魔人軍の死闘

(前回のあらすじ)

 コウヤを炙り出すために、渓谷の両岸の崖を攻撃した魔人軍。だが火山弾ボルガニックで崩れ落ちた崖からアイアン・ゴーレムを呼び出してしまう。


◇◇


「ずいぶん舐められておるようだの?」


 ムスタフがその大太刀を引き抜くと、十将が一斉に剣を抜き放った。


「退け。怪我をするぞ」そう言いながら、前に出るとアイアン・ゴーレムと対峙する。その背丈は二メートルを優に超すが、ムスタフ自身も二メートルを超す巨漢。

 不意にアイアン・ゴーレムの顔の中央に空いた五円玉の穴のような口が輝いた。


 バビゥッ……。

 あの時コウヤたちを襲った熱線だ。

 岩をも貫通するそれが至近距離で放たれた。ムスタフ将軍のまとう特殊な鎧といえど、ちり紙ほどの意味もなさない。


 あたりの魔人たちもあまりに唐突な出来事に、動きを止めていた。

 熱線が……ムスタフ将軍に?

 ムスタフ将軍?!


「ムスタフ様っ」


 我に帰るとムスタフ将軍を一斉に見る。

 すると左手を前に突き出し、その魔力でアイアン・ゴーレムの熱線を弾き返したムスタフの姿があった。


「たかが傀儡のくせをしおって。初っ端から舐めたことをしてくれるっ」


 鬼の相貌に変わり、ブンッとその姿がブレて消える。

 一瞬にして間合いに入り込むと、手にした大太刀でアイアン・ゴーレムの頭が眉間までかち割られていた。


 タンッと音が鳴るとその首が飛び、ガラガラと音を立てて崩れ去る。

 

「眉間じゃ。眉間を狙わせよ。そこが奴らの弱点じゃ」

 そう言ってクルリと背を返し元の場所まで戻っていく。魔人軍において将軍とは強さの象徴でもある。

 自らの手でアイアン・ゴーレムを屠ってみせたのは、怖気付いた兵たちへの鼓舞のつもりでもあった。

 我に帰った士官たちが一斉に指示の声を上げる。

 

「眉間を狙えっ」

「眉間だぁ――っ」

魔弾ショットガンよーい」


 魔人たちが練る魔力で、急激に魔素が集中し陽炎のように空気が揺らめく。

 

 アイアン・ゴーレムがカクカクと首を回しながら、その敵意を認識した。

 熊手の先に短刀をつけたような長い手を突き出す。


「ぐゎぁぁぁ――っ」


 悲鳴が上がったのは魔人軍の方。

 あり得ないスピードでその十二の関節に分かれた長い腕が伸び、その先にいた魔人たちが刺し貫かれている。

 シュッ、と伸びた腕が元の位置に戻ると、カクカクとその首を揺らし五円玉の穴のような口から閃光が走った。

 バビゥ……ッ。

 空気が沸騰する。

 と、少し遅れて前衛にいた魔人たちが吹き飛んだ。


 バビゥ……ッ。バビゥ……ッ。


 次々とその口から熱線が発せられていく。


「「「ぐぁぁっ」」」


 悲鳴を上げられた魔人はまだ良い。

 熱線が走るたびに着弾したあたりが、急激な熱膨張で爆発する。


 ドンッ、ド――ンッ。


 と空気が震えそのたびに魔人が空を舞った。

「魔力錬成――ッ」

 おそらくそれを聞く者はいないだろう。人間ならば――。

 十将筆頭が声を上げる。


「魔力錬成――ッ」

「「「魔力錬成――ッ」」」


 裏返った声で悲鳴を上げながら復唱が続く。

 魔人軍の、いやムスタフ軍の魔人たちは手足をもがれても勝利を諦めない。

 やがて充分な魔力が練り上がると、待ち侘びたように十将から声が上がる。


「目標っ、ゴーレムの眉間」

「ゴーレムの眉間」

「ゴーレムの……グボッ!」


 復唱の間にもゴーレムの腕は関節の間にある樹脂を伸ばして、それが届く範囲の魔人を串刺しにしていく。


「「「「ぇ――ッ!」」」」


 ズパパパパパパ――ンッ! 閃光があちこちで巻き起こり、魔弾ショットガンの低い発射音が渓谷にこだました。

 キュンッ、キィンッ、と甲高い音を立てて火花と、その跳弾が地面を穿ち土埃を巻き起こす。


「ビィ……」


 関節を砕かれたのかアイアン・ゴーレムが横倒しになると、そこにも雨あられのように魔弾ショットガンが降り注いだ。


 キュンッ、キュン、キィンッと鋼鉄と魔弾ショットガンの奏でる甲高い音があたりを支配し、アイアン・ゴーレムの身体が衝撃で揺さぶられる。

 

「ビィ……」

 十二の関節からなる鋼鉄の長い腕を伸ばして、その身を守るように振り回すが、やがてその腕も関節のことごとくを魔弾ショットガンで砕かれ吹き飛んでいった。


「撃ち方やめっ」

「撃ち方やめーっ」

「撃ち方やめ――っ」

 

 パパパパ……ン。

 号令とともに閃光が止み、土埃が沢の風に吹き流されていく。


 あたりには点々と黒々とした鋼鉄の塊が転がっている。あとは鉄の焼ける匂いとバチンッ、バチンッと何かが弾ける音と、沢を吹き抜ける風の音だけ。


「や、やった……のか?」


 誰かが呟いた。

 誰もがそう思いたかった。

 魔人といえど、さすがに魔弾ショットガンを連発したせいで、言いようのない頭痛そして吐き気、視界がぼやける――典型的な魔力切れの症状を起こしている。


「や、やったぞっ。我らの勝……ボガァ!」

 気の早い雄叫びを上げようとした一人の魔人の喉が切り裂かれた。


 横たわっていたアイアン・ゴーレムが突然立ち上がり、その長い腕の関節を伸ばし魔人の喉を切り裂いている。


「ビィッ!」


 次々と立ち上がるアイアン・ゴーレム。


「み、味方の身体を盾にしていただと……?!」

 

 驚きに目を見張る小隊長が最後に見た光景は、アイアンゴーレムから伸びる鋼鉄の腕。

 それを見た別の士官から声が上がる。


「怯むなっ、魔力錬成っ」

「ま、魔力錬成ーっ」

「魔力――ごはぁっ!」


 次々と矢のように伸びるアイアンゴーレムの腕に刺し貫かれる魔人たち。ただでさえ魔力欠乏症に陥って動きが鈍っていた。

ここまで見守っていたムスタフが動く。

 

「前列と中列を入れ替えよ。(隊列が組み上がるまでは)盾兵は前に出て壁を作れ」

 

 非常時のみ部隊長を飛び越えた緊急指示。それが方位石で『ここに盾兵を並べよ』と意味するラインで示された。

 部隊の中でも盾兵は防御の要だ。

 それを緊急とはいえ、強制的に徴用し動かす。それはムスタフ軍がそこまで追い込まれていたも同然。

 部隊そのものが危険に晒されるその指示を、部隊長たちはそう受け取った。


「盾兵は前へ――っ」

 ゾクゾクと押し寄せる壁を、アイアンゴーレムたちは首をカクカクと動かして迎える。

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