救出

 『お狩場』でサユキ上皇と面会を果たした俺は、上皇からオキナとコウを救出する策を授けられる。

 事態の打開を図るサユキ上皇は、

 お灸を据えてやらんとな……。と笑った。


◇◇ガンケン・ワテルキー目線◇◇


 「サユキ上皇様がせていらっしゃる……?」

 私(ガンケン・ワテルキー)は眉をひそめた。


 「はっ、やまいわずらわれたと。起きる事もままならないとおになられています」

 報告に来た『白い騎士団』の男がひざまずいたまま医師団の記した診断書を差し出す。


 「それで命に別状はあるのか?」


 「いえ、今は小康状態との事。しかしながら、医師の見立てでは未知の病につき誰も近づかせるなと」


 「伝染うつる病だと言うのか――?」


 なんとタイミングの悪い。

 神託が降りる前に、サユキ上皇が神輿みこしに担ぎ上げられて騒動が起こらぬ為と政治活動を自粛して頂いていた。

 不埒ふらちな輩が出入りする事がない様、『白い騎士団』で周りを固めていたが――。

 事実上の軟禁。

 当然、その事に眉をひそめる者も多い。

 このタイミングでせられては、「すわ――暗殺か?」と、勘繰る貴族どもも出てくるかもわからない。


 「そんなバカな――。『お狩者』に同行した者からは、『熊を仕留めた』と聞いたぞ? 変わったご様子もなかったそうだが……。今からご様子を見に行く。君、先触さきぶれを」

 見舞いに行く旨の通知書を書き上げて手渡す。


 「ははッ」私の通知書を受け取った男は小走りに執務室を出て行った。リリリンッ、と手元のベルを鳴らし宮廷従者を呼ぶ。

 十二、三年勤務のベテラン女官だ。

 宮廷の行事に精通し、出入りの業者を把握しているから側付きにした。

 

 「この金で見舞いの品を」金貨を袋に入れると、「急ぎだ。四半刻(約二十分)でそろえろ」とチップも握らせる。

 こちらの意向を聞きたげな顔をしていたが、さっさと行けと手をヒラヒラさせ追いやった。


 もし、このままサユキ上皇が崩御なされたとしたら――。

 大丈夫だ。

 国葬を盛大に取り行う事で、ウスケ陛下が権力を正式に掌握できたと内外にアピールできる。


 災禍への備えは既に始めている。

 貴族どもを取り込む為に『災害対策準備金』なる基金を設けて、ばら撒いた。

 あとは自分たちの領国の事だ。例え『災禍』で被害が出ても王宮への非難は起こるまい。

 

 くうッ、と奥歯を噛み締め『白い騎士団』で採用した礼服に着替える。白を基調としたハーフコートを羽織ると、慌ただしく駆け寄る足音がした。


 「ダンケン団長ッ、ダンケン様っ」

 

 なんともせわしい事だ。

 イラつきをおさえるために、少しゆっくりと振り返った。

 

 「今度はなん……。緊急か?」


 「内務省にガサ入れ(緊急監査)が入った様ですッ」


 「だから、それが我ら『白い騎士団』に何の関係がある? これからサユキ上皇様へお見舞いへ向かう。要件を手短に言いたまえ」

 

 「ハッ! その隙を突いてコウとオキナが姿をくらませた様で……」


 「はぁ?!」



◇◇コウヤ目線◇◇


 (ガサ入れの顛末)


 やぁ! 変装してすっかり西洋貴族みたいになったコウヤだよっ。

 そこッ、そう君だ。

 『無理して演劇に出てる西洋人のカッコしたオッさん』とか言わない。

 『滑るからやめておいた方が良いよ。忘年会のネタでしょう? それ』とか言われても違うんです。


 純ジャパニーズ顔の俺が、教科書に出てくるバッハのような髪型のズラを被っている。

 膝まであるシャツにハーフコートみたいな上着。

 シャツなんか袖先がフリフリで手首のあたりを紫の紐で絞ってある。ボタっとした五分丈のパンツに、白いハイソックス。

 致命的なのがそのハイソックスに黒のローファー。何してんの? と聞かれてもこれが会計局の法服貴族のスタイルだからこのカッコになったんだけれど。


 似合わねぇ――。

 絶対、痛いオッサンだよ。

 コントでしか見たことねぇぞ。こんなカッコ。

 着替えた時、ナナミが顔を真っ赤にしてプルプルしていたけれどもだ。


 会計局の連中と合流した俺は、内務省の建物の前にいた。ガサ入れ(緊急監査)のため職員が出勤して来た所を急襲する。


 「会計局だ。全員そのまま。指示があるまで待機してもらおう」

 ドカドカと乗り込む官服の集団。

 俺はそのうちの一人に紛れて内務省に乗り込んでいた。入り口に入るとガサ入れをする連中と分かれて、地下へ続く階段を探す。


 事務所に乗り込んだ連中と内務省の連中がやり合っている声が背後で聞こえる。

 「おいっ! これはどう言う事だ? 聞いてないぞ」


 「タレコミがあった。全員机から離れて……ていろ――だ」


 背後から聞こえるやり合う声を聞きながら、片っ端からドアを開ける。地下にコウとオキナが監禁されている拘置所があるはずだ。

 ここは俺が召喚された初日にぶち込まれた所だからザックリ拘置所のあった場所は覚えている。


 階段を降りると資料室があってその奥が詰所。

 その奥に取調室があり、その奥が拘置所だった筈だ。詰所を通り過ぎようとした時、上の騒動を聞いて腰を浮かしかけていた職員と目が合った。


 「「……あ?!」」


 「会計局だッ。机から離れて壁際に立てッ」緊急査察の令状を突き出して視界を遮る。


 「え? 何で会計局が……?」


 面倒くさいので殴り倒してやった。

 すまん……。時間がないんだよ。


 不意をつかれた職員が床に転げ落ち、もう一人にも当て身を食らわす。倒れた職員の腰から鍵を抜き取ると、拘置所へ続く鉄格子を開け中に踊り込む。


 「コウッ、コウッ! どこだ?!」


 「コウヤ殿か? コウは別棟にいる。隣の建物の地下だ」オキナの声がした。


 扉を叩く音を頼りにガチャガチャと鍵を差し込み鉄の扉を引き開く。


 「オキナッ、コウの居場所がわかるか? 上は会計局と内務省がやり合っている。案内してくれ」


 「了解した。この建物の裏手だ。着いて来てくれ」駆け出すオキナに続いて走り出す。


 「サユキ上皇様が動いたのか?」駆けながら聞いてきたオキナに「他に誰がいるんだよ」と返してやる。


 階段を駆け上がると裏手に回り、もう一つの建物に駆け込む。


 「コウヤ殿ッ、コウを救い出す前に細工をしよう。施設室に案内する」そう言うと別棟の奥にある施設室に駆け込んだ。


 途中、書類の束を詰め込んだ箱を運ぶ職員ともすれ違ったが、気づいた様子はない。

 監査に引っかかりそうな書類を隠すのに必死なのだろう。


 施設室に入ると鍵ケースを壊して拘置所の予備キーを奪う。魔道具のセンターコンソールなのだろうか?

 自動販売機ほどの鉄箱をこじ開けると、オキナが中の装置を操作している。


 「よしッ、これで暫く時間が稼げる」


 そう言うと入って来た入り口に取って返し「コウヤ殿っ、こっちだ」と再び走り出す。


 「えらい詳しいじゃねぇか?」ふとした疑問をぶつけて見る。


 「軍部と内務省は仲が悪くてね。内部のことは調べ上げているのさ」


 オキナの細工したのは拘束用の魔道具だった。首に巻きつけた皮のベルトが、内務省の建物から逃亡すると締め上げる魔道具になっていたらしい。

 そいつを解除したってワケだ。


 「他にもまだ……。コッチだ」地下へ向かう階段を駆け降りる。


 鉄格子を奪った予備キーで開けると鉄の扉に「コウッ、コウッ!」と声をかけて回る。


 「コウヤかっ? ここだっ」ドンドンっと内側から扉が叩かれる。


 「待ってろっ。すぐに……」


 「コウ、私だ。すぐに自由にしてやる」オキナが駆け寄り予備キーを差し込むと扉を引き開けた。


 「「オキナッ!」コウッ」


 ガッチリと抱き合っている。

 あー。声、かけ辛い。


 「んんっ。んっ! 盛り上がっているトコ悪いんだが、そろそろ逃げねぇか?」


 顔を真っ赤にしている二人を連れて走り出した。

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