布石
(前回のあらすじ)
敵のリヨン将軍と剣聖ビショップを倒したものの、一万の敵の中に取り残されたコウヤ。
金属兵を先頭にしたカイ(コウヤの婚約者のお父さん)が敵のシールドを破壊し、左軍の本陣を陥れることに成功した。
◇◇
それからのカイの行動は早かった。
「リヨン将軍っ、剣聖ビショップも討ち取られだぞっ。投降するものは命まではとらんっ。武器を捨ててその場に
四方に人を走らせ義勇軍の勝利を叫んでまわらせている。
「本陣は我ら義勇軍の手に落ちたっ、無駄な抵抗はやめよっ」
「デタラメをいうなっ」
「そんなはずがあろうものかっ」
なかには闘志を剥き出しに逆襲に転じようとする者もいる。
「抵抗する者には容赦せんっ」
騎乗したままライトニング・ボウを突きつけ、
「魔道士がシールドを張ってくれる方に賭けてみるか?」と
「くっ……」
みるみる敵の勢いがなくなり一人、二人と武器を置き投降が始まった。
ここらへんは風の民は上手いんだよなぁ。
◇◇◇
こちらの流れなんだが、カイは厳しい顔のまま油断なく敵の動きを見ていた。
「婿殿よ、
“吠えのスケ”くん以外の投降兵は放置して後続と合流した方がいい――と言う。
無茶な突入をしてきた以上、こちらが
敵もバカじゃない。
「いや……ソイツは良くねぇな。カイさんよ、アレを見なよ」
剣で指し示した先に小山のように立ち上がったブラックドラゴンの姿があった。
「ド、ドラゴン……」思わず後ずさりながらカイがうめく。
「混戦が解けたらドラゴンは遠慮なくブレスを吐ける。下がって合流した時点で、まるごと焼き払われるかもしんねぇな?」
カイの頬がピクッと引き攣った。
「分散しますか?」
ゴクリッ、と唾を飲み込んで言う。
被害を少なくするために分散して後退するのか? と言う意味だ。
手をヒラヒラさせてそれも却下する。
各個撃破されて終わりだ。
パカラッ、パカラッと馬蹄をひびかせ、風の民の戦仕立てをした男が駆け込んできた。
「コウヤさんっ、早く撤退しないと退路を断たれますぜっ」
後退できるか否かのギリギリまで、退路を支えていてくれたらしい。
「魔道士のいるところまで引きましょう」さすがに顔色が悪い。
「うんにゃ、
「「はぁぁぁっ?!」」
「一人で行くわけじゃないさ。獣人たちと投降した連中の装備を身につけて敵に
カイさん、金属兵に“風の民”を護衛させるから、リョウと魔道士のところまで戻ってくれないか? 魔道士に頼みがあるんだ」
「バレたら敵のど真ん中だ。蜂の巣にされちまう! 婿殿……まさか我らを脱出させるために無茶を?」
「無茶もするさ。ここまで敵が崩れてる今が本陣を陥すチャンスだからな。シンッ、モンッ、ちょっときてくれ」
二人を呼び寄せると作戦のあらましを話し、獣人を二十人ほど選んで投降者の装備を身につけるよう指示した。
カイをチョイチョイと手まねきして、その場にしゃがみ込むと
「適当なところで狼煙石で知らせるから、そこに魔道士を使ってこんな感じ――で、シールドを展開して欲しいんだ」
ザリザリと敵の位置とシールドを張る方向を地面に描いてみせる。
「正気ですか婿殿?……」気でも狂ったのかと口をパクパクさせている。
まぁ、頼むわ――と片手で拝んでニパッと笑った。
そしてっとぉ。
海亀を左手に変化させると通信石を取り出してコウとオキナにメッセージを打つ。極度に緊張した状態が続いていたから、手がこわばって文字を打つのに苦労した。
ふいぃっと息をついている間に『了解』と返信がある。
さて――。
「カイ、頼みがある。俺たちをアソコまで追い立ててくれ」
指揮官を失いデタラメに中央軍へ走る一団がある。
「偽装すると?――心得ましたぞ婿殿。ただ、無茶はやめてくだされよ」と眉をハの字にして肩に手をそっとそえてきた。
それじゃあ行くか? シンとモンに顎をしゃくるとギラリとした笑顔で返してくる。
一気に本陣をおとす。
シッ、と食いしばった歯の隙間から息をはくと、敗走する連中目がけて駆けだした。
◇◇
ドラゴンは上から見ると、トライアングルの陣形をとっている。
そのトライアングルから真っ直ぐ後方に下がったあたりにヒューゼン陸軍第一師団の本陣があった。
「旦那、ここからじゃ見えないですね」
モンが目を細めてささやいて来た。
事前に敵の布陣を頭の中に叩き込んでいるが、今の俺たちの地上目線では見えない。
「そこにディストラクションをぶち込めば、終わるんだがな」
なんせ敵の右軍があたりを右往左往しているから、そいつらが邪魔になって本陣の位置がわからない。
本陣を落とせばドラゴンは制御を失う。
そのドラゴンを制御しているのはテイマーだ。コントローラーと思えばよい。
本陣にテイマーを配置するのは、ドラゴンを操作できる距離の問題があった。
完全にドラゴンを操れるのならば、真っ先に突入させた方が良い。それをしないのは離れすぎると制御を失うからだ。
だからドラゴンを連れた戦隊は本陣の盾として、また後衛からの長距離砲としてドラゴンを配置してくる。
ドラゴンを率いる魔王軍と戦った経験上、ゴシマカス軍はそのことを知っていた。
「で、デケェ……」
まじかで見るドラゴンはさしもの獣人たちも言葉を失わせていた。立ち上がると地面から二十メートルはあるのだ。怖気付くのも仕方ない。
「どした? ブルったか? 今さら逃げようって――」
からかう俺の言葉を制してシンは黙って空を指を差した。
「スカイドラゴンです」
目を細めてシンの差したあたりを見ると、胡麻つぶくらいの大きさでスカイドラゴンが旋回しているのが見えた。
「よしっ、本番だ。モン、盾兵で俺のまわりに壁を作ってくれ。目立たないようにできるか?」
オキナにお願いしたのは、コウの乗るスカイドラゴンの誘導。そしてコウにお願いしたのは、本陣のマーキングだ。
「あっという間に終わらせてやるよ」
ふふんっと笑ってみせた。
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