしか出来なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る