弱目にカノン・ボリバル

(前回のあらすじ)

 ムスタフ軍はコウの操るスカイ・ドラゴンのスンナとゴシマカス軍に挟撃される。


◇◇


「ドラゴンからブレスッ……」


 声が上がったときには、前方を小走りに走っていた第三中隊が宙を舞っていた。


 閃光とともにドォォォンッ、と言う爆音と熱波があたりを吹き荒れる。


「くっ……ッ」

 風圧で鼓膜を持っていかれないように耳を覆う手のひらから垣間見えるのは、憤怒に歯を食い縛る顔。

 

「魔導官のシールドはまだかっ?」

 十将の一人が声を張り上げ、上空を見上げながら敵影を探している。

 ムスタフ将軍は足を緩めることなく、森の中を進みながら上空を指した。

「シールドはあとだ。共鳴波ジャミングを放て」


 共鳴波ジャミングとは、方向感覚を狂わす撹乱魔法だ。以前ゴシマカス軍がヒューゼン共和国のワイバーン空軍に放ち、戦果を上げた。

 彼らは兵器を用いずとも自前の魔法オリジナルで放てる。


共鳴波ジャミングよーいっ」

共鳴波ジャミング用意ーっ」

共鳴波ジャミング用意――っ」


 復唱が終わると陽炎が沸き立つ。


「放てっ」

 十将筆頭の声が響くと、キーーーンッと空気が振動を始める。渓谷に爆風が舞い上がった。

 

 パァァァ――ンッ、弾ける音とともに共鳴波ジャミングが発動し、白銀の花びらが舞う。

 渓谷一帯が白銀の花吹雪で覆われた。それは撹乱するばかりではない。

 索敵の魔法も拡散させ目視すら難しくさせる魔法。


「全軍は早足を継続っ、魔導官はドラゴンの位置を捕捉せよっ」

 猛威を奮っていたドラゴンのブレスが途切れている。


「対ヒューゼンに用意していたものが、ここで役立つとはの」

 ムスタフの呟きは余裕すらある。

 すでにコウの操るスカイ・ドラゴンへの対処を見出していた。

 魔導官の捕捉したスカイ・ドラゴンは明らかに軌道を乱している。


「もたつくなっ、森の中へ全軍戦闘機動っ。小隊ごとに分かれて魔口ダンジョンまで後退、的を絞らせるな。――友軍ヒューゼンへの信号弾を放て」


「後続のゴシマカス軍への対処は?」


魔口ダンジョンまで誘い込め。それまでは個別に対処だ」


「「御意っ」」


 三色の信号弾が打ち上がる。

 一つは個別対処、一つは転身、もう一つは友軍への信号弾――。

 事前に取り決めてあればこその伝達手段だ。


 全軍がムスタフ将軍の意図を理解する。


魔口ダンジョンまで戦闘機動っ」

魔口ダンジョンまで戦闘機動ーっ」

魔口ダンジョンまで戦闘機動――っ」


 縦長に伸びるムスタフ軍が小隊ごとに割れて、森の中へ走り込んで行く。


「友軍からの折り返し伝信がありました。」

「読み上げよ」

「ワレ・シハントキ(三十分)ゴ二・セッテキ(接敵)ス」


「発信者は?」

「第二空挺大隊参事、カノン・ボリバル殿でありますっ」

 駆け足をしながらの報告に乱れがちな声にも、


「ほう……あの?」

 ムスタフ将軍はニヤリと笑った。


 


◇◇コウ目線です◇◇


『やるね――ボクの索敵も役に立ちそうにない』

 スンナの念話に眼下の銀色の花吹雪を見下ろす。時刻は正午過ぎ。

 日を反射してキラキラと輝く銀色の花吹雪が舞う。


「対処が早すぎる――あの共鳴波ジャミングごと焼ききれないかしら?」


『やってみる』


 キューーーンッ、とスンナの口に向かって魔力が集まるのがわかる。


『行くよ』


 目を覆うばかりの閃光の洪水が銀色の花吹雪に放たれた。銀の花吹雪を渦のように巻き込んで消えるブレス。ドォォォン……ッ、と爆音が渓谷にこだまする。


「やった――?」


 散り散りに飛び散ったはずの銀色の花吹雪は、大きく空いたその穴をたちまち飲み込んで、もとの状態に戻っていく。


『どうやら魔力を拡散するタイプみたいだ』

 少し悔しそうなスンナの念話が届いた。


『それに……別の敵が現れた』

 コウは素早く索敵を伸ばしていくと、共鳴波ジャミングで阻害された森の入り口あたりの上空から禍々しい魔力が急接近してくる。

 

「キシャァァァァ――ッ」

 甲高い鳴き声とともに空気がゆらめいた。これは高周波? ってことは……。


『ワイバーンだ。この波長はあの時と同じ』

 スンナの緊張した念話が届く。あの時――それは前回私たちが撃墜されたバンパ戦線の時に感じた波長と同じということだ。


「カノン・ボリバルが出てきたってことね」

 忘れたくても忘れられない仇敵にして敵の魔法をキャンセルさせてしまう異能『遮断』の遣い手。


 どうする――?

 今はムスタフ軍を追い込むのが優先事項だ。だが、このまま放っておける相手ではない。


『コウ、行くよ』

 スンナがヴォォォォ――ッ、と咆哮をあげる。

 彼にとっての雪辱の相手。

 彼にとって借りを返す以外の選択肢は無さそうだ。

 意外と根に持ってるんだ? と、思うけど、自分の中でももう答えは出ていた。


「で、あるか!」


 はやる気持ちを言葉にすればそんな感じになる。


◇◇カノン・ボリバル目線です◇◇


「ワレ・シハントキ(三十分)ゴ二・セッテキ(接敵)ス」


 と信号弾への返信を打った後にフ……ッと嗤う自分に気づく。

 今接敵するスカイ・ドラゴンと言えば、テイマーはコウに違いない。


 一度ならず二度も交えるか?


 もはや因縁の仇敵とも言える。コウヤの相棒バディにしてゴシマカスの英雄。

 日陰者として使い捨てにされた自分との格差に、仄暗い炎が沸き起こる。確かにパートナーのコンガを屠ったのは魔王オモダルだ。


 だが、全てはコウヤとコウの盟友オキナを攫ったことから始まった。

 八つ当たり? ――そうさ。

 だが、ぬくぬくと生きながらえるパートナーのかたきたちが。


 ともに進もうと夢見た未来をぶち壊して、栄光にまみれてその一生を過ごす?


「コンガ……許せないよな? おまえを逝かせた相手をそちらに送ってやるよ。力を貸してくれ」


 ビーコンがけたたましい音を立て接敵を知らせる。目の前に妖艶に微笑むコンガの姿が浮かんだ。

 なにやらオレに言いたいことがあるようだ。それが凶なのか吉なのかはわからない。


 だが、コイツらだけは――。

 ゴシマカス王国だけは道連れにしてでも屠らねば、胸の中の仄暗い炎は治りそうにないよ。

 

 ワイバーンの飛行鞍の中で、操縦桿を両足で操りながら左手を突き出し魔力を錬成する。

 射程に入ったビーコンが、マーチを奏でる。


 コンガ……行くぞ


『遮断――っ』

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