鬼女


(前回のあらすじ)

 モンたちの援軍が駆けつけるも、目の前には幾千もの敵軍。

 絶体絶命の中、俺の中のもうひとつの存在『軍神アトラス』が顕現けんげんしライガの大太刀を跳ねのける。限界を迎えた俺はモンに担がれたまま逃げ出した。


◇◇コウ目線です◇◇


『コウッ、――離脱して』


 そう念話を残して、スンナは森の中へ消えていった。

 滑空を続けながら、スンナの消えていった方角を見ていた。森の形状、太陽の位置、目印になりそうな川や大きな木。

 少しでも早く救出に迎えるように『スンナ』の消えたあたりを記憶に刻み込んだ。


『スンナ、必ず助け出してやるからね』

 

 そう祈るように念話を送ると、少しでもゴシマカス軍の近くに降りるために操縦桿を握りしめた。


◇◇◇カノン・ボリバル目線です◇◇◇


『スカイ・ドラゴン・ゲキツイ・セリ』

 通信石に打ち込むとすぐに返信が返ってきた。


『コウゲキ・モクヒョウ・マドウシ・コウ』

 思わず目を剥く。

 

 嫌な予感がした。

 

 “彼女アヤツは鬼女だ”

 ヒューゼンとの橋渡しで魔人国宰相のライチ公爵と面会した時、そう語っていたのを思い出したからだ。

 その時の話題は嫌味を混ぜつつも『カグラ』での攻防が上がった。


 そもそもあの時の敗因はなんだったのか?

 

 あの乾いたしわがれ声で、ミイラのようにカサカサな顔の皮膚を歪めてライチ公爵は語った。

 

「敗因の分析もできないなら名ばかりの将にすぎん。そんな者から手を組めと言われて来ても困る」


 もちろん魔王オモダルのコウヤへの憑依が一番なのだが――ライチ公爵が言い淀んでいる。


「事は一人の女を起点に崩壊が始まった。そう思わないかね? カノン・ボリバル?」

 

 ライチ公爵の傲岸な態度も気に入らなかったが、たかが一人の人族の女に獣人の猛者たちが崩壊させられたと言われては面白くない。


「なんの話だ? 魔道士コウは俺(カノン・ボリバル)を拘束したにすぎない。敗因は魔王オモダルがコウヤに憑依ひょういし、異次元の魔力で俺たちを蹂躙じゅうりんしたからだ」

 くだらない、とばかりに鼻を鳴らしてやる。

 ほう? と、小馬鹿にしたように鼻でわらいライチ公爵は話を始めた。

 

「わからんか? オキナを救い出したのは誰だ? コウヤの中の魔王オモダル様が覚醒したのはなぜだ?」


「『カグラ』でお前がコウを傷つけたところから、魔王オモダル様の覚醒は始まった」

 つまり――とつづける。

 

彼女アヤツは“鬼女”だ。彼女アヤツに手をかけた事で、勇者コウヤは自らの命すら投げ出して鬼と化した。戦後、オキナはコウのために全軍を動かし全ての獣人を捕縛した。あの女に危害を加えれば二人の鬼があらわれる」

 だから――あの女は鬼女なのだ。

 

 とライチ公爵言い「上手く運ばねば、次はお前を食いつくしてしまうやもしれんのう?」

 と笑った。

 

 ヤツの言う“鬼女”とは“敵対するものに敗北を呼ぶ不吉な存在”そういう意味らしい。

 なにを馬鹿な――と、その場はそれだけで終わった。

 結局、フィデル・アルハン議長との橋渡しは成立させることはできたが、喉に刺さった魚の骨のように心のどこかに止まっていた。

 

『モクヒョウ・ヲ・カクニン』

『ヒガシ・ニジホウコウ・キョリ・ナナヒャク』


 次々と表示される通信石からの指示に我に帰る。

 俺(カノン・ボリバル)はコクピットから見える全方位を見回し、友軍機の位置を確認して所定の位置までワイバーンを飛ばした。


『モクヒョウ・テキグンノ・ジョウクウニツキ・タイチジョウセン・ヨウイ』

 指令が次々と通信石が照射される。

 上空からみると、敵の張ったシールドで右軍は中央軍と分断され、まばらな塊があるくらいだ。

 おそらくここを通過するだろう。


 俺たちの第二空挺部隊と、第三空挺部隊は二重の螺旋をえがくようにその上空をまわり始めた。

 すでに目標は捕捉している。

 茶色い補助翼を広げて糸の切れた凧のようにフラフラと飛んでいるアレだろう。

 第三空挺が螺旋状に降下していく。


「ギャァァァァ――ッ」

 ワイバーンの高周波が放たれていく。

 そのたびに魔道士コウの乗った飛行鞍は薄く光り、シールドが反射して弾かれているのがわかった。


 やはり俺(カノン・ボリバル)の異能――『遮断』をかけねば、あのシールドは破れまい。近くを飛んでいたコティッシュ(第二空挺の小隊長)の機に寄せて並列飛行する。

 こちらに視線を向けたコティッシュに『オレ・ガ・イク』とハンドサインを送ると大きく頷いた。


 さぁっ、覚悟は良いか?

 魔道士コウよ。あとからコウヤもオキナも送ってやる。英雄にふさわしく散れ!

 高度を下げ、飛行鞍に接近していく。

 地上からは敵の光の矢ライトニングが散漫的に放たれるが、高速で移動するワイバーンにはかすりもしない。

 左手を伸ばすと魔力を集中させて、遠くビー玉ほどに見える飛行鞍を握りつぶすように拳を握りこんだ。


 異能――『遮断』

 さっきまでワイバーンの高周波を弾いていたシールドが消えた。


 上空から見ているであろうコティッシュから、攻撃の通知がされるはずだ。


 さっさとけ――そう思った時だ。


 ドンッ、ドンッ、バーンッ!


 という轟音と閃光。そして衝撃が襲ってきたかと思うと、ワイバーンが激しく羽ばたきコクピットの中でもみくちゃにされた。


 なっ?! なにがあった?

 なにがどうなっている?!


 羽ばたきが止みフード越しに見える空の色から、ワイバーンがかなり上昇しているのがわかる。

 機体を傾けて眼下の様子を探ると信じられない光景が広がっていた。

 先行して攻撃していた第三空挺が火だるまになって墜落している。

 そしてそのまわりには、バンッ、バン、ドンッ! という破裂音とともに、綿菓子のような黒い黒煙がひっきりなしに広がっていた。


「VT信管か……。しかも十時砲火だと? 俺たちはめられたのか?」

 

 コウの乗った飛行鞍の上空に敵の本陣、左軍のさらに左手の奥あたりから砲撃が続いている。

 魔道士コウを餌に罠に誘い込まれたのだ。


「くそっ」


 さっきの急上昇の時に切ったのだろうか?

 俺(カノン・ボリバル)の口の中にびた鉄のような苦い味が広がった。

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