お狩場とサユキ上皇と


 晩秋――。

 この頃になるとゴシマカス王国全体が、どことなく落ち着かなくなる。

 間近に迫った年末への準備であったり、人間だけでなく動物や魔獣も冬への備えで活発に動き出す。

 動物たちは冬場を乗り切る為に、体に脂肪をたっぷりとたくわうまみも増す。


 毎年この時期に行われているのが、サユキ上皇の『お狩り物』だ。


 「とても良い陽気だね」

 年に似合わないハツラツとした声がすっきりと晴れ渡った空に響いた。

 サユキ・ド・シマカス。

 上皇にしてゴシマカス王国をここまでの大国に押し上げた『中興の祖』であり、国王のウスケ陛下の実父でもある。

 実子のウスケ陛下に押し込められ、政治的な活動を一切封じられているものの、齢六十五にしても尚その気概は衰える気配がない。


 この『お狩り物』だけは年中行事だから――。

 と、『白い騎士団』の制止を退けてこの『お狩場』にやって来た。


 「御意ぎょい


 従者の一人が恭しく胸に手を当て腰をかがめる。


 「さて、ぼちぼち始めるか?」


 「サユキ上皇様。今日だけでございますよ」

 

 『白い騎士団』を示す薄茶色の紐留めシャツに、白く丈が膝ほどもあるジャケットを着た男が念を押しに近づいてくる。


 「なぁに、約束は守るさ。国民への慰撫いぶが目的なんだからもっと時間は欲しいがね」 


 四十年前、国土統一の大戦で荒廃した国土を立て直そうと始めた第一歩がこの『お狩り物』と呼ばれる行事だ。

 『狩り』と称しては国土のあちこちにある『お狩場』を巡回して国民に声を掛けてまわる。

 貴族のやかましい醜聞をかわすために、この様な行事にかこつけているわけだ。


 声をかけられた者たちは、最初こそ戸惑うもののおおむね王国に対する印象を良くし、時に『辛い目にあったね――』と肩を抱き、

 時に『僕はね。この王国に住む者を世界中がうらやむくらいの国にしたいんだ。――君も力を貸してくれないか?』と語るサユキ上皇に心を奪われる。


 普通なら欺瞞ぎまんと疑われるこの言葉も、力強く手を握るこのおとこに触れてしまうと、不思議と たましいが揺さぶられてしまう。

 そんな男だった。


 「私のライトニング・ボウを」

 既に組み立てられたボウを受け取りフロントグリップに手を添え、肩当てにストック(銃底)を押し当てるとマウントレールの照準を合わせた。

 全体の大きさは大きめのボウガンと思ってもらえばよい。

 

 弓の両端に当たる部分に魔石が取り付けてあり、その魔石から中央の矢に光魔法が照射される。

 光の矢ライトニングはそこで生成。

 中央に備え付けられたクリスタルが両端から集められた光を光魔法に変換して発射する。

 通常のボウガンより射程が長く、連射が効く上に威力はフロントグリップに収められた魔石の魔力で倍化する。

 この光の矢ライトニングボウガンで、この王国は周辺の国々を圧倒し大陸一の大国となった。


 「犬を放て」


 先ほどから狩の雰囲気を感じ取って、バウバウッと首輪を引きちぎらんばかりに興奮していた猟犬が勢いよく飛び出して行く。


 「さて……。どんな獲物が駆り出されて来るかな? 君はなんだと思う?」


 わざとだろうか?

 『白い騎士団』の一人に聞く。


 「さて……。ここの森はさして深い森ではなかった筈。せいぜい野うさぎか何かだと」

 

 「さぁどうかな? 以外と大物かも知れないよ。アウルベアー(顔がフクロウで体が熊。深い森やダンジョンに生息する魔獣)も出たって話だ。

 その時は頼むよ。僕は逃げるからね」と、カラカラと笑う。


 「そんな。おたわむれを……」

 やや青ざめた顔で笑うこの『白い騎士団』の男も、知らず知らずのうちに、サユキ上皇の魂に当てられた男だった。

 気付かぬうちにサユキ上皇に心を許してしまっている。


  「お……? そろそろ来たようだ」

 バウバウッ、と猟犬の吠える声とグォォッ、と腹底に響く低い咆哮が聞こえる。


 「普通の熊らしいね」

 少し耳を傾ける仕草をすると「君も来るかね? いきなり飛びかかって来るらしいが、その軽装だと――」と『白い騎士団』の騎士服を見る。


「怪我で済めば良いけどね……」


 サユキ上皇の狩服には最高級の防護魔法が附与されている。ちょっとしたフルプレート並みの防御力だ。

 だからこそ『お狩り物』などと言う護衛泣かせの行事を、暗殺や事故を起こすことなく続けて行く事ができた。

 

 ところが『白い騎士団』の制服にそんな機能はない。そもそも通常業務で熊と遭遇することなどないからだ。軽装で来たのも年中行事と聞いて少し甘く考えていた。


 青ざめる男を見て、サユキ上皇は

 「安全を確認したら声をかける。ここで待っていなさい」と肩に優しく手をかけ、

 「行くぞ!」と近侍を引き連れ、犬と熊の咆哮が飛び交う森の中へ駆け出して行った。


 待つこと暫し。

 犬と獣の咆哮が鳴り止んだ。あたりには風が揺らす木々のざわめきしか聞こえなくなる。

 それから暫くしてもサユキ上皇から呼び寄せる声はなかった。


 「おかしい……。時間がかかり過ぎでは無かろうか?」

 事故が起こったか?

 

 恐る恐る森の中へ入って行く。森の木々に遮られて少し薄暗い。


 「上皇様……。サユキ上皇様?」


 血の匂いか立ち込めている。

「サユキ上皇?」


 血溜まりの中にサユキ上皇の姿はなかった。

 ま、まさか……?!


 冷や汗が頬を伝う。

 「おい」

 振り返ると目の前に星が飛び散り、男はその場に崩れ落ちた。



 ◇◇コウヤ目線◇◇


 「ご無沙汰しております」


 俺の当身で倒れ込んだ『白い騎士団』の男を、木陰に横たえると上皇の前にひざまずいた。


 「息災だったか? なんとも無粋な再会になってしまったが、何しろ不調法だ。勘弁してくれるかい?」

 フフフッ、と笑ってしゃがむと俺の肩に手をかける。


「それにしても災難だったな。コウヤ殿。――うちのバカ息子どもが迷惑をかける」

 ムスリと唇を引き締めると俺を立たせた。


 「まぁ、僕も似たようなもんだがね」と、少し眉を顰めた。


 「災難などと……。上皇様に比べれば」ちょっと慌ててしまう。

 「『ゴシマカス魔道具開発』のファティマ様に手厚く保護して頂いていますから――」

 目線は地に向けたまま臣下の礼をとる。


 サユキ上皇は少し安心したようにふぅ、と息を漏らすと

 「それで――。どうするつもりかね? 勇者としては?」と聞いてきた。


 「さぁ――。今回のような事は初めてで。まずはコウとオキナを助け出したいところですが……」


 「そうだね……。管轄は内務省だったか?」と近侍に声をかけ、そうだとうなずくのを見ると渋い顔をする。


 「あそこはお堅いヤツが多いからなぁ――。ブロウサ(元財務大臣・現伯爵)に手を回してもらおう。会計局に伝手つてがあるはずだ。内務省にガサ入れ(抜き打ちの監査)でもしてもらおうか?」

 サラサラとメモをしたためて近侍に渡す。


 「……?」急になんの話なの?


 「役人もね。人の子だから叩かれれば弱い所があるものさ。マズイ金はないだろうが、帳簿の辻馬合つじつまあわせに必死になる。すきを見て……」

 俺を見て微笑む。


 「君なら潜り込めるだろう? 人手がいるならムラク(元防衛大臣・現伯爵)に子飼いの特殊部隊を手配させよう」


 「サユキ上皇様……。『白い騎士団』は報復でお二人にも謀反の嫌疑をかけて来ないでしょうか?」

 心配になってきた。

 あいつらねつ造だろうがなんだろうがやりかねない。

 


 「なに、心配ない。あくまで裏から手を回すだけだ。そう言うの得意だからね。あの二人は」と愉快そうに笑う。

 そして――。僕はだなぁ……。

 と、悪戯いたずらでも企むようにあごに手をやり考えている。


 「病気とでも称して隠れてしまうか? 諸々もろもろ引き連れて」

 フフンっと鼻で笑った。


 ちょっとおきゅうえてやらんとな? と笑った。

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