義勇軍

 「二百億イン準備して来た。国軍が動かせない今、僕の私兵として動いて欲しい」


 「「はぁぁぁ?!」」


 サユキ上皇が辺境の地『ミズイ』までやって来た目的は、俺たちを傭兵として雇い入れたいと言った要望だった。


 「……その、我らを傭兵として雇い入れたいって事で?」


 「うむ。国軍が動けずにいる今、その備えで私の命令で動かせる軍を手元に作っておきたくてな」


 それに――

 「素人の無茶な作戦に参加させて、無駄死にはさせたくないんだよ」と俺とコウの肩に手を置いた。


 「召喚した上にこくな思いをさせてしまっている」  


 すまないな――。

 言葉にはしないが目で語ってくれた。サユキ上皇の私兵である以上、『白い騎士団』も国軍も内務省すらも迂闊に手は出せなくなる。

 俺らにサユキ上皇が後ろ盾についてくれた事を意味する。

 立場上、その発言は制限されているが、言葉にされるよりグッとくるものがあった。



 「当面はヒューゼン対策だ。オキナ、作戦と指揮は君に任せる。あと組織編成と戦力の確保もだ。兵器の調達は『ゴシマカス魔道具開発』のファティマを頼ると良い」

 そう告げると、スッキリした顔になり立ち上がった。


 「細かいところはムラク(前防衛大臣・現伯爵)とすり合わせしておけ。国軍の指揮権を奪って連携が取れるようになるまでだ」


 「「「は?!」」」


 今の発言は重い。

 国軍の最高司令官はウスケ陛下になる。それを排除してしまえと言ったのと同じだ。


 「――だが、出来るだけ穏便に頼むよ」

 うーんっと伸びをしながら世間話のついでのように言い放ち笑う。


 「さて、ぼちぼち戻らねば近侍たちがうるさい」 

 

 空気を察したオキナが慌ててゲルの入り口の敷布を上げてウスケ上皇の通るスペースを開ける。


 「ヒューゼンが仕掛けて来るとすれば、あとひと月後。年末のミサのあたりか?――それとも王族一同が揃う一般参賀か……? それまでに準備を整えておけ」

 魔法陣のあたりまで戻りながら、サユキ上皇が告げている。

 コウを呼び魔法陣を展開させると、こちらにクルリと向き直り沁みるような笑顔を浮かべた。


 「世話になった。風の民、草原の民の同胞たちよ。また会おうっ」そう告げると発動した魔法陣の光の滝の中に消えた。


 ◇◇


 ども~~~~っ!

 偉いことになってきて、ちょっとおかしなテンションになんているコウヤ君だよっ!

 みんなっ、風邪なんか引いてないかなっ? 


 俺? もう寒気しかしねぇよ。


 ウスケ陛下を倒すのは良い。

 アイツは一回殴らなきゃ気がすまねぇ。だけどまた獣人の自治区へ出向かねばならなくなったワケよ。

 遠いんだわ――。騎乗しても四日はかかる。

 なんの話って?

 少し経過けいか端折はしょって話そうかな。


 オキナがサユキ上皇の命を受けて、義勇軍(傭兵)の招集と編成に乗り出した。

 二週間は記憶が曖昧になるほど忙しかったんだぜ。


 オキナが打ち出した構想はこうだ。


 風の民、草原の民を一軍とし、軍団の長はカイが引き続き率いる。

 獣人の自治区から義勇軍を募り俺が率いる――ってワケで義勇軍をスカウトしに行かなくちゃならない。


 全体的には一軍、二軍に分け、連合軍にするつもりらしい。雑多な連中をまとめるにはこの構成が良いそうだ。

 ちなみにオキナはムラク伯爵(前防衛大臣・現伯爵)から助力を取り付け、伯爵家のプロの士官五名と下士官クラスを百名ほど回してもらっている。

 この人たちを指揮官として、中隊や小隊を編成し訓練するつもりらしい。


 恐るべし国家権力コンビ。


 コウは兵站を調達するためブロウサ伯爵と密談に出かけ、サイカラは『ゴシマカス魔道具開発』へ兵器と装備の買い付けへ。


 「形は出来ると思うんだけど、風の民と草原の民を主力として五千、獣人の義勇軍は最低五百は欲しい。総勢一万人クラスのボリュームが欲しい。あとは……あそこから調達するしかないな」


 「あそこってどこだよ?」


 「『ミズイ』さ」


 「は? あそこは直轄地へ組み入れられたから、国軍しかいねぇぞ?!」



 「だからこそさ――。今近場にいる戦力でまともに働けるのはあそこにしかいない」

 本来なら根回しを十分にしたいところだが――。少しオキナは考えて地図を広げる。


 「ヒューゼン共和国が攻めて来ると喧伝して、義勇軍として協力する形を取る。

 表向きカイ殿に大将を勤めてもらって我らは表にでなければ無用なトラブルは防げる筈だ。実質あそこの部隊を取り込む」


 それに――と俺を見て、「懐かしい顔とも会えるかもしれないしな」と笑う。

 追われたとは言え、天才軍師で名を馳せたオキナだ。顔見知りだっているかも知れない。


 「ともかく前触れの使者は出した。会談の場を設けられればなんとかなる」そう言ってオキナはオーラン・バータルへカイと二十名ほど引き連れて出かけて行った。


 俺はと言えば、リョウと風の民から二十名ほど引き連れて獣人自治区へ到着した。


 「師匠ッ、遅いからッ。泣き言ばかり言ってるから遅くなるんすよッ」


 「やかましいっ。お前らみたいに五歳から馬に乗ってるわけじゃねぇんだ。ちょっとは加減しろっ」


 全く軟弱なんだから――っとリョウは先触れに出かけた。


 「なんだか久しぶりな気がするね」っと例のごとく着いて来たナナミが笑う。


 笑えるアナタもどんな体力してるのよ?


 バカラッ、バカラッ、と馬蹄の音が戻って来た。

 「ん――? リョウのヤツ、やたら戻って来るの早いんじゃねぇか?」

 近づいて来たリョウに馬を寄せる。


 「師匠っ、なんだか様子がおかしいですよ。呼びかけても返事がない」


 「代官のモーリーはいなかったのかい?」


 「それが返事がないもんで、なんとも……」


 「しょうがねぇな。ナナミっ、ここで待っていてくれ。リョウと二、三人着いて来てくれるか?」

 馬首を自治区に向けて走り出した。


 まさか暫く来ないうちに盗賊団に早変わりしたんじゃねぇだろうな? 俺が領主をクビになったと聞いて、早まった事をしてなきゃ良いが……。


 通信石で出した送信には『歓迎する――』と返信があった筈だ。俺は嫌な予感を振り払い、板塀に駆け寄ると声を上げた。


 「オイッ、俺だっ、コウヤだっ。話があって来た。門を開けてくれっ」大声で呼ばわる。


 「ま、待ってくれっ」

 

 「今開ける」


 焦った様子の声が帰って来る。粗末ながらも鉄鋲を打ちつけた扉がゆっくりと開いた。


 


 そして今――。

 俺の目の前には見たくもない懐かしい顔がある。


 「よう……。生きていやがったか? ライガ」


 そう。

 獣人自治区に入った途端、張り巡らされた板塀の中から出てきたのは代官ではなくライガだった。


 「少しばかり遅かったようだな?」


 グルグルッと喉を鳴らしながら、抜き身の大剣を肩に担いで奴は牙を剥き出しにした。

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